初日は美濃戸口に車を置き、まずは赤岳鉱泉を目指して北沢を登りました。
昨年の11月下旬に訪れた時に比べると、それなりに積雪はありましたが、踏み後がしっかりついており
入山者の多さが感じられました。
3時間程で鉱泉に到着。小屋は混み合っていました。
昨年(11月下旬)来た時は、宿泊客4人だけでしたから驚いちゃいました。
どうも、関西のテレビ局が入っていたみたいで、お客も関西の人ばっかりでした。
そのせいか、夕食も豪華でした。肉料理にフルーツつきでしたから。
私は昨年食べた、タップリ煮込んだカレーライスが食べたかったですけど・・・。
部屋は個室にしてもらいましたが正解でした。あの混雑ではゆっくり寝られたものではありませんでした。
翌日は7時に小屋を出て、中山乗越から行者小屋に向かいました。
積雪はかなりありましたが、1時間弱で行者小屋に到着しました。 気温―15度 小雪
ここに荷物をデポして、12本爪のアイゼンを装着後、ピッケルとテルモスとカメラだけ持って出発。
文三郎道を登りました。
一部アイスバーンと化している所があり少し緊張しましたが、何とか中岳と赤岳の鞍部に出ました。
しかし、ここから厳冬期の雪山の厳しさを、思う存分味わう事になるのです。
稜線に出たとたんに、風速10m以上はあろうかと思われる風が襲いかかってきました。
気温―20度、横殴りの雪が顔をたたきます。稜線の雪も風に飛ばされ殆ど付いていません。
佐久側が切れ落ちている岩稜を慎重に超えて、やがて赤岳頂上に辿りつきました。
・・・が、まわりはホワイトアウトで何も見えません。
テルモスの蓋は凍って開かないし、睫毛は凍って目の前にツララが垂れ下がり、眼も開けられない状態でした。
しばらく山頂の岩陰で震えていました。
そして、地蔵尾根経由で下山する事にしましたが、頂上小屋から先のルートが分からず、右往左往してしまいました。
それでも耐風姿勢を取りながら、尾根を下って行きました。
そうこうしているうちに、何とか下山ルートを見つけ、腰までのラッセルの後、やがて樹林帯に入る事が出来ました。
そこは、先程までの出来事がまるで夢ででもあったかのように、静寂の世界でした。
そして行者小屋に辿り付くと、小屋が開いていました。
大同心の方で雪崩があり、クライミングの人が一人亡くなったとの事でした。
急遽、小屋を開けたとの事で、コーヒーで温まることが出来ました。
それから南沢を下り、八ケ岳山荘で入浴。 傷ついた心身を癒しました。
私は面の皮が厚いので、鼻と耳に軽い凍傷で済みました。
その時は、「こんな経験は、もう無いだろうなあ」なんて思ったものでしたが、いまだに懲りていない私です。 |