研究計画書

                            043067中城 孝志

1.はじめに

最近よく、税制改革の議論が行われている。平成15年度の税制調査会の答申においても税制改革の必要性を挙げている。答申の中で、税制調査会は、所得税が主要国と比較して税負担水準が極めて低く、基幹税として本来果たすべき機能を喪失しかねないとしている。所得税は国の歳入の中でも約17%を占めている。これは国債をのぞいた歳入の中では最も高い割合である。所得税に関しては累進税率表により、所得の高い人から所得の低い人への所得再分配機能を持っている。また所得の獲得には余暇の犠牲を伴うために、所得分配にも影響を与えるため、労働供給に対して影響を与える。所得税制の改革が経済に与える効果を分析する理論的なツールを提供してくれるものに最適課税理論がある。最適課税理論は効率性と公平性の両面から分析することができる有効な理論である。公平、中立、簡素という租税原則の観点から税制改革案はどのように描くことができるであろうか。修士論文の作成に当たっては、所得税制改革を最適課税理論と実際のデータを用いたシミュレーション分析を試みたいと考えている。

 現在、日本の所得税制では15種類の所得控除と給与所得控除が設けられている。この所得控除の中で湯元(2003)は広く国民に負担を求めるという観点から課税ベースの拡大と、納税者に分かりやすい税制を目標とするために配偶者特別控除や特定扶養控除の廃止あるいは縮小を提案している。国際的に見ると日本の課税最低限は高く設定されているといわれている。課税最低限が日本より低く設定されているアメリカやイギリスでは、EITCやWFTCといった低所得者や低所得世帯への逆給付の配慮がおこなわれている。

日本にはこういった制度が無いため課税ベースを拡大するとそのまま低所得者への負担が増加してしまう。しかし配偶者特別控除という制度は低所得者層よりも中高所得者層が利用しているケースが多く、中高所得者世帯がこの制度を利用し、低所得者の配偶者の方がより多く稼がなければならないためこの制度の適用を受けられないケースが多い。またこの制度によって中高所得者層の配偶者が労働を行う誘因を阻害しており、中立性の観点から決して好ましい税制度とはいえない。本来低所得者層がこの制度の恩恵を多く受けるはずであるが、中高所得者層が利用するための制度となってしまっている。ここで、課税最低限の改革あるいは各種控除制度改革が家計の経済活動にいかなる影響を及ぼすのかを経済学的な分析をするにあたっては最適課税理論を用いた分析が有用である。最適課税論を展開していくことによって社会的厚生を最大化しながら、税収を維持することができる。つまり、公平で、かつ、勤労意欲の阻害の低い課税最低限を見つけることによって、本当に日本の課税最低限が高いのかを知ることができ、納税者間の不公平感を緩和し、租税原則に従った税体系を構築していくことになる。

本稿では、所得階層間の垂直的公平、所得階級ごとの水平的公平を所得階層別に比較して公平で中立的な税制になるために最適課税論の点から分析し、効率性と公平性の視点から見た最適な課税最低限の設定を行う。

 

2.先行分析

最適課税論の研究についてはこれまででも議論されてきた。Mirrlees(1971)は、最適所得税論を示し、その中で、家計の行動様式を考慮したうえで政府の税収制約を維持しながら社会的厚生関数を最大化すると、暫定的な結論として、最適な税率構造がほぼ線型になるとした。Sheshinski(1972)は連続型の最適線型所得税論を展開し、最適課税の性質を明らかにしようとしている。しかし、連続型のモデルを採用すると、各家計の効用関数のパラメータが同一であり、同じ稼得能力の家計は同じ余暇と消費の組み合わせを選択することになる。同じ稼得能力であっても、効用関数が異なり、余暇と消費の組み合わせが異なると考えるほうが一般的である。橋本(1998)は離散型の最適線型所得税モデルを用いて、効用関数のパラメータに本間・跡田・井堀・中(1987)の代替の弾力性の推定結果と本間・跡田・大竹・岩本(1985)の手法を踏襲した各家計の賃金率の推計を用いて社会的厚生関数の形状を検討し、日本のデータを用いた最適税率を計算している。その結果、功利主義では、最適税率がゼロになることがあり、マキシミン基準では、最適税率が上昇するとタイル尺度の低下から平等化されるが、効率性が阻害されるとしている。また、井堀(1984)は、公平性の価値観であるロールズ的基準とベンセム的基準を用いて線型の範囲で累進的な所得税制が望ましいことを示した。

 

3.分析手法

本論では、橋本(1998)の離散型最適線型所得税モデルを踏襲し、社会厚生関数を最大化する税体系の課税最低限を離散型の最適線型所得税のシミュレーション分析を行う。具体的には、税収を維持しながら社会効用を最大化する課税最低限を追求する。社会的厚生関数の導出には橋本(1998)の『家計調査年報』を使用した年間収入別の世帯数と代替の弾力性を現在のデータで分析し、『家計調査』の実収入の対数をとったものを能力として現在の等税収曲線、社会的無差別曲線を導出し、現在の社会における経済状態を考慮した上での最適課税論を展開していく。最適課税論を展開していく上で、公平と効率のトレードオフが存在するが、両者のバランスを社会的厚生関数から判断していく。現在の経済状態にあった最適課税論から適正な課税最低限を見つけ出し、公平、中立、簡素でわかりやすい税制を結論としてまとめたい。

 

参考文献

井堀利宏(1984)『現代日本財政論』,東洋経済新報社.

井堀利宏(2003)課税の経済理論』,岩波書店.

小西砂千夫(1997)『日本の税制改革−最適課税論によるアプローチ』,有斐閣.

金子宏(1996)21世紀を支える税制の論理−所得税の理論と課題−』,税務経理協会.

佐藤博(1998)『現代税制の課題』,晃洋書房.

Sheshinski(1972)The Optimal Linear Income TaxReview of Economic Studies p297-302

橋本恭之(1985)「最適線型所得税のシミュレーション」『大阪大学経済学』,第35p181-191

橋本恭之(1998)『税制改革シミュレーション入門』,税務経理協会.

橋本恭之(1998)『税制改革の応用一般均衡分析』,関西大学出版部.

本間正明・跡田直澄・井堀利宏・中正之(1987)「最適経済分析」『経済分析』,109号.

本間正明・跡田直澄編(1989)『税制改革の実証分析』,東洋経済新報社.

本間正明・橋本恭之(1985)「最適課税論」,大阪大学財政研究会編『現代財政』,創文社.

Mirrlees(1971)An Exploration in the Theory of Optimum Income TaxationReview of Economic Studies p175-208

八塩裕之(2001)「最適労働所得税と異時点間非効率性について」『一橋論叢』,第126巻第6号.

湯元健治(2003)『税制改革のグランドデザイン』,生産性出版.