このコーナでは私が執筆した「確実に理解できる財政のキーワード54」(本間正明・宮島洋『三日間の経済学 財政・入門』JICC出版局,1991年所収)の一部を公開しています。ただし、かなり昔に書いたものなので、データ等が古いのはご容赦のほどを・・・。なお、この場を借りて草稿の段階で本キーワードの作成に協力して頂いた大阪学院大学の日高政浩助教授、滋賀大学の加藤竜太助教授、大阪学院大学の鎌苅宏司助教授に感謝致します。
IS−LM分析は、財市場(生産物)市場の均衡を達成するような国民所得と利子率の組み合わせを描いたものであるIS曲線と貨幣市場の均衡を達成するような国民所得と利子率の組み合わせを描いたものであるLM曲線を使って、財市場と貨幣市場の同時均衡を達成する国民所得と利子率の決定を説明しようとするマクロ・モデルである。
IS曲線は、財市場における所得の定義式Y(所得)=C(消費)+I(民間投資)+G(政府投資)に所得の増加関数としての消費関数と利子率の減少関数としての投資関数を代入して、利子率について解くことで導出することができる。
たとえば、政府投資を増加させるような財政政策を実施すれば、IS曲線は、右上方にシフトし、国民所得が増加し、利子率が上昇する。
一方、LM曲線は、外生的に中央銀行によって決定される貨幣供給量と貨幣需要を等しくさせるような国民所得と利子率の組み合わせを示したものである。貨幣需要は、取引動機と投機的動機によるものと仮定し、投機的動機による貨幣需要は所得の一定比率であり、投機的動機による貨幣需要が利子率の減少関数であるとすれば、LM曲線も利子率と国民所得の組み合わせとして示すことができる。たとえば、マネーサプライの増大のような金融政策を実施すれば、LM曲線は右下方にシフトし、国民所得が増大し、利子率が低下することになる。
国の会計は、一般会計と特別会計に区分されている。一般会計の主な歳入項目は、租税及び印紙収入と公債金などであり、主な歳出項目は、地方交付税交付金、国債費、社会保障関係費、文教及び科学振興費、防衛関係費などであり、一般的な政府の機能、資源配分・所得分配・経済安定を実現するための予算であるといえる。
平成2年度の一般会計の予算額は、66兆2,368億円である。これは、前年度予算額に対して5兆8,226億円(9.6%)の増加となっており、一般会計予算の国民総生産に対する比率は、平成元年度の15.2%から平成2年度には15.9%まで上昇している。 平成2年度予算の歳入の内訳をみると、租税及び印紙収入が現行法のもとでは対前年度7兆3440億円増の58兆3,540億円になると見込まれ、消費税見直し、公的年金控除額の引き上げ等の税制改正が実施された場合には対前年度6兆9,940億円増の58兆400億円になると見込まれており、近年の景気の拡大による好調な税収増加を示している。税収の増加に支えられて、公債の発行額は、平成元年度発行額から1兆5,178億円減額され5兆5932億円となった。この公債はすべて建設国債によるものであり、特例公債の発行はゼロになった。
一方、平成2年度の歳出の内訳をみると、国債の償還や利子に充てられる国債費が14兆2,886億円、地方交付税交付金が15兆2,751億円、国債費、地方交付税交付金等と除く(社会保障関係費、文教および科学振興費、防衛関係費、公共事業関係費、経済協力費等)の一般歳出が35兆3,731億円となっている。支出項目の中では、国債費が平成元年度の11兆6,649億円から2兆6,237億円も増加しているのが目だっている。この増加は、財政再建期間中にストップされてきた国債整理基金への定率繰入分として2兆4,954億円が計上されたことによるところが大きい。
所得税は、累進的な税率表のもとで名目所得に対して課税されるために、インフレが生じたときには、ブラケット・クリープと呼ばれる適用税率区分の上昇をもたらし、急激な税負担の増加を生じることになる。インフレによる税負担の増加を防ぐためには、インデクセーションと呼ばれる物価調整が必要となる。アメリカの税法では、所得税制のなかでこのインデクセーションが組み込まれており、物価の上昇に応じて、課税最低限と税率表の区分が毎年、自動的に調整されることになっている。これに対してわが国の所得税法では、インフレに対する調整については何等規定されておらず、これまでインフレに対してはその都度課税最低限の引き上げや税率表の見直しで対応してきた。したがって、財政再建下の昭和50年代後半のように、所得税の課税最低限の引き上げと税率表の見直しが見送られていた期間には、インフレにより目に見えない形で実質的な増税がおこなわれていたことになる。
法人税の場合には、比例税であるため名目所得の増大による税負担率の上昇は生じないように思える。しかし、法人税の課税ベースは、法人所得マイナス費用であり、費用には減価償却費が算入されるために、インフレ期には課税ベースが拡大することになる。すなわち、インフレ期には資本の再取得価値は当然上昇することになるが、減価償却費は取得原価によって計算されるため、償却不足を生じ、企業の投資意欲を減退させることになる。
中曽根内閣により提案され廃案となった税額票を伴う前段階税額控除方式の付加価値税であり、EC諸国で実施されているインボイス(仕送り状)を伴う前段階税額控除方式の付加価値税をモデルとしている。EC型の付加価値税との違いは、品目ごとにインボイスを発行するのが煩雑なので、簡素化のため税額票の発行は取引ごととし、逆進性の緩和の手段として軽減税率やゼロ税率の採用を見送り、食料品等の生活必需品を非課税品目としたところにある。また、中小企業の納税負担の軽減のための免税措置が年間売上5億円という極めて高い水準に設定されていた。前段階税額控除方式のもとでの非課税品目の設定や免税措置は、税額票の発行が否認されるため、累積課税が生じたり、免税企業が流通段階からはじきとばされることになるとして批判にさらされた。現行の消費税に非課税措置が原則として設けられなかったのは、この批判によるところが大きい。累積課税を発生させず、かつ生活必需品への課税を防ぐ手段として、イギリスで採用されているゼロ税率を生活必需品に適用することも検討されたが、徴税コストの上昇と税収減収を嫌う大蔵省の反対により実現しなかった。
わが国の公的年金制度は、自営業者を対象とする国民年金、サラリーマンを対象とする厚生年金、公務員等を対象とする各種共済組合(国家公務員共済、地方公務員共済、私学教職員共済)に制度が分立し、給付・負担水準に著しい格差が存在してきた。そこで、1986年4月から制度の一元化をめざした新年金制度がスタートした。これは、国民年金を各種の年金制度に加入しているすべてのひとに共通の「基礎年金」と置き換えて、厚生年金や共済年金の定額部分を基礎年金と置き換えて、報酬比例部分を「2階建て」部分として残すというものである。この基礎年金は、これまで国民年金に任意加入してきたサラリーマンの妻についても支給されることになり、婦人の年金権が確立された。この基礎年金は、65歳以上の高齢者(大正15年4月2日以降に生まれた人を対象)に対して支給される。その給付額は、平成元年度現在、月額5万5,000円である。なお、この基礎年金は65歳から支給されるために、改正前に退職を要件として60歳から支給されていた厚生年金や共済年金加入者については、従来の定額部分が60歳から64歳までの間に特別に支給されることになった。
基礎年金部分の費用は、被保険者全体で公平に負担するため、毎年度、頭割りで負担することになっている。厚生年金については、被保険者の数に応じた拠出金を一括して国民年金特別会計基礎年金勘定に繰り入れることになる。また、これまで制度ごとにバラバラであった国庫負担は、原則的に基礎年金に集中し、基礎年金に要する費用の3分の1を国庫が負担することになった。
クラウディング・アウトとは、一般に公的部門である政府の経済活動が民間の経済活動を妨げてしまうことを言う。政府の財政支出が民間支出と完全に代替的であれば、財政支出の増大は民間支出を減少させるであろう。公的に供給される住宅が民間供給の住宅を減少させることがあるとするならば、これはクラウディング・アウトの一つの例であろう。しかし、一般にクラウディング・アウトという場合にはもう少し狭い意味で用いられることが多く、特に財政支出を公債発行によって賄うことによる利子率の上昇が、民間投資を減少させる場合をクラウディング・アウトとよんでいる。よって以下、財政支出が直接民間支出を減少させるような直接的効果ではなく、利子率の上昇が間接的に民間投資を阻害するようなケ−スを、通常の形をしたIS−LM分析で考えてみよう。政府は財政支出を増加させるために公債を発行するとしよう。まず政府支出が増加すると当初の利子率のもとで、乗数効果によって所得が増加する。さらに所得の増加は貨幣需要を増加させるであろう。これは代替資産である公債の需要を減少させることを一方では意味するから、貨幣市場を均衡させ、また公債の超過供給を調整するためには利子率が上昇しなければならない。ところで、この利子率の上昇は民間の投資支出を減少させるから、最終的には政府支出に伴う国民所得の増加は減殺されることになる。このような効果を通じて民間投資支出が減少する場合がクラウディング・アウトと呼ばれるが、それは貨幣需要の利子弾力性によって効果が異なってくる。IS−LM分析で考えれば、LM曲線が垂直(貨幣需要の利子弾力性がきわめて低い)に近い状態であればあるほど、財政支出の増加に伴う民間投資支出への阻害効果は高くなりクラウディング・アウト効果は強まるといえよう。
クロヨンとは、所得の捕捉率がサラリーマンが9割、事業者が6割、農業者が4割程度でしかないという、捕捉率格差をあらわす数字である。この捕捉率の格差については、税務当局は公式には否定してきたが、いくつかの実証研究によって、業種間の所得捕捉率には無視できない格差が存在していることがあきらかにされている。
業種間の所得捕捉率に関するパイオニア的な研究は、一橋大学の石教授によるよるマクロの国民所得ベースで行った推計(石弘光『租税政策の効果−数量分析』東洋経済新報社,1979年)がある。これによれば、給与所得の捕捉率が9から10、事業所得が6から7、農業所得が2から3という捕捉率になっている。業種間の所得捕捉率だけでなく、節税策の有無から生じる業種間の税負担格差の問題を指摘したのが大阪大学の本間教授を中心とするグループの実証研究(本間正明・井堀利宏・跡田直澄・村山淳喜「所得税負担の業種間格差の実態−ミクロ的アプローチ」『季刊現代財政』1984年第59号)である。彼らはミクロ的なアプローチにより、業種別の所得税負担の格差を推計し、やはり無視しえない格差が存在することを明らかにした。さらに、両者の推計を補うものとして、ミクロデータの積み上げによりマクロデータを作成し、それを税務データと比較するというアプローチで各業種の所得捕捉率の推計を試みた分析として四日市大学の林講師の分析(林宏昭「所得税−勤労所得と資産所得」橋本・山本編『日本型税制改革』有斐閣,1985年)がある。 その分析によると給与所得者、事業所得者、農業所得者の捕捉率はほぼ10:5:1になっており、
石教授の推計結果と類似の結果が得られている。
1981年の経済再生租税法は、米国の生産性の低下に悩んでいたレーガン大統領が就任初期に実施したアメリカ経済の再生を目的とした第1期の税制改革である。この経済再建税法は、サプライサイド経済学の考え方に強い影響を受け、労働供給、貯蓄および設備投資を促進することを目的としていた。
@第1に、労働供給を促進する措置として、所得税の限界税率を3年間のトータルで23%の引き下げとインフレによる名目所得の増加から生じる適用税率の上昇(ブラッケット・クリープ)を回避するための所得税のインフレ調整の導入(1985年実施)が行われている。
第2に、貯蓄を促進する措置として、所得控除が可能になる退職年金の準備としての個人退職年金勘定(IRA)の適格要件の緩和が実施された。
第3に、投資を促進する措置として、投資の6%から10%までの税額控除を認める投資税額控除(Investment
tax credit;ITC)の拡充・強化と投下資本の早期回収を可能にする加速度費用回収制度(Accelated
Cost Recovery System;ACRS)の導入が実施された。
このレーガン政権第1期の税制改革後、1983年以降の3年間に実質GNPは年率4.5%の成長をとげ、鉱工業生産は25%も増加した。その間のインフレ率は平均3.8%にとどまった。
経済再建税法は、アメリカ経済の活性化という観点からみれば、一定の評価を与えることができるが、投資税額控除やACRSの導入は特定産業にのみ減税の恩恵をもたらすことで産業間の中立性を阻害し、IRAの拡充は高所得者の税負担率を低下させ垂直的公平を阻害したという批判もある。
財政政策や金融政策が景気に対して有効的であるかどうかという議論は、現在まで様々な考えが示されている。この様々な議論は市場メカニズムをどの程度信頼するかという程度の差によって生じている。
アダムスミス以降の主流である古典派は、市場では需要と供給を一致させるように価格が伸縮的に変化すると考えた。完全雇用は市場を通じて達成されるので、政府は失業問題を考慮する必要はないと考えていた。
これに対し1930年代の大不況の頃登場したケインズは、名目賃金の下方硬直性という仮説を立てた。これによると、失業が存在しても賃金が伸縮的に変化しないために失業は解消されない。このような環境では、総生産量は供給側で決まるという古典派の考えは当てはまらず、需要側で決まるという有効需要の考えを示した。ケインジアンは、失業が存在するのはこの有効需要が足りないためであり、政府が積極的に有効需要を創出することが必要であると説く。
具体的な政策については、財政支出、減税、マネーサプライの増加などがあげられるが、これらの有効性に関する議論は、45度線分析やIS−LM分析を用いて、乗数の大きさで説明がなされている。ケインジアンの主張は、経済が流動性のわなの状態にあるため、金融政策は無効であり、財政政策が有効であるとしている。
これらの分析の枠組みでは、物価を一定とみなしていた。しかし、フィリップス曲線によって、名目賃金上昇率と失業率の間には安定的な右下がりの関係が示された。これは、失業とインフレーションのトレードオフを示している。また、1960年代の後半から、インフレーションが深刻な問題になると、ケインズ政策の有効性に疑問が投げかけられた。このため、折衷ケインジアンやマネタリスト等が登場した。
国防や司法などの財は、市場にまかせていては決して供給されない。これらの財は、その利益が特定の個人のみに生じるのではなく社会全体に等しく利益をもたらし、その利益に対する対価を支払わない個人の利用を妨げることができないからである。利益が特定の個人のみに生じるのではなく、社会全体に等しく利益をもたす性格は、等量消費ないし、消費の非競合性とよばれている。また、財の供給に際して、対価を支払わない個人の利用を妨げることができない性格は、非排除性と呼ばれる。この消費の非競合性と非排除性をあわせもった財が、純粋公共財として定義される。一方、通常市場で取引されている財・サービスは、消費が競合し、対価を支払わない個人を排除でき、純粋民間財と呼ばれる。
ところが現実には、純粋公共財の定義にあてはまらない多くの財・サービスが政府によって供給されている。たとえば、道路や公園などは、ある一定水準以上に利用者が増加すると「混雑」が発生し、必ずしも等量消費の性格を満たさないし、料金所を作れば対価を支払わない個人を排除することも可能になる。これらの財は、準公共財として純粋公共財と純粋民間財の中間的な性格をもっている。
また、教育や住宅建設に見られるように、民間市場においても十分供給可能な財・サービスも政府によって供給されている。教育サービスが政府によっても供給されているのは、教育を受けさせることによる便益が特定の個人だけでなく社会全体に及ぼされるという「消費の外部性」を生じるためである。小中学校のみが無償で義務教育化され、高校、大学教育については授業料が要求されるのは、個人に帰属する利益の部分が初等教育のケースより多いと考えられているからである。
公共部門の機能は、大別すると資源配分機能、所得再分配機能、経済安定機能での3つに分類できる。
まず、資源配分機能とは、民間では全く供給できないかあるいは供給不足を生じるような財・サービスを公共部門が提供する機能のことを差す。国防、司法、一般道路に代表されるような純粋公共財は、消費が競合せず、排除原則を適用することができないため社会的には必要であるにもかかわらず市場では供給できない。また民間部門でも供給可能な財・サービスであっても教育や住宅は、その利益が直接の消費者以外にも発生する「外部効果」が存在するので、公共部門が介入する必要が生じる。また、電力やガスなど巨大な設備を必要とする費用逓減型産業では、独占の弊害を防ぐため、公共部門による価格統制が要求される。
次に所得再分配機能とは、市場経済において能力の格差、教育機会の格差、相続・贈与による資産保有の格差などから生じる所得や富の格差を、公共部門が是正する機能である。能力の格差から生じる所得格差は、累進的な所得税のような税制と生活保護のような社会保障給付を通じて是正され、教育機会の格差は義務教育、奨学金などで是正され、相続・贈与による富の格差は、相続・贈与税などにより是正されることになる。
最後に、経済安定機能とは、不況の時に生じる失業や好況の時に生じるインフレに対処するために、公共部門が果たす機能を差す。公共部門の果たす経済安定機能には、公債発行による公共投資や民間投資刺激のための減税などの裁量的な財政政策と累進所得税や法人税が好況時に自然増収をもたらし、景気を鎮静化するといった財政制度そのものが持つビルトイン・スタビライザー(自動安定化装置)の性質を利用したものがある。
民間財と公共財が存在する状況のなかで、両者をどのように供給するのが社会的にみて最も高い厚生水準を達成するかを示したものが公共財の最適条件である。
公共財の最適供給は、最適な資源配分と最適な分配状況を同時に達成する点で決定されることになる。
最適な資源配分は、公共財と民間財の存在する社会では公共財から得られる各個人の限界的な便益が、その公共財を供給するために必要とされる限界的な費用に一致するところで成立する。これは公共財が存在する場合の「パレート最適条件」とも呼ばれる。パレート最適とは、ある個人の効用水準(満足度)を低下させることなく、別の個人の効用水準を上昇させることが不可能な状態のことであり、社会的にみて資源が無駄なく使用されていることになる。このパレート最適条件のもとでは、図のCC曲線に描かれているように個人AとBの効用水準uA、uBの間にはトレードオフの関係が成立する。この効用可能性曲線上では、資源配分の効率性が達成されているので、cc曲線上のどの点を選択するかについては、社会的価値判断を具体化した社会的厚生関数を導入する必要がある。 図のw1、w2、w3は社会的厚生水準を一定に保つ個人A、Bの効用水準の組み合わせを描いた社会的無差別曲線である。公共財の最適条件は、効用可能性曲線CCと社会的無差別曲線との接点Kで決定されることになり、 最適な資源配分と最適な分配を満たすことになる。
国債には、公共事業の費用を賄うために発行される建設国債と人件費等の経常的経費を賄うために発行される赤字国債がある。財政法第4条「国の歳出は公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない。但し、公共事業費・・・の財源については、国会の議決を経た金額で公債を発行し又は借入金をなすことができる」によると、原則として赤字国債の発行は禁止されているので、赤字国債のことを特例国債とも呼ぶ。
わが国では、昭和50年代前半から財政状況の悪化とともに国債発行額が急速に増加していった。近年の財政状況の好転にささえられ、国債発行額は減額されてきており、平成2年度予算では特例公債発行ゼロが実現した。しかし、国債発行残高は、平成元年度末で約162兆円にも達している。このため、平成元年度の当初予算では、国債の利払いや償還に充てる費用である国債費は11兆6,649億円にも達し、対一般会計比の19.3%を占めることになった。
国債発行の問題点としては、財政当局は1)利払い費の増大により、財政が硬直化する、2)負担が不明確なため、財出拡大圧力が生じる、3)公債発行が民間の資金需要を圧迫したり、貨幣供給量の増大を通じてインフレが生じる、4)将来世代の財政負担が重くなり、世代間の不公平が拡大する、と指摘している。
しかし、最近の合理的形成論者のように、国債の発行が将来の増税をもたらすことを家計が予測するために、その政策の効果は消滅するといった考え方や、国債の発行は、現在世代が将来世代に残す遺産を増大させるので国債は将来世代に負担を転嫁しないとするバーローの中立命題と呼ばれる考え方もある。
年金の財源確保の問題に関しては、わが国では年金受給者の発生率、死亡率等にもとづき保険料の拠出計画・財政収支の見通しを作成する財政再計算が5年おきに行われている。最新の財政再計算である1989年財政再計算においては、現行の年金制度を維持していくためには、1989年度以降5年ごとに2.2%づつ保険料率を引き上げ、さらに2010年以降には大幅に引き上げることが必要となり、2025年のピーク時には保険料率は31.5%に達すると推計されている。
このような将来世代における過大な保険料負担を防ぐためには、厚生年金における支給開始年齢を現行の60歳から65歳へ引き上げる必要があるとされている。支給開始年齢を65歳に引き上げた場合には、2010年以降の保険料率の引き上げを抑制することが可能になり、2025年の高齢化のピーク時の保険料率は26.1%にとどまるとしている。
しかし、このような年金改革に対しては、特に支給開始年齢の引き上げの問題を取り上げて、現在の雇用状況からみて時期尚早との意見や財政再計算の試算自体に疑問を抱く意見もある。
わが国の財政の悪化は、昭和48年秋の石油ショックにまで遡ることができる。石油ショックによるインフレは、49年の戦後初のマイナス成長をもたらし、法人税収を29%減少させた。その一方でインフレによる名目所得の増大に伴う所得税の税負担率の急上昇は、2兆円減税と呼ばれる所得税の大減税(49年度分1兆7,830億円、50年度分1,860億円)の実施を余儀なくさせた。これにより財政は急速に悪化し、昭和50年度には、公債発行の特例に関する法律が作られ、約5兆3千億円(うち特例公債は約2兆3千億円)の国債が発行され、公債依存度は25.3%に達した。その後、54年度には公債発行額は、約13兆5千億円(うち特例公債は約6兆9千億円)となり、公債依存度が34.7%にも達する事態になった。そこで、大平内閣は、財政再建の切り札として、一般消費税導入をはかるが、総選挙の敗北の後、「増税なき財政再建」路線への転換がはかられることになり、昭和56年3月の第2次臨時行政調査会発足により、歳出削減による財政再建が検討されることになった。そこで、昭和57年度予算からは、原則として予算の伸び率をゼロとするゼロ・シーリングが採用される一方で、昭和53年度以降58年度まで所得税減税が見送られることになった。昭和58年には55年の鈴木内閣の財政再建目標「56年度から毎年2兆円の国債減額を行い、59年度までに赤字公債の発行をゼロにする」の達成が絶望的になったために、新たに「昭和65年度までの赤字国債依存の脱却」の目標が立てられ、一層の歳出削減をはかるためにマイナス・シーリングが採用されることになった。この歳出削減と景気の拡大に伴う所得税・法人税の順調な増加により、昭和61年以降の公債依存度の低下は、21.0%、16.3%、12.9%と年々低下して、平成元年度予算では、公債依存度11.8%となり、平成2年度の当初予算では特例公債発行ゼロの目標が達成された。
国が政府関係機関を通じて資本市場に参加し、国民から資金を集め、国民に融資するシステムを財政投融資と呼ぶ。財政投融資の原資は、資金運用部資金、簡保資金、産業投資特別会計、政府保証債において集められた資金から構成されている。資金運用部資金は、郵便貯金から郵便貯金特別会計を通じて預託される部分、公的年金制度の社会保険料から厚生保険特別会計及び国民年金特別会計を通じて確保された年金の積立金の預託部分などからなる。簡保資金は、簡易生命保険と郵便年金として集めた資金を簡易生命保険及び郵便年金特別会計を通じて繰り入れたものである。産業投資特別会計は、輸入開発銀行の国庫納付金、日本電信電話株式会社等の株式配当金等に基づく利息並びに回収金及び運用収入等に基づくものである。以上の資金を補完し財政投融資に必要な資金を確保するために政府保証による民間からの資金調達もおこなわれている。
このようにして資本市場を通じて集められた民間の資金は、住宅金融公庫による住宅建設促進を目的とした融資や中小企業育成のための融資などの公的金融と年金に関係した健康の増進や生活向上をめざした厚生福祉施設の建設の際の還元融資に使われることになる。また、資金運用部資金の一部は国債の引受に当てられ、国債の円滑な償還を図るうえで重要な役割をはたしている。
平成元年度の財政投融資の規模は、32兆2705億円であり、前年比の9.0%増となっている。このうち郵便貯金特別会計、年金福祉事業団及び簡易保険郵便年金福祉事業団の資金運用事業に対する融資5兆9300億円を除く規模は、26兆3405億円(63年度計画比3.9%増)であり、一般会計の約44%に相当する。財政投融資は、その規模の面から「第2の予算」とも呼ばれる。
最適課税論は、大別すると「最善」の意味での最適課税論と「次善」の意味での最適課税論に区分される。前者は政府の利用可能な税体系になんら制約のおかれていない状況での最適な課税を探るものであり、後者は政府の利用可能な税体系が限定される状況での最適な課税を探るものである。現実的には、政府の利用可能な税体系は、所得税や消費税などの特定の税制に限定されるために、一般に最適課税論の議論は後者の意味での最適課税論を差す。
「次善」の最適課税論は、1927年のラムゼーの古典的な論文を出発点とするものである。ラムゼーは、政府が個別消費税体系のもとで一定の税収をあげるとすれば、代表的家計の効用を最大化するためには、各消費財の税率をどのように設定すればよいのかを検討し、価格弾力性の高い財(奢侈品)に軽課、価格弾力性の低い財(必需品)に重課すれば、最適な課税が達成されるという「逆弾力性命題」を導出した。この一見すると我々の常識に反するような命題は、代表的家計を仮定し、社会全体に単一の家計しか存在せず、所得分配の問題を無視し、効率性のみを考慮したために、導き出されたものである。
その後の最適課税の議論は、代表的家計の仮定をはずして社会には所得稼得能力の異なる複数の家計が存在する状況を想定し、税体系についても個別間接税だけでなく、所得税と間接税の双方が存在する状況を想定するなどの拡張がはかられている。複数家計の存在する場合の最適な税制は、資源配分の効率性と所得分配の公平性の間にトレード・オフが生じるために、代表的な家計しか存在しない場合のように明確な結論が得られず、課税に対する労働供給、需要の弾力性、その社会の所得分布状況、人々の平等性への価値判断の違いによって、左右されることになる。
財が取り引きされる場を「市場」という。市場では、財の価格が、重要な役割を果たしている。つまり需要が供給を上回るときには価格が上がり、逆に供給が需要を上回るときに価格は下がり、需給がバランスするのである。このような価格メカニズムを市場が持っているとき、経済では資源が無駄なく使われている。
しかしながら、財の特性によっては、市場で供給できないものがある。例えば、市場で取り引きされる「ハンバーガー」のように、それを消費した個人にのみ便益が限定されるものを「私的財」と呼ぶと、反対に便益が特定の個人に限定されず広く一般におよぶ財、例えば、「街灯」などは「公共財」と呼ばれ、市場では供給されない。なぜなら、誰かが「街灯」を購入して据え付けたら、その下を通る人は対価を払わずに「街灯」の便益を享受できるから、皆じっと誰かが「街灯」を購入するのを待つため、結局供給されないのである。
また、例えば工場からでた汚水が、漁場を汚すといった「公害」のように、市場を通じた取引でなく、直接、工場から漁師に損失(マイナスの便益)がおよぶ場合がある。これを「外部経済効果」(公害の例では外部不経済効果)と呼ぶ。
このような「公共財」「外部経済効果」が存在すると、市場だけでは無駄なく資源を使うことができない。
市場メカニズムだけで経済がうまく機能しないことを「市場の失敗」と呼ぶ。この場合、資源を効率的に使いきるという目的のために、政府の活動が要請される。つまり、「街灯」の供給量と、その負担ルールを決めたり、「公害」の量の規制や補償の配分を決めるなど、市場ではできないことを政府が行なわなければならない。
シャウプ勧告は、昭和24年 9月に公表された連合軍最高指令長官向けの抜本的な税制改革案であり、コロンビア大学のシャウプ教授を中心とする学者グループによってまとめられたものである。シャウプ勧告の基本的理念は、オーソドックスな租税理論である「包括的所得税論」にもとづく直接税中心主義である。戦前のわが国の税制は、所得をその性質に応じていくつかの種類に分けて課税する分類所得税と、各種の所得を総合して課税する総合課税が併用されていた。一方、「包括的所得税論」の立場からは、給与所得、事業所得、株式・土地等の譲渡所得、利子・配当の資本所得などすべての所得が合算され、総合課税することが望ましいとされる。そこで、勧告では総合課税を徹底し、資産所得を原則課税とするなど課税ベースを拡大する措置が提案された。課税ベースの拡大に伴い、最高税率の85%から55%への大幅な引き下げと税率区分の14段階から8段階への削減によって累進度の緩和が図られている。さらに、この最高税率の引下げが垂直的な公平を損なうことをさけるため、資産に対して0.3%から3%の低率で課税する「富裕税」が提案された。すなわち、フローとしての勤労所得については減税し、その結果蓄積したストックについては課税を強化しようとしたのである。また、ストックに対する課税として、相続税に累積取得税方式の採用が勧告された。これは、個人が一生を通じて取得した資産の累積額に累進税率を適用するもので、垂直的公平を重視したものといえる。
現在、政府によって供給されている教育や住宅などの財・サービスは、民間市場だけでも供給することは不可能ではない。 しかし、これらの財・サービスは、直接の消費者のみならず、社会全体に間接的な便益をもたらすという意味で外部経済効果を生じる。外部効果を生じる財は、市場にまかせていては、最適な数量を確保することはできないので、政府が補助金などの支出を通じて費用負担することになる。 しかし、この費用負担が不当に低い場合には資源配分上のロスを招くことになるので、受益者負担が要請されることになる。 そこで、需要曲線と供給曲線を使って適正な受益者負担の水準を説明しよう。
この図のsは供給曲線、Dpは需要曲線をあらわしている。政府が公共サービスを無償で提供する場合には、消費者はq''まで需要することになり、逆に政府が何もしなければ、価格pで数量qだけ供給されることになる。いまかりに、ある消費者がこの財を消費することによって他の経済主体に生じる外部便益が測定可能だとし、その外部便益を加えた曲線をDsであらわせるものとしよう。このDsとSの交点からは、外部便益をも考慮したときのその財の最適供給量q’と均衡価格p’が与えられることになる。
したがって、消費者は価格pに対応する金額を受益者として負担し、外部便益を考慮したときの供給量の不足分を補うために政府がp’とpの価格差だけ補助金を交付すればよい。
ただし、低所得者への公共サービスの提供などの際には、分配上の観点から特別な配慮が要請されるケースも生じてくる。
垂直的公平は、異なる税負担能力を持つ人々にはより大きな税負担能力を持つ人々により高い税負担を求めるものであるが、異なる税負担能力を持つ人々に対して具体的にどの程度の税負担を要求するのであろうか。この問題は、課税の犠牲説において検討されてきた。課税の犠牲説は、税負担による犠牲を各個人の間で均等にすることが垂直的公平を達成することになるという考え方である。犠牲を個人間で均等にする方法としては、税負担による犠牲の絶対量を均等化する「均等絶対犠牲」、所得から得られる効用に占める税負担による犠牲の比率を均等化する「均等比例犠牲」、社会全体の総犠牲を最小化する「最小犠牲」の3つの考え方が主張された。これらの考え方のうち「最小犠牲」の考え方は、視点を変えれば、税収制約のもとで社会的厚生を最大化しようとするものであり、最適課税論における問題設定と同じであることに気づく。すなわち、目的関数を社会的厚生関数とし、制約条件を各自が負担すべき税負担とすると、2個人の場合、次のような制約条件付き最大化問題となる。
Max W=U1(C1)+U2(C2)
Sub.to. T=T1+T2
ただし、Wは社会的厚生水準、Ui は第i個人の効用、Tiは第i個人の負担する税額、Ci(=Yi−Ti)は第i個人の粗所得をYiとしたときの可処分所得である。この問題の解は、2人の(可処分)所得の限界効用を均等化させるように課税することになる。したがって、各人の効用関数が同一ならば、各人の可処分所得が等しくなるような累進課税が要求されることになる。
この最小犠牲説への最大の疑問は、すべての可処分所得を均等化する場合、果たして各個人に労働あるいは貯蓄を供給する誘因が存在するのであろうかという点にある。所得にはそれを使用する側面と稼得する側面の2面があり、税制はそのいずれにも影響を及ぼす可能性がある。稼得面をも考慮した形で犠牲説を一般化する試みは、最近の最適課税の議論で行われている。
政府が租税を徴収するとき各個人にどのように税負担を配分するかについては、公共サービスから受け取る利益に応じて課税する応益原則と支払能力に応じて課税する応能原則がある。しかし、現実には公共サービスから受け取る利益を各個人に帰属させることは困難であり、かつ、公共サービスの利益が低所得層により多く発生する傾向があるので応益原則は一部の目的税を除いて適用されていない。そこで、ほとんどの場合、応能原則にもとづいて税負担を配分することになる。政府が各個人の支払能力に応じて税負担を配分するときには、公平性を満たすために水平的公平と垂直的な公平が要求されることになる。水平的公平(horizontal
equity)は等しい税負担能力を持つ人々には同額の税負担を求めるというヨコの公平の概念であり、垂直的公平(vertical)は異なる税負担能力を持つ人々にはより大きな税負担能力を持つ人々により高い税負担を求めるというタテの公平の概念である。
この2つの公平性の概念のうち前者の水平的公平は、税負担能力の指標さえ決めれば、税負担を配分することができる。伝統的な租税理論である包括的所得税の考え方では、税負担能力の指標が所得とされるので、水平的公平はおなじ所得水準の人々に同額の税負担を要求することになる。しかし、包括的な所得ベースにもとづく水平的公平の議論には、いくつかの疑問が提示されている。第1の疑問は、同じ所得水準を得ている人々であっても、その所得から享受できる効用水準(満足度)が同じであるとは限らないというものである。これは、水平的な公平が同じ所得水準の人々に同額の税負担を要求するためには、各個人は同一の選好を持つという仮定が必要となることを指摘した議論である。第2の疑問は、生涯全体を通じて考えると単年度ごとに発生した所得をベースに課税することが公平とは限らないというものである。これは、所得税は勤労所得と利子所得の双方に課税するので、生涯を通じて考えれば同額の所得を稼ぐ人々であっても若い時により多く貯蓄した人は、単年度ごとの所得をベースに課税するとより多くの税負担をおうことになるという貯蓄に対する2重課税の議論である。
遺産の相続に関しては、被相続人(贈与者)に対して課税する遺産税方式と相続人(受贈者)に対して課税する取得税方式がある。シャウプ勧告直後の税制では、わが国では、相続や贈与があるたびに取得した財産の累積額に対して累進税率を適用し、算出された税額から過去に支払った税額を控除して納税額を決定する「累積取得税」が実施されていた。取得税方式での課税は、相続税税額が富を分散するほど節約できるので、資産格差の是正には遺産税よりも有効であるとされる。しかし、昭和33年の相続税法改正において、主として財産取得に関する公的記録の維持が困難であるという税務行政上の理由から累積課税が完全に廃止され、遺産税的な要素を加味した取得税体系である法定相続分課税制度(遺産総額から導かれる課税価額の合計額から基礎控除を差し引いたものを、法定相続人が民法に規定される相続分を取得した場合を想定して相続税額を算出し、この総額について各相続人の実際の財産取得額に応じて按分するものである。この税制改正により、シャウプ勧告のめざしていた相続税の資産の再分配機能はかなり弱められることになった。その後の税制改正の中で相続税には、さまざまな特例措置が認められるようになった。昭和58年には、「小規模宅地等の課税価格の計算の特例」が設置され、相続税における金融資産と実物資産の間の実効税率の格差を生じている。相続税における土地に関する不公平な取扱いとしてとりわけ問題視されているのが農地の相続税の納税猶予制度である。これは、農地の評価額に課税する相続税を、相続人の農業の継続を条件として納税猶予し、農地の相続人が死亡時までないしは20年間農業を継続した場合には、納税猶予が免除され、納税の義務は消滅するというもので、サラリーマンや事業者と比較して、農家を著しく優遇するものとして批判が多い。
所得税や法人税には、さまざまな政策目的のための租税特別措置や所得控除が設けられている。これらの租税特別措置や所得控除は、予算上、支出項目として取り扱われていないが、実際には、隠れた補助金、「タックス・エクスペンディチャー」の性質を持っている。なぜならば、税法においてその存在が認められている租税の特別減免や経費控除、各種人的控除等の優遇措置は、本来課税によりいったん徴収され、その後に各々の目的に応じて補助金として予算に計上され、支出されるべき性質のものであると考えられるからである。目に見える形で計上されている通常の予算における補助金と違い、タックス・エクスペンディチャーによる優遇措置は、隠れた補助金として支出されるため、明確にコストが意識されないという問題を抱えている。
現行税制のもとでのタックス・エクスペンディチャーは、経済政策的な要請によるものと社会福祉的な要請によるものに大別できる。経済政策的な要請によるものとしては、法人税に多く、中小企業技術基盤強化税制、中小企業新技術体化投資促進税制等の租税減免による中小企業保護育成のための特別措置や公害防止設備等の特別償却などがあげられる。また、所得税においても住宅取得控除は、住宅建設促進のための税制であるといえる。一方、社会福祉的な目的をもったものには、所得税のおける公的年金等控除、障害者、老年者、寡婦、寡夫及び勤労学生控除などや、法人税における障害者を雇用する場合の機械等割増償却措置等があげられよう。
アメリカの有名な経済学者M.フェルドシュタインは、最適課税論への批判としてタックス・リフォームとタックス・デザインの違いを強調している。彼の所説によれば、最適課税論はいわば「白紙のうえにかいた租税法」であり、政府は既存の税体系にとらわれることなく自由に税制をデザインできることを前提としているという意味で、現実の税制を出発点としそれを望ましい方向に導いていこうとするタックス・リフォ−ムでなくタックス・デザインであるとされている。その上で、白紙のうえでおこなわれるタックス・デザインのもとで最も望ましい政策と現実の税制を出発点とするタックス・リフォームが一致するとは限らないとしている。
さらに、フェルドシュタインは、現行税制からの改革にはあらたな水平的不公平を生じる可能性があるという主張をおこなっている。たとえば、現行の税制のもとで特定の職業にのみ利用可能な租税特別措置があるとしよう。この時、人々は租税特別措置の存在を考慮に入れた上で職業選択を行っているとすれば、かならずしも不公平であるとは言えないことになり、税制改革を行うことは改革前には同じ効用水準にいた人々を税制改革後に異なる効用水準におくことになり、水平的公平の原則に反することになる。そこでフェルドシュタインは、税制改革が水平的公平の原則を犯さないためには1)税制改革の実施時期をずらすこと2)税制改革の規模を小さくすることを提案している。税制改革の実施時期を遅らせれば、これから労働市場に参入する人々は、改革後の税体系にもとづいて職業選択をおこなうことができ、税制改革の規模を小さくすればそれだけ改革による影響が少なくて済むという訳である。
橋や一般道路などの公共財の供給の際には、ある人の消費が他の人の消費を妨げないという等量消費の性格ゆえに、人々は自らの選好を表明して費用を負担する誘因を持たないという「フリーライダー」の問題を生じるので、受益者負担によって最適な供給を達成することはできない。これに対して、ティブーは、このフリーライダーの存在によって生じる公共財の最適供給に対する障害が、地方公共財の供給の際には発生しないと主張した。
ティブーの理論は、地方公共団体によって供給される地方公共財の供給の際には、住民が居住地を選択することによって、自らからの選好を表明するので、効率的な資源配分を達成することが可能であるというものである。いわば住民の「足による投票」機構が地方公共財の最適供給を導くであろうとする最適性の命題を主張したのである。さらに、「足による投票」の結果、それぞれの地方政府には、同じ選好や稼得能力を持つ同質的な住民によって構成される類型現象が生じることも主張した。
この二つの主張に対して、まず最適性の主張については、ティブーの主張が地域間の住民の満足度の均等化をもたらすものであり、必ずしも効率的な資源配分を実現するものではないという批判がある。次に類型化については、住民が類型化したほうが、しないよりも資源配分の効率性が達成されるとする支持的な意見がある。
このティブーモデルは、各地方政府がそれぞれ異なる個人の公共財選好水準に対し、その供給水準を多様化させることによって公共財の最適供給が図れるということから、分権的政府支持の議論に用いられている。
や一般道路などの公共財の供給の際には、ある人の消費が他の人の消費を妨げないという等量消費の性格ゆえに、人々は自らの選好を表明して費用を負担する誘因を持たないという「フリーライダー」の問題を生じるので、受益者負担によって最適な供給を達成することはできない。これに対して、ティブーは、このフリーライダーの存在によって生じる公共財の最適供給に対する障害が、地方公共財の供給の際には発生しないと主張した。
ティブーの理論は、地方公共団体によって供給される地方公共財の供給の際には、住民が居住地を選択することによって、自らからの選好を表明するので、高率的な資源配分を達成することが可能であるというものである。いわば住民の「足による投票」機構が地方公共財の最適供給を導くであろうとする最適性の命題を主張したのである。さらに、「足による投票」の結果、それぞれの地方政府には、同じ選好や稼得能力を持つ同質的な住民によって構成される類型現象が生じることも主張した。
この二つの主張に対して、まず最適性の主張については、ティブーの主張が地域間の住民の満足度の均等化をもたらすものであり、必ずしも効率的な資源配分を実現するものではないという批判がある。次に類型化については、住民が類型化したほうが、しないよりも資源配分の効率性が達成されるとする支持的な意見がある。
このティブーモデルは、各地方政府がそれぞれ異なる個人の公共財選好水準に対し、その供給水準を多様化させることによって公共財の最適供給が図れるということから、分権的政府支持の議論に用いられている。
水平的公平あるいは資源の異時点間配分に対する課税の中立性の観点から、しばしば包括的所得税体系では、「貯蓄に対する二重課税」の問題が議論されることがある。この二重課税論は以下に示されるような議論である。
議論を簡単にするために、一生涯が現在と将来の2期間のみからなるとし、さらに現在のみに所得がある人(個人A)と将来のみに現在価値で同額の所得がある人(個人B)との比較を考えよう。この場合、個人Aは将来の消費のために所得の一部を貯蓄し、個人Bは現在の消費のために借り入れ(これはマイナスの貯蓄)をすることになるが、さらに全く税制が存在しないならば、個人Aと個人Bとでは一生涯予算制約は等しい点に注意しよう。ここで包括的所得税を導入しよう。包括的所得税体系ではいかなる所得であっても統一的に扱い、またできる限り課税ベ−スを幅広くとろうとする理念に基づいているから、包括的所得を一生涯にわたって考えれば貯蓄をすることから生じる利子所得に対してもそれを所得の一部として利子所得税が課せられるであろう。そこで個人Aは将来時点で利子所得税を支払わなければならない。しかしながら、この利子所得を生んだ貯蓄は現在時点の所得から消費を差し引いた残りであり、包括的所得税体系ではすでに現在時点で所得税が課せられているから、個人Aは二度にわたって課税されていることになる。一方、個人Bは将来時点に得る所得だけに課税されるので、個人Aはこの利子所得に課税される分だけ所得税を多く負担しており、同じ生涯所得の両者で異なった税負担になっている。これは水平的公平に反するといえよう。さらに、利子所得に課税することによって、税制が存在しないときに比べて現在と将来の財の相対価格が異なることも注意しよう。これは別な言い方をすれば、税制の存在によって異時点間の資源配分を歪めているのであり、課税が中立的でないことを示している。
労働所得や消費財に課税すると、労働供給や需要が落ち込み、資源配分の上のロスである超過負担を生じることになる。これを課税の影響が他の市場に及ばない部分均衡を仮定したうえで、特定の消費財に個別消費税が課税されるケースについて、図解によって説明しよう。まず、供給曲線Sは、価格に関して完全に弾力的であるとし、水平な直線として描かれている。一方、この図のDは、補償された需要曲線であるとしよう。補償された需要曲線は、通常の需要曲線と異なり、価格と所得が変化しても同じ効用水準が得られるような所得補償をおこなった場合の需要曲線である。この補償された需要曲線Dは、価格に関して弾力的であり、右下がりの直線であるとしよう。課税前には、需要曲線Dと供給曲線Sの交点eで、需給は均衡し、価格がp、需要量がqとなる。ここで、個別消費税が課税されたとすると、供給曲線Sは、上方にシフトし、課税後の供給曲線はS’となる。その結果、均衡点はeからe’に移行し、消費者価格はp’に上昇し、需要量はq’まで減少する。この図の供給曲線Sと需要曲線Dに囲まれた部分は、消費者が支払ってもよいと考える貨幣額と実際に支払う貨幣額の差を示しており、消費者余剰と呼ばれている。税金が課されると、消費者余剰は需要曲線Dと供給曲線S’に囲まれた部分まで減少し、p’pfe’の部分は政府の税収となる。政府の税収は、いずれ納税者に還元されると考えれば、課税による消費者余剰の減少分のうち、政府の税収を差し引いた部分、e’feが資源配分上の損失となり、超過負担となる。
25 35 45 55 60 61 62 63(補正後) 平成元年(当初) |
55.0 54.3 66.1 71.1 72.8 73.1 73.3 73.4 72.1 |
45.0 45.7 33.9 28.9 27.2 26.9 26.7 26.6 27.9 |
80.2 83.2 87.1 90.6 90.0 90.9 91.5 - - |
19.8 16.8 12.9 9.4 10.0 9.1 8.5 - - |
34.7 37.9 34.7 40.0 39.5 40.5 40.2 - - |
65.3 62.1 65.3 60.0 60.5 59.5 59.8 - - |
レーガン政権第2期の税制改革では、1981年の経済再生税法における投資促進措置の切り札として使用された投資税額控除とACRSの見直しが検討された。
投資税額控除は、特定の償却資産の投資に対して、投資費用の6%から10%の税額控除を認めるものであり、耐用年数の短い資産であればより頻繁に利用できるので、短期的な投資に有利に作用する。
投資税額控除とともに法人税改革の焦点となったのが減価償却制度の見直しである。加速度費用回収制度(ACRS)は、投下資本の早期回収のために設けられたものである。これは従来の償却期間をかなり短縮したものとなっている。加速度費用回収制度は加速度償却の利用を認めており、償却方法として定率法を採用している。定率法は、毎年一定額を償却する定額法と違い、初年度の償却率を高めるものである。たとえば150%の定率法の場合、初年度に定額法の1.5倍の償却率が適用され、後年度についても同じ償却率が未償却残高に適用される。加速度償却は、投資税額控除とちがい減税そのものによって投資を促進するのではなく、納税の時期を延期し現在価値ではかった税負担を軽減することによって投資を促進する。加速度償却を利用した場合、企業が納めるべき納税額は初年度に減少し後年度に増加する。 したがって、納めるべき納税額全体は変わらないとしても、現在価値で計った納税額が節約されることになる。納税の延期が長いほど有利であるので、加速度償却は耐用年数の長い資産に有利に作用する。
投資税額控除とACRSは、第1に財政赤字克服のためにACRSとITCによる税収のロスを圧縮する必要性が生じてきたこと、第2にそれらの措置が産業間に非中立的に作用し、既存の重工業からハイテク産業等への効率的な資本移動を妨げてきたこと、を理由として見直しがおこなわれた。
特別会計とは、行政能率の向上と会計内容の明確化のために、国が特定の事業を行う場合、あるいは特定の資金を保有してその運用を行う場合に設けられる会計をさす。平成2年度現在38の特別会計が設けられているが、会計方式の違いから企業特別会計と非企業特別会計に大別できる。企業特別会計とは、郵政事業のように広義の政府企業の範疇に入るものが含められる。 非企業会計は、さらに損益計算書、貸借対照表、財産目録、資金計画などが要求される企業会計方式とそれらが不要な公会計方式によるものに区分できる。
また、その性格からは、以下の5種類に分類できる。
第1に、事業特別会計(11個)は、造幣局、印刷局、郵政事業のような収益性のある特定の事業と、道路整備、港湾整備のような収益性のない事業の会計である。 第2に、管理特別会計(8個)は、食糧管理、外国為替資金等の特定のものの管理や需給調整を行うものである。第3に、保険特別会計(11個)は、厚生保険、国民年金のような民間ベ−スにのりにくい保険的なものと、簡易生命保険及び郵便年金のような民間保険会社的なものを持っている。第4に、融資特別会計(3個)は、資金運用部資金のような社会資本の整備、経済の効率化などのために公的資金を振り向けるものである。第5に、整理特別会計(5個)は、交付税及び譲与税配付金、国債整理基金などの一定の資金の出入りを整理してその経理状況を明確にしようとするものである。
(60歳支給) |
(65歳支給) |
(60歳支給) |
(65歳支給) |
|
1948年生まれ 1943年生まれ 1938年生まれ 1933年生まれ |
2.54 3.65 5.10 6.74 |
1.11 2.76(63歳支給) 4.75(61歳支給) 6.74(60歳支給) |
1.78 3.15 4.77 6.71 |
0.21 2.19(63歳支給) 4.40(61歳支給) 6.71(60歳支給) |
政府が支出の拡大を租税ではなく、公債発行で調達する場合には、人々は公債発行残高の増加を資産の増大とみなし貨幣需要を増大させる資産効果が生じるという議論が従来からなされてきた。この議論に従えば、政府支出の財源を租税で調達するか公債で調達するかによって経済効果が異なることになる。しかし、かりに人々が公債発行による財源調達が将来の増税によって償還されることを正確に認識するならば、公債発行残高の増加は資産とはみなされず、資産効果は生じないことになる。このように、公債は税負担を将来に繰り延べたものにすぎず、その意味では公債と租税は同じであるという考え方は「等価原理」と呼ばれている。
この「等価定理」の考え方は、あくまでも公債発行による租税の繰り延べを享受する人々と将来時点で償還のための増税を被る人々が同一であることを前提として成立する。これに対して、「等価定理」を公債発行と償還のための増税が別々の世代に対して実施されるケースについても成立することを示したのがバローである。バローは、公債発行と償還のための増税が別々の世代であっても、親の世代が子供の世代のことを考慮して行動するときには、親の世代での公債発行による子供の世代での増税に備えて遺産や贈与を調整するので、結局、租税による財源調達も公債発行による財源調達もなんら経済効果に違いはないという「中立命題」を主張した。このバローの中立命題の問題点は、現実の経済が複数の家計からなることを無視していることにある。複数の家計の存在する社会では、所得の違いにより、税負担も公債保有状況も異なるので、親が子供のことを考慮して行動するとしても、かならずしも租税と公債が中立的な経済効果を持つ保証はない。
J.M.ブキャナンは、従来の経済学が無視してきた政治的なプロセス、ルールを経済学的に分析し、「公共選択の理論」を確立した。
特に、民主主義のもとでのケインズ政策が必然的に財政赤字を増大させるという主張は有名である。この主張は、政治経済学的な理由からケインズ政策の有効性の疑問を提示したものである。ケインズ的な財政政策は、不況期に減税や公債発行による公共支出の増大を要求し、好況期に増税や公共支出の削減を要求する。ケインズは、このような経済政策が政治的圧力とは無縁の小数の賢人グループによって実行されるものと考えていた(この仮定は、ケインズの住んでいたケンブリッジの通りにちなんで「ハーベイ・ロードの前提」と呼ばれている)。しかし、ブキャナンは、現実の民主主義的な政治過程が投票最大化を考えて行動する政治家によっておこなわれているとして、ハーベイ・ロードの前提が成立しないとした。公共サービスの提供や減税は、国民に直接利益をもたらすために人気のある政策となる。特に公債の発行による支出の拡大は、自分は費用を負担しないでも公共サービスを受けることが可能だという財政錯覚を発生させることになる。一方、公共サービスの削減や増税は、国民に直接不利益をもたらし、黒字予算によるインフレ抑制効果が国民に間接的な利益しかもたらさないので、政治的には不人気な政策となる。したがって、民主主義的な政治過程のもとでは、ケインズ政策のなかで常に赤字予算のみが採用されるという政策の非対照性を生じることになる。
地方公共団体の会計は、公営事業会計と公営事業会計以外の会計を総合してまとめた普通会計に区分されている。普通会計の主な歳入項目は、地方税、地方譲与税、娯楽施設利用税交付金、自動車取得税交付金、軽油引取税交付金、地方交付税、交通安全対策特別交付金、分担金および負担金、使用料、手数料、国庫支出金、国有施設等所在市町村助成補助金、都道府県支出金、財産収入、寄付金、地方債、等である。昭和62年度の決算の状況をみると地方団体の普通会計の歳入の純計額は、64兆2201億円になり、国の一般会計の補正後予算の歳入58兆2142億円を大幅に上回っている。
一方、地方公共団体の公営事業会計の中で水道、工業用水道事業、交通事業、電気事業、ガス事業、病院事業、下水道事業、宅地造成事業、観光施設事業、駐車場整備事業などの会計は、企業会計とよばれている。これらの企業会計は、料金収入以外に他会計補助金、他会計負担金、国庫負担金、都道府県補助金などで賄われている。昭和62年度の決算額によると全事業の経常収益6兆9275億3400万円のうち、料金収入は89.4%を占めている。
公営企業会計については、赤字交通や病院事業の赤字がしばしば問題視されている。経常損失を有する事業数の割合を見ると交通事業については48.8%、病院事業については30.3%となっている。さらに、累積欠損金を有する事業数の割合は、交通事業については57.3%、病院事業については57.4%となっている。このような公営事業の経営改善のために、効率的な経営、建設投資の適正化、料金の適正化等が課題とされている。
標準的な地方財政のテキストでは中央政府(国)から地方政府(地方団体)への移転支出を広義の補助金であるとしている。この広義の補助金は、使途が限定されているものを特定補助金、使途が限定されていないものを一般補助金と呼ぶ。 また、予算項目からみると、補助金、負担金、交付金、補給金、委託費が「補助金等」として取り扱われている。このうち補助金は、国がその施策を行うため特別の必要があると認めたときに、又は地方公共団体の財政上特別の必要があるときに交付されるもの、負担金は、地方公共団体又は地方公共団体が実施している義務教育、生活保護などの本来国がなすべき事務の経費の全部または一部を負担するものである。交付金は、特定の目的で地方公共団体、民間非営利団体、家計に対して支出される補助金であり、公立文教施設事務費交付金のような義務的な性格のものと畜産振興事業団交付金のように奨励的な性格のものが混在している。補給金には、民間非営利団体、地方公共団体、政府関係機関の収支を補填するものと利子差額を補填する利子補給金がある。委託費は、国会議員の選挙、国勢調査の費用など、もっぱら国の利害に関係する事務に要する経費で、地方公共団体は支弁はするが負担する義務は負わない経費である。
「補助金等」は国から家計に直接交付されるケースよりむしろ地方公共団体に交付されるケースが多い。国から地方公共団体に補助金が交付されるケースおいては、国が全額費用を負担する場合と地方公共団体が一部を負担する場合があり、当該補助金の負担割合は補助率と呼ばれている。国の負担割合が高い生活保護費補助金(国8/10、府県・市町村2/10)などは、高率補助金と言われている。したがって、国からの補助金の金額が減少したとしても、その減少が補助率の引き下げによるものならば、単に国から地方へ負担が移転されたにすぎないことになる。
1960年代後半から、インフレーションと失業が同時に発生するようになり、ケインズ政策は疑問視され始めた。ケインジアンの主張では、失業が発生している状況では、名目賃金の上昇はなく、物価の上昇も起こらないとしていたからである。この点から新たな主張を行ったのがフリードマンを中心にしたマネタリストである。ケインジアンが市場メカニズムが機能していないと考えるのに対し、マネタリストは新古典派と同様に基本的に市場メカニズムを重視する立場をとる。このため、完全雇用は市場を通じて達成されるので、政府が財政支出を拡大して需要を作り出すというケインズ政策は基本的に否定される。
彼らがマネタリストと呼ばれるのは、古典派が考えていた貨幣数量説を強く支持したためである。彼らは貨幣方程式、MV=PYを用いてインフレーションを説明した。彼らはこの式で、貨幣の流通速度Vが安定的であると考えた。経済が時間とともに拡大を続けるとき(Yが時間とともに大きくなるとき)、マネーサプライMがそれ以上の増加を続けると、物価水準Pが上昇し続けるというのである。このようにインフレーションは単に貨幣的現象であり、政策的には経済の拡大にともなってマネーサプライをコントロールすることが重要であるとしている。
また、名目賃金上昇率と失業率の間の右下がりの関係を示すフィリップス曲線にたいしては、労働者が労働供給を決定するのは実質賃金によるので、名目賃金上昇率と予想物価上昇率が乖離すると失業者が発生するが、これらが一致すると失業率は自然失業率に落ちつくという自然失業率仮説を示した。これによると予想と現実が一致する長期においては自然失業率が達成されるため財政政策の必要性はないが、予想と現実が乖離し、非自発的失業が存在する短期においてのみ有効性を認めている。
1978年に発表されたイギリスのミード委員会報告『直接税の構造と改革(The Structure and Reform of Direct Taxation)』は、支出税(expenditure
tax)の採用を検討した報告書として有名である。ミード報告で検討された支出税は、個人の申告した消費に応じて直接税として課税する古典的な支出税ではなく、所得マイナス貯蓄=消費で求めた消費に課税する現代的な支出税である。これは、税務当局にとっては、個人の消費を捕捉するよりも所得と貯蓄を捕捉する方が容易であることに着目したものである。
現代的支出税では、貯蓄に関して適格口座を設け、適格口座の残高の増加を課税ベースから控除し、貯蓄残高の減少を課税することになる。したがって、負債の返済、利子支払は貯蓄として控除され、借入金の受取や貯蓄の取り崩しは課税されることになる。さらに、事業用資産の購入は控除され、当該資産からの収益は課税されることになる。
ミード報告では、このように所得マイナス貯蓄で求めた課税ベースに課税する包括的支出税(universal
expenditure tax)か、あるいは大多数の納税者については付加価値税を適用し、高額の支出をおこなっている納税者については、追加的な支出税を適用するという2段階支出税(two
tier expenditure tax)の選択を勧告している。
1984年11月に「公正、簡素、経済成長のための税制改革」と題された財務省の報告書をたたき台にしてレーガン大統領の手により、抜本的税制改革が1986年に行われた。
個人所得税については、課税ベースの拡大と累進税率表の大胆なフラット化が実施された。税率表は、夫婦共同申告者の場合、改革前は11%-50%の14段階が、15%と28%の2段階となった。さらに、個人所得税の課税最低限は、夫婦子供2人の標準世帯の共同申告の場合、改革前の7,990ドルから1950×4=12,800ドルにまで引き上げられた。 これらの減税要因に対して個人部門での増税は項目別控除項目の見直しとキャピタル・ゲイン課税の強化によって行われた。
法人税の改革についても課税ベースの拡大と税率の引き下げがおこなわれている。法人税率は課税ベースの拡大と引き換えに、最高税率が46%から34%に大幅に引き下げられ、5段階あった税率区分は3段階になった。法人税率を引き下げるための財源は、課税ベースを拡大することによって調達された。課税ベースの拡大として、検討されたのが投資税額控除(ITC)と加速度費用回収制度(ACRS)の廃止である。財務省案では、いずれも廃止が勧告されたが、最終的には産業界の反対により投資税額控除の廃止のみが実現した。
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Last Updated 99/09/18 20:10:45