風雪の赤岳  
 H11年2月12日(金)〜13日(土)  

山登りを始めて一年にも満たない自分が、事もあろうに厳冬の雪山に挑戦した事は、
自殺行為に等しい蛮行であったと、今は反省しています。


  初日は美濃戸口に車を置き、まずは赤岳鉱泉を目指して北沢を登りました。
  昨年の11月下旬に訪れた時に比べると、それなりに積雪はありましたが、踏み後がしっかりついており
  入山者の多さが感じられました。
  3時間程で鉱泉に到着。小屋は混み合っていました。
  昨年(11月下旬)来た時は、宿泊客4人だけでしたから驚いちゃいました。
  どうも、関西のテレビ局が入っていたみたいで、お客も関西の人ばっかりでした。
  そのせいか、夕食も豪華でした。肉料理にフルーツつきでしたから。
  私は昨年食べた、タップリ煮込んだカレーライスが食べたかったですけど・・・。
  部屋は個室にしてもらいましたが正解でした。あの混雑ではゆっくり寝られたものではありませんでした。
  翌日は7時に小屋を出て、中山乗越から行者小屋に向かいました。
  積雪はかなりありましたが、1時間弱で行者小屋に到着しました。 気温―15度 小雪
  ここに荷物をデポして、12本爪のアイゼンを装着後、ピッケルとテルモスとカメラだけ持って出発。
  文三郎道を登りました。
  一部アイスバーンと化している所があり少し緊張しましたが、何とか中岳と赤岳の鞍部に出ました。
  しかし、ここから厳冬期の雪山の厳しさを、思う存分味わう事になるのです。
  稜線に出たとたんに、風速10m以上はあろうかと思われる風が襲いかかってきました。
  気温―20度、横殴りの雪が顔をたたきます。稜線の雪も風に飛ばされ殆ど付いていません。
  佐久側が切れ落ちている岩稜を慎重に超えて、やがて赤岳頂上に辿りつきました。
  ・・・が、まわりはホワイトアウトで何も見えません。
  テルモスの蓋は凍って開かないし、睫毛は凍って目の前にツララが垂れ下がり、眼も開けられない状態でした。
  しばらく山頂の岩陰で震えていました。
  そして、地蔵尾根経由で下山する事にしましたが、頂上小屋から先のルートが分からず、右往左往してしまいました。
  それでも耐風姿勢を取りながら、尾根を下って行きました。
  そうこうしているうちに、何とか下山ルートを見つけ、腰までのラッセルの後、やがて樹林帯に入る事が出来ました。
  そこは、先程までの出来事がまるで夢ででもあったかのように、静寂の世界でした。
  そして行者小屋に辿り付くと、小屋が開いていました。
  大同心の方で雪崩があり、クライミングの人が一人亡くなったとの事でした。
  急遽、小屋を開けたとの事で、コーヒーで温まることが出来ました。
  それから南沢を下り、八ケ岳山荘で入浴。 傷ついた心身を癒しました。
  私は面の皮が厚いので、鼻と耳に軽い凍傷で済みました。
  その時は、「こんな経験は、もう無いだろうなあ」なんて思ったものでしたが、いまだに懲りていない私です。

文三郎道から 大同心 赤岳頂上小屋


中高年山行記