1.2017.1.1  新春表採に行ってきました。
 
 昨年の暮れから各地の遺跡を歩き回りましたが、一本も拾えず、また降雪も遅かったため、畑仕事も続いており、あきらめていました。しかし1月1日、雪もない正月を迎え、表採意欲が湧いてきて、新春表採に出かけてきました。目指したのは藤橋遺跡。
 畑仕事をする方がいつもいて、なかなか拾えなかった遺跡です。さすがに正月は誰もいないので、楽々探してきました。しかし足跡が結構ついており、あきらめ半分で探していましたら、10ほどで3本拾うことが出来ました。たいしたものではありませんでしたが、久しぶりの成果にほっとしました。

 



2.2017.1.8  またまた新春表採に行ってきました。
 
 信じられないような暖かく穏やかな日が続いており、またまた表採に行ってきました。向かったのは七日市町の別当山遺跡と深沢町の尾立遺跡。昨年、畑の状態がよくなく表採を一部断念していた場所があった遺跡です。
 そして両遺跡とも成果があり、今年はよい一年
になりそうな予感です。

      別当山遺跡   完形ならすばらしい形と思われますが、残念ながら半身です。

尾立遺跡



3. 2017.4.2 春の表採結果です。

 
長岡は小雪の年となり、3月の上旬には表採ができましたが、越路から小千谷方面は例年通り雪が積もり、三仏生は昨日(4月1日)ようやく表採ができました。しかし残念ながらすべての遺跡で、先人の足跡があり、拾いこぼしを拾ってきたという成果でした。なお三仏生は数時間前っぽい足跡だったのでちょっと悔しかったです。



三十稲場遺跡:完形の赤いチャート製の石鏃です。その他、成果が少ないので黒曜石の破片も3個拾ってきました。




上並松遺跡:拾える畑はほんのわずかですが、石鏃を2本拾えました(左の2本)。石材はすべてチャートです。




立矛遺跡:ここ数年石鏃は拾ったことがありません。石材はけっこう落ちているのですが、表採する方が多いためかもしれません。




尾立遺跡:正月に一度表採してあるため、どうしようかなと思っていましたが、行ってみたら足跡だらけのため、表採意欲が逆に湧いてきて、普段拾わない長岡技大寄りの幹線道路脇の畑で2本石鏃を拾うことができました。大きいのはチャート製、小さいのは黒曜石です(この遺跡ではめずらしいです)。




三仏生遺跡:大きな打製石斧の下半分と玉髄製の石鏃を一本拾えました。どちらも北側寄りの畑です。写真写りが悪いですが、南東の畑で翡翠片を一個拾えました(実物はきれいな碧色なんですが・・・)。この遺跡は普段あまり表採する方がいませんが、今年は南東の畑から北西の端まで、くまなく足跡がついていました。




4.小瀬が沢洞窟に行ってきました。2017.9.9

 以前(5年ほど前)に初めて訪ねた小瀬が沢洞窟は途中の道が崖崩れで見ることができませんでした。今回道路の修復ができているとの情報を得て、久々に訪ねてきました。ついでに阿賀町の郷土資料館も見学してきました。入館は無料で写真撮影もOKということで、バシバシ撮ってきました。

前回崩落していた道はみごとに改修されていました。



改修された道を通り、角を右に曲がるとすぐそこに洞窟はありました。藪を歩かなければと思っていましたが、あっけなく道の脇にありました。洞窟は埋め戻されているとともに石で封鎖されており、崩落した大きな岩が中にあり、発掘当時の写真で見た状況とはずいぶん違っていました。また前のテラスも狭く斜面がきつく、あの膨大な石器が出土した遺跡とはイメージが違いました。

洞窟から降りて下の幹線道路に停めておいた車にもどる途中、この田んぼの中から大きなニホンザルのオス(たぶん)が一匹現れ、びっくりしました。あちらは何事もなかったように山に入っていきました。
その後は室谷洞窟にも行ってきました。

前回来た時と同様に、雪はないけれど洞窟の手前で交通止めになっており、その先の風景は見ることができませんでした。

帰路に夏の常浪川の風景も撮ってきました。水深が浅く鮎釣りしている方が大勢いました。縄文人も漁のしやすい川として生活してきたことでしょう。



阿賀町郷土資料館を見学してきました。以前は上川中学校だったようですが、少子化に伴う廃校を利用したようです。

中越地方の土器とはちょっと違う感があります。大木式土器が多いようです。

資料館を見学した帰りに、以前、馬高縄文館で講演をうかがった屋敷島遺跡も訪ね帰宅しました。

屋敷島遺跡は新潟県と福島県の県境付近に位置し、阿賀野川に舌状(半島状)に張り出した段丘面にある。写真左に写る橋の開通に伴い発掘調査も行われている。段丘の低位から高位まで遺跡は確認されているようであるが、発掘は低位でのみ行われたようである。山間部の遺跡としては多数の住居址が確認されており、資料館にも多数の遺物が展示されている。表採をしようと思ったが、耕作物が植えられていたので今回はあきらめた。

鹿瀬駅から津川駅に抜ける林道にニホンザルの一団がいました。車でかなり近づきましたが、逃げずに日向ぼっこしていました。しばらく待っていましたが、どかないので車で近づいたらようやく山に逃げました。

おまけ
 7月に馬高縄文館で石器作り講座が行われました。北海道産の黒曜石を利用し、
本格的な石鏃を作るというものです。
 興味は昔からありましたが、黒曜石やシカの角を準備するのはなかなか難しいです。
今回は館が準備した上、石器作りの専門家の方にもきていただき、こんな機会はな
いと思い、申し込みました。

 講師の先生が、黒曜石の核から一人一枚切片をはがしてくれて、それを押圧剥離法で石鏃を作りました。
鹿の角で行う押圧剥離は思っていたより難しく、初心者用に準備していただいた五寸釘の方がやりやす
かったです。最初の剥離した切片の形にもよりますが、私の石は大きくて、なおかつ反っていたので、
石鏃はやめて小型の槍(もどき)にしました。参加者には子供も数人いましたが、みんなそれなりにうまく
できていました。非常に貴重な体験でした。



9月3日に糸魚川まで翡翠拾いに行ってきました。朝はけっこう強い雨も降り、9月とは思えない寒い日でしたが、海岸には朝早くからたくさんの人が翡翠拾いに訪れていました。小さな翡翠片を拾いましたが五分五分です。帰りに糸魚川大火の現場を見てきました。そろっと復興に向け、工事も始まりつつありました。頑張っていただきたいです。




5.年末の表採に行ってきました。2017.12.27

 初雪が11月に降り、表採をあきらめていましたが、なんとか雪が解け表採することができました。最後の三十稲場遺跡を訪ねた翌日からまた雪がつもりはじめ、ぎりぎりの表採でした。残念ながら尾立遺跡は雪解けが遅く、次回の雪解けに期待です。


七日市町の別当山遺跡で拾った石鏃です。一部欠けていますが、きれいな石鏃です。天気がよかったので、農家の方が来ないかきょろきょろしながら10分くらいで引き揚げてきました。



三仏生(清水上遺跡)は畑の状態があまりよくなかったので、一部の畑だけ拾ってきました。鉄石英のきれいな完形な石鏃が一本拾えてよかったです。春の雪解けに期待しています。



藤橋遺跡は拾える畑が少なくあきらめていましたが、久しぶりに磨製石斧を拾うことができました。石鏃は有茎のタイプですが、残念ながら茎がすべて欠けていました。完形ならかなりの長さと思われます。



三十稲場遺跡はほとんどが大豆畑に変わり表採がしにくいですが3本も表採できました。石材はすべてチャート製です。



6.春の表採に行ってきました。2018.4.4

 大変な大雪となったこの冬でしたが、3月下旬には高温の日が続き、一気に雪解けが進みました。ただし雪解けと農家の方々の畑仕事が同時に始まるため、表採には不利な条件となりました。藤橋遺跡は何回行っても作業をする方がいるため、結局表採はあきらめました。
 この春に訪れた遺跡は、一番早く雪が解ける寺泊の横滝山遺跡、その次に三十稲場遺跡と続き、別当山遺跡、立矛遺跡、上並松遺跡、尾立遺跡、最後に三仏生遺跡で締めくくりとなりました。三仏生の南東の畑にはまだ雪が残っていましたが、解けた畑では作業も始まっていたので、今年はこれで終わりかなと思います。残念ながら三十稲場遺跡と立矛遺跡は一番乗りを逃し、また上並松遺跡と別当山遺跡も一本も拾うことができず残念な春となりました。


 

 横滝山遺跡の成果です。ここ数年耕作放棄の畑が一気に進み、表採できる畑はわずかですが数本の石鏃と石材を拾うことができました。






 尾立遺跡の成果です。昨年暮れに表採できなかったため、ちょっと期待していましたが、石鏃は一本しか見つけることができませんでした、表採の途中に軽トラが見えたのであわてて畑をでましたが、帰りに北側の農道で農家の方が畑から出した石の中に磨製石斧を見つけることができラッキーでした。
 二日後に残した畑が気になり朝5時起きし行ってきましたが、すでに足跡が端から端まで付いており成果なしでした。







 三仏生(清水上)遺跡の成果です。下段真ん中の石鏃以外はすべて南東の畑で拾いました。下段真ん中の石鏃は遺跡北東側の段丘上の畑で拾いました。あきらかに新しい形態(弥生期?)かなと思います。



7.2018年暮れの表採に行ってきました。

 おだやかな秋を迎え、何度か表採に向かいましたが、逆に天気が良すぎて農作業をする方がいつもおり畑に入ることができませんでした。結局12月になり何か所か回ってきましたが、藤橋遺跡と尾立遺跡は軽トラがいつもあり、表採をあきらめました。



写真上段が七日市町の別当山遺跡
石材はよくわかりませんが、この遺跡でたまに見つける一部赤みがかった白い石鏃です。先端がかけていますが、形態はこの遺跡特有の形をしています。

写真下段が三仏生遺跡
畑のコンディションはよくなかったですが、綺麗な棒矢じりを一本拾いました。その他めぼしいものは見つけられず、黒曜石のかけらと石鏃の作りかけ一本で終わりました。すべて南東側の畑です。三仏生遺跡は比較的耕作が広くおこなわれていましたが、近年耕作放棄の畑が見え始めたことが残念です。





写真上段が南三十稲場遺跡
不定型な無茎石鏃、細身の三角形の石鏃、玉髄製の茎が折れた有茎石鏃を拾えました。いわゆる三十稲場遺跡(南がつかない)も、今年からすべて牧草畑に変わり、表採できる畑は南三十稲場の一部だけになってしまいました。残念ですがしかたありません。

写真下段が上並松遺跡
表採できるのは、わずかな畑のためチャートの石材を一個拾ったのみでした。近くの立矛遺跡も寄りましたが、めぼしいものは拾えませんでした。



おまけ
今年も9月に糸魚川市.へ翡翠拾いを兼ねてクラシックカーレビューを見てきました。早めに海岸に到着しましたが、すでに拾っている人も多くいて結果は坊主でした。時間が余ったので青海川郷土資料館前の巨大な翡翠原石を見学した後、青海川の翡翠峡も訪ね、長者が原考古館も見学してきました(写真撮影はOKと確認し何枚か写してきました)。

姫川河口と青梅川郷土資料館前の巨大な翡翠原石


青梅川翡翠峡
指定された場所は閉鎖されており、見ることはできずそれ以外の場所で撮影してきました。白い石は石灰岩と思われます。



長者ケ原考古館
訪ねるのは4~5回目となりますが、いつもわくわくさせていただきます。











2018糸魚川クラシックカーレビュー



トップページに戻る