第2章 税制改革の基礎理論
2.1 租税原則
(1)租税原則の変遷
アダム・スミス 自由放任
→政府の役割は市場では供給できない国防、行政、司法などの必要最小限:夜警国家、小さな政府
課税の根拠として利益説:必要最小限の国家が提供する公共サービスの対価
アダム・スミスの4原則
1.公平性 税制は公平でなければならない
2.明確性 何が課税対象になっているかが誰の目からみても明らかでなければならない
3.便宜性 納税の時期や方法が納税者にとって便利でなければならない
4.最小徴税費 租税を徴収するさいのコストができるだけ小さいほうが望ましい
19世紀ドイツ歴史学 アドルフ・ワグナー
課税の根拠として義務説:納税は国民の義務であるとする考え方
→国家は社会的家父長的保護機関とする考え方
国民には国家の維持に必要な資金を負担する倫理的な義務がある
ワグナーの9原則
1.財政政策上の諸原則
課税の十分性
課税の可動性
2.国民経済上の諸原則
正しい税源の選択
租税の作用を考慮して税種の選択
3.公正の諸原則
課税の普遍性
課税の平等性
4.税務行政の諸原則
課税の明確性
納税の便宜性
最小徴税費の努力
現代の租税の3原則
1.公平性
2.効率性(中立性)
3.簡素(徴税費と納税協力費の最小化)
(2)課税の公平性
応益原則
各個人が享受する公共財の受益に応じて税負担を配分
問題点:フリーライダーの発生
受益と負担の関係が明確な道路目的財源のガソリン税など一部の税
応能原則
支払い能力に応じて税負担を配分
a.水平的公平(horizontal equity)
「等しい経済力を持つ人々の等しい取扱い」
経済力の指標:包括的所得税では、経済状態を「包括的所得」捉える
→包括的所得ベースにもとづく水平的公平への疑問
・同じ所得から享受できる効用(満足度)が同じとは限らない
・単年度ごとに発生した所得をベースに課税することが公平とは限らない(第5章 貯蓄に対する二重課税論)
→若いときにより多く貯蓄した人は、単年度ごとの所得をベースに課税するとより多くの税負担を担う
b.垂直的公平(vertical equity)
「異なる経済力を持つ人々の異なる取扱い」
累進課税の根拠
→犠牲説(sacrifice theory)
税負担から生じる犠牲(マイナスの効用)を個人間で均等にする
均等絶対犠牲
税負担による犠牲の絶対量を均等にする
均等比例犠牲
所得の総効用に対する犠牲の割合を均等にする
均等限界犠牲(最小犠牲説)
限界的な犠牲を個人間で均等にすればよい、税負担による犠牲の最小化
疑問点
*各家計の所得稼得意欲への影響(効用は所得にのみ依存、労働供給の問題)
「貧困の平等」
→効率性の問題を無視
(3)課税の効率性
課税の超過負担(excess burden):死重損失(deadweight loss)
→課税による資源配分のロス、所得税による労働供給阻害など
ランプサム・タックス(定額税)と所得税、消費税などを課税したときの効用水準の差ないし税収の差として計測
(第8章参照)
厚生経済学の第1基本定理
ある条件のもとでは競争経済が効用可能性曲線上のあるひとつの点(パレート最適)を実現する
→ただし、個人間の公平性は保証されない。
厚生経済学の第2基本定理
効用可能性曲線上のあらゆる点は、ある個人から他の個人に再配分することで達成可能である。
→再配分の手段としてランプサムタックスが利用可能な場合:ファーストベスト
政府は、ランプサムタックスではなく、資源配分をゆがめる所得税や消費税を使わざるをえない。
セカンドベストの最適課税論
利用可能な税が限定される場合に次善の方法を探るもの
2.2 税制改革の理論
(1)包括的所得税論
包括的所得税論
包括的な所得にもとづき課税することが望ましいとする租税理論
シャウプ勧告、レーガン税制改革時の財務省報告
シャンツ、ヘイグ、サイモンズ
2時点間の経済力の増加
Y=C+ΔW
包括的所得=市場で評価された消費価値額+資産価値の純増
1.消費
要素所得および移転所得からの消費
自家消費
所有資産・耐久消費財の使用価値(帰属サービス消費)
2.資産純増
純貯蓄の蓄積
所有財産の価値増加
通常所得と認識されないもの
フリンジ・ベネフィット(現物給付、年金、健保の雇用主負担)、帰属家
賃、未実現のキャピタル・ゲイン、社会保障給付
表2-1 包括的所得税と現行所得税との主な違い P27
フリンジベネフィット:現行の所得税では社宅、独身寮が原則課税となっているものの、課税されるケースは限定的
生活保護費:生活保護法第57条において「被保護者は、保護金品を標準として租税その他の公課を課せられることがない。」
アルバイトなどの勤労所得が発生した場合には生活保護費が減額される仕組みとなっており、実質的には課税
公平性のメリット
「経済状態」を測定する基準として「包括的所得」がもっとも優れている
→福利厚生面での待遇の違いをも考慮にいれた課税ができる
効率性のメリット
課税ベースを拡大することになるため、同じ税収を調達しようとする場合、より低い税率での課税が可能
税率の引き下げは、所得税のもつ労働への阻害効果を低下
税務執行面の問題点
農家の自家消費を把握
帰属家賃への課税
理論面の問題点
・所得の発生源の違いを考慮していない 不労所得に重課 or 軽課
・貯蓄二重課税(第8章参照)
(2)支出税論
古典的支出税
N.Kaldor,”An Expenditure Tax”,1955.
担税力の指標としての消費
個人は彼が共同のプールよりとりだすものにしたがって課税すべきで、
彼がそこに投入すべきものにしたがって課税されるべきでない
↓
直接税として支出に課税
現代的支出税の課税ベース
1978年 ミード委員会報告『直接税の構造と改革』
Y=C+S
貯蓄非課税 C=Y−S 適格口座
負債の返済、利子支払い 控除(貯蓄として)
借入金の受取 課税
(例外 住宅ローン 控除 利子支払い、負債の返済 課税)
事業用資産の購入 控除
当該資産からの収益 課税
包括的支出税ないし2段階支出税の選択を勧告
包括的支出税:消費支出に累進税率表を適用
2段階支出税:付加価値税と追加的な支出税の組み合わせ
支出税のメリット
*行政上の利点
所得算定の問題 事業所得の算定が簡単 償却資産は即時控除
キヤピタル・ゲイン 再投資される場合は非課税
資産の売却収入は課税
所得平均化の問題 累進的な所得税は変動所得に対して平均化が必要
消費は変動が少ない
年金 拠出は控除、引出しは課税
*経済的利点
経済的中立性 現在消費と将来消費の選択を歪めない
貯蓄促進
*公平上の利点
毎年の変動する所得への課税より変動の少ない消費への課税が望ましい
支払い能力を生涯所得で捉える
所得税は比較的早い時期に稼ぐ者に不利
支出税のデメリット
*行政上の欠点
納税協力の問題 適格口座
借入金に課税
*経済的欠点 より高い税率
*公平上の欠点
富の蓄積 権力と威信と精神的平安を生む
苦労して蓄積した富と前の世代から贈与された富を区別できない
*移行上の問題
退職しようとする人が多額の貯蓄をしている
支出税移行後には貯蓄の取り崩しに課税
(3)最適課税論
ファースト・ベスト(最善)の最適課税論 政府の利用可能な税体系になんら制約のおかれていない状況で社会的厚生を最大によるような課税を探るもの
→ランプサム・タックス(定額税)をもちいれば、パレート効率を維持しながら所得分配の公正を達成することができる。
セカンド・ベストの最適課税論 政府は、所得税や消費税のように何らかのひずみをもたらす租税しか使用できない場合に社会的厚生を最大にするような税率を模索
。
社会的厚生関数
W=W(U1,・・・,Ui,・・・,UI) (2-1)
W:社会的厚生、Ui:第i家計の効用水準
限界社会的重要度は正
∂W
── >0
∂Ui
限界社会的重要度が正になる社会的厚生関数は、バーグソン・サムエルソン型の社会的厚生関数とも呼ばれている。
功利主義的な社会的厚生関数
功利主義:ベンサムという哲学者が唱えた考え方で「最大多数の最大幸福」をみざすもの
W=UA+UB (2-2)
ロールズ的な社会的厚生関数
社会的厚生は、最も恵まれない人の効用にのみ依存
一般的な社会的厚生関数の関数計
W=(1/γ)ΣUγ γ≠0 (2-3)
γ=1 功利主義的な社会的厚生関数
γ→-∞ マキシミン原則にもとづくロールズ的な社会的厚生関数
図2-1 社会的無差別曲線
(a)図 功利主義的な社会的厚生関数を想定した場合の社会的無差別曲線
(b)図 中間的なケース、原点に対して凸の曲線
(c)図 マキシミン原則を採用する場合の社会的無差別曲線であり、直角に折れ曲がる
図2-2 効用可能性曲線:ある者の効用水準を所与としたときに、別の者が達成可能な効用水準の組み合わせを示したもの
効用可能性曲線上では、パレート最適が満たされているものの、その分配は必ずしも公平な分配を保証しない。
厚生経済学の第2基本定理:ランプサム・タックスを利用可能な状況にあれば、効用可能性曲線上の任意の点への再分配が可能
図2-3 功利主義的社会的無差別曲線と効用可能性曲線
完全平等は、この45線上での所得分配において達成
功利主義的社会的無差別曲線と効用可能性曲線との接点はF点
→功利主義のもとでは、それほど大きな再分配は要求されない
図2-4 一般的な社会的無差別曲線と効用可能性曲線
社会的無差別曲線と効用可能性曲線との接点はGとなり、功利主義的な社会的無差別曲線の場合よりも、平等主義に近づいている
図2-5 ロールズ的な社会的無差別曲線と効用可能性曲線
社会的な厚生を最大化する点は、H点となっており、完全平等の点と一致
↓
累進的所得税と社会保障給付による所得再分配では、効率性のロスが発生するために、効用可能性曲線の形状が変化
↓
完全平等をめざした場合には、原点Oでしか完全平等が達成されない:貧困の平等
↓
ロールズのマキシミン原則にしたがったとしても、再分配が効率性を損なうような形でしかおこなえない場合には、完全平等は達成されない
図2-6 累進課税と効用可能性曲線
最適間接税論
、Ramsey(1927)の古典的な論文を出発点
ラムゼー・ルール 価格弾力性の高い財(奢侈品)に軽課、価格弾力性の低い財(必需品)に重課すれば、最適な課税が達成されるという命題
↓
複数家計が存在する場合、課税に対する労働供給、需要の弾力性、その社会の所得分布状況、人々の平等性への価値判断の違いによって変化
最適所得税論
Mirrlees(1971)の研究を出発点
家計の所得を稼ぐ能力に上限が存在しないならば、最高限界税率は100%に設定すべき
能力の上限と下限が存在するケースでは、その上限と下限では最適な限界税率はゼロとなる
最適線形所得税
Mirrleesの論文
家計の行動を規定する効用関数をコブ・ダグラス型に仮定した場合には、最適な税率構造は均一税率(フラット・レート)と、課税最低限(ないし人頭補助金)から構成されるフラットレート・タックス(線型所得税)となる
→最適な均一税率と課税最低限の組み合わせは、課税に対する労働供給の反応の度合いと公平性への価値判断に依存
2.3 租税帰着
(1)帰着の概念
帰着:租税の最終的な落ち着き先
法制上の帰着:法律上で想定されている税負担の落ち着き先
経済的帰着:税負担が市場での取引を通じて最終的に落ち着く先
→経済的帰着では、すべての税は、最終的には個人に帰着することになる。
租税帰着の経済分析の3つの手法
絶対的帰着 特定の税の増税による分配状況の変化をみるもの
差別的帰着(differential tax incidence) 予算規模を一定としたときの税制改革による分配上の変化を測定する考え方
均衡予算帰着(balanced budget incidence) 税制改革による予算規模の増加ないし、減少にともない、歳出が増加ないし、減少する場合の分配上の変化を測定する考え方
(2)従量税と従価税の違い
従量税(specific tax):産出量1単位当たりの税であり、日本の税制ではたばこ税、酒税などが該当
従価税(ad valorem tax):価格に一定比率の税率を課税する、消費税など
従量税と従価税の経済効果の違い
いま、ある企業の総費用曲線(TC)を
TC=aQ2+bQ+c (2-4)
と想定する。ただし、Qは生産量である。(2-4)式をQで微分すると限界費用曲線(MC)は、
MC=2aQ+b (2-5)
となる。利潤最大化の必要条件、価格(P)=限界費用(MC)より、企業の供給曲線は、
P=2aQ+b (2-6)
となる。
従量税は、生産量をQとし、税額をTとすると
T=tQ (2-7)
と表すことができる。
従量税課税後の総費用曲線は
TC=aQ2+bQ+c+T (2-8)
となり、税額分を足したものとなる。(2-8)式のTに、(2-7)式の右辺を代入すると
TC=aQ2+bQ+c+tQ (2-9)
となる。(2-9)式を生産量Qで微分すると限界費用曲線(MC)は、
MC=2aQ+b+t (2-10)
となる。利潤最大化の必要条件を使うと、従量税課税後の供給曲線は、
P=2aQ+b+t (2-11)
となる。
課税後の供給曲線(2-11)式と課税前の供給曲線(2-6)式は、従量税t円の差となっているため、
従量税が課税されるとt円だけ供給曲線が平行にシフト
従価税が供給曲線に与える影響
課税前の供給曲線
P=aQ+b (2-12)
供給曲線に、税率t%の従価税を課税
P= aQ+b+t(aQ+b)
=(1+t)(aQ+b)
(3)完全競争市場の下での個別物品税の租税帰着
図2-7 企業が納税義務者のケース
完全競争市場の下で、単位当たりt円の従量税が課税
↓
供給曲線が左上方へシフト
↓
消費者価格が上昇するとともに、均衡数量は、Q0からQ1へと減少
↓
供給曲線のシフトの幅は、税金分のt円となっているが、均衡価格がp1までしか上昇していない
↓
消費者価格への税金分をどの程度転嫁できるかの度合いは、需要曲線と供給曲線の傾きに依存
(4)独占市場での租税帰着
消費者の需要曲線は、
P=100−Q (2-13)
独占企業の費用関数は、
TC=2Q+10 (2-14)
(2-14)式をQで微分し、限界費用(MC)をもとめると
MC=2
独占企業は、消費者の需要曲線に直面することになるので、総収入(TR)は、(2-13)を代入することで
TR=P×Q=(100−Q)×Q=100Q−Q2 (2-15)
(2-15)式をQで微分すると限界収入(MR)は、
MR=100−2Q (2-16)
独占企業の利潤最大化の必要条件、限界収入(MR)=限界費用(MC)を使うと、利潤を最大化するような最適な生産量は
100−2Q=2
Q=49
となる。
このとき、消費者の支払う価格は(2-13)式より
P=100−49=51
となる。
この独占企業にt円の従量税が課税
課税後の利潤最大化の必要条件は、MR=MC+tとなる。
税額 t=2とすると、利潤を最大化するような生産量は
100−2Q=4
Q=48
となる。課税後に消費者の支払う価格は、
P=100-48=52
となり、消費者の価格上昇は1円となる。
独占市場の場合には、消費者の価格は、従量税のt円の2分の1だけ上昇