脊髄損傷治療の展望(2001年10月)

脊髄損傷治療の展望
わたしが怪我をして脊損になったのは8年ほど前ですが、その頃は脊髄損傷は不治の病でした。医者と面談した両親は「世界中回っても治せる所はありません」と言われたそうです。その当時、そしてその後数年間は私も脊損は不治の病で一生治らないものだと思っていました。ですが最近、そうでもないかも、もしかしたら私が生きている間に治療法が見つかるかも、というかすかな希望が見えてきました。そこで今回は、そんな希望の元になった新しい医学情報をまとめてみました。もちろんわたしは専門家ではありません。情報も新聞記事を元にしたもので最新・確実とは言いかねますのでその辺はご承知を。

将来の脊損治療の鍵となるのはES細胞ですが、ヒトのES細胞が初めて作られたのは1998年でわずかに3年前のことです。不妊治療のために実施された体外受精で出来た受精卵(胚)のうち使われなかった不要なものを培養し、胎盤となる部分を除き更に特殊な条件で培養するとヒトの身体のあらゆる部分の細胞になる万能性を持った細胞が出来ます。その細胞をES細胞(胚性幹細胞)と呼びます。

このES細胞が脊損治療とどう関係するかですが、こういう実験が報告されています。米ミズーリ州ワシントン大のジョン・マクドナルド博士は試験管の中でネズミのES細胞を元に、神経細胞になる細胞を作ることに成功しました。そしてこの細胞を、脊髄の神経の傷でまったく足の動かせなかったネズミの脊髄に免疫抑制剤を使いながら移植しましたた。その結果細胞は生着し脊髄の神経を一部修復し、ネズミは不完全ながら足や尻尾を動かせるようになったそうです。

日本でも同じような実験が行われています。大阪大の小川祐人研究員、岡野栄之教授(神経機能解剖学)らと、慶応義塾、米ジョージタウン両大学のグループの実験です。ネズミの胎児から神経幹細胞を取り出し培養して増やします。これを脊髄が傷ついて運動能力が落ちたネズミに移植します。神経幹細胞は体内で増殖して突起を伸ばし、もともとあった神経回路網に組み込まれていきました。この治療で五週間後には元の状態にかなり近い所まで運動能力が回復したそうです。

大阪大の研究で使われた神経幹細胞ですが、ほとんどの臓器や組織中に幹細胞が存在しています。このうち脳神経系の幹細胞を神経幹細胞といいます。これらの細胞は利用に際して、ES細胞と違い倫理的な問題が無い、患者由来の細胞を使えば拒絶反応の心配が無いなどの利点があります。ただし専門家の中には万能性・増殖能力などでES細胞に劣るとする意見もあります。

アメリカでは倫理面からの制約で、ES細胞を使った実験に政府の助成が得にくいという問題があります。幸い日本ではそれほどの制約はありません。日本の医学研究がアメリカに先んじるレアなケースとなるかもしれません。ES細胞を使った際の拒絶反応も解決の見通しがたってきました。京都大再生医科学研究所のグループがES細胞と体細胞を電気融合させることに成功し、その細胞の万能性も確認しました。これは他人の細胞であるES細胞と患者本人の体細胞を一体化することで拒絶反応を起きなくさせるという画期的な方法なのです。

ネズミでの実験は成功しました。ヒトへの応用はいつ頃になるのかというのが最も知りたい所です。順序としてはネズミの次はサルそしてヒトになるそうで、専門家の意見として4年とか5年で臨床試験を目指す、と紹介してる記事も見かけました。だが本当に4、5年で脊損治療が始まるかどうかはまったくわかりません。私は38歳にしてかなり頭髪が薄く、まぁ早く言うとハゲてるわけですが、こんな話を聞いたことがあります。現在もハゲに効く薬というのはあって、その薬は話題になったミノキシジルなど比べ物にならないほど劇的に効くそうです。ある種の細胞増殖剤なのですが、その薬を使うとガン細胞まで増殖せてしまい命にかかわるので、とてもハゲの薬として発売することは出来ないということです。

ES細胞にしろ神経幹細胞にしろ今まで人類が行ってきた医療行為とは別の次元の技術であり、まったく想像できないようなトラブルにみまわれる可能性があります。人は必ずやそのトラブルを克服するでしょうが時間はかかります。そんなわけで今の段階で治療開始の時期を明示することは出来ないらしいのです。

朝日新聞朝刊の以下の記事を参考にしました。
・2000年3月30日「ES細胞研究に賛否」
・2000年9月14日「神経や肝臓の組織を再生へ」
・2000年11月2日「ニュースのこ・と・ば」
・2001年10月4日「自分の細胞初期化」


脊損者専門ジムについて(2011年9月加筆)
完全麻痺、不全麻痺という言葉を聞いたことがあると思います。完全麻痺とは脊髄が完全に破損し神経がまったくつながっていない状態で、不全麻痺とは脊髄の破損が一部にとどまり神経も一部がつながっている状態のことです。慶応義塾大学医学部生理学教室岡野研のサイトによると「実際の臨床においては、損傷脊髄内の5−10%の軸索が損傷を免れるか、あるいは再生できれば機能的にはかなりの改善が期待できる」とあります。少しでも感覚が残っている、あるいは下肢が動くという人はJ−Workout株式会社のような専門のトレーニングジムに通ってみるのも良いかもしれません。

人工回路で脊損治療(2013年4月加筆)

4月11日の朝日新聞によると以下の通りです。
「手足を動かすための脳からの電気信号を、脊髄の傷ついた部分を迂回して伝える「人工神経接続」技術を開発したと、自然科学研究機構・生理学研究所が発表 した。サルでの実験に成功し、将来、脊髄損傷などで手足が不自由な患者の治療に役立つ可能性があるという。」

ES細胞を使い中枢神経を再生する医療に期待していたけど、先行していたアメリカでは研究が行き詰まりバイオ企業のジェロン社は撤退してしまいました。再 生医療での治療は受傷後すぐの場合はまだしも、年月が経過した脊損患者には超えられない壁があるようです。今回発表された治療法の方が実用化は早いかもし れません。手足を自由に動かす、というのは難しいでしょうけど膀胱括約筋をコントロール出来るようになるだけでQOLの質は大きく上がります。研究の進展 に期待しています。


研究の現状について情報を得られるサイト
文部科学省 iPS細胞等研究ネットワーク
http://www.ips-network.mext.go.jp/patient/disease/sci/
東京都神経科学総合研究所
http://tmin.igakuken.or.jp/medical/18/spinalcord1.html

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