表採日記2  10年も使ってきたデジタルカメラの絞りが不具合で、全体にホワイトバランスが悪いですがご了承ください。

   
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1.2011年4月6日
今年は大雪となったため、4月になっても畑に雪があり越路地区、小千谷地区はまだ表採ができません。このまま雪解けとともに畑仕事が始まってしまいそうで表採は無理かもしれません。※ちなみに4月9日現在、越路原、三仏生は雪に埋もれていました。
とりあえず4月3日に数箇所回って来ましたが、三十稲場も藤橋も横滝山も一番乗りできず、足跡だらけでがっかりでしたが、けっこう拾ってきました。

上段が藤橋、下段が三十稲場です。今回長い表採人生のなかで初めて藤橋で玉を拾いました。玉造り遺跡で有名なこの遺跡からは100個以上の玉が見つかっておりますが、なぜか私とは今まで縁がなかったようです。写真でも分かるようにいわゆる勾玉状の形をしており2つの穴が穿たれている初めて見る形です。残念ながら先端が欠けており、全体の研磨も途中の完成品ではありません。

2012.12.24 表採に行ってきました
10年も使っていたパソコンが突然壊れたので更新が遅くなりました。
長岡地区は初雪が早く、そのまま根雪となってしまったため、表採はできないまま冬となってしまいました。そこで雪の少ない海岸近くの遺跡(寺泊の横滝山遺跡)で唯一表採してきました。右下の管玉(?)が本物か、近現代の物体(陶器やプラスティック)なのかわかりません。
今季も雪が多そうなので、春の表採は難しそうです。

上段の翡翠原石は関原の三ノ輪遺跡、下段が寺泊の横滝山です。三ノ輪神社の境内(鳥居のすぐ下)で拾ってきました。長いこと地表にあったためかかなり風化していますが、間違いなく翡翠です。

2.2011年4月16日
 雪解けの遅かった三仏生、立矛、上並松に行ってきました。三仏生はまだ半分雪がありましたが、土の出ている所だけで探してきました。残念ながら一番期待していた南東側の畑は誰かの足跡が規則正しく並んでおり、気落ちしながらの表採でしたがちょっとだけ見つけてきました。立矛、上並松は休作の畑が多く、ほとんど拾えなかったけれど上並松で石錘を一個拾ってきました。なお立矛遺跡のど真ん中に新道工事が始まっており遺跡の中心部分がつぶれてしまうようです。

写真映りが悪いですが三仏生で拾った翡翠原石と石鏃

上並松で拾った石錘

3.2011年4月24日
 今シーズン最後の表採は尾立遺跡で締めとなりました。すでに遺跡中心部の畑は耕作が始まっており、普段拾わない北側の畑で数個の遺物を拾ってきました。ある意味こちら方面にも遺跡の範囲が広がっていることが確認できました。

4.2011年5月14日
 越路町にある立矛遺跡で、新道工事にともなう大掛かりな発掘が行われていたので見学してきました。表土は浅いところで20cmくらいしかなく縄文期の遺跡とは深さがあきらかに違いました。まだ発掘は途中のため詳しいことは分かりませんが、炉跡や土器のようなものは遠くから見る限り見えませんでした。新道は遺跡の真ん中を西から東方面に向けて作られるようで、遺跡の大半はつぶれてしまうようです。弥生期の有名な遺跡だったためちょっと残念な気がします。

5.2011年8月2日
 先週の週末から新潟では記録的な豪雨となり、甚大な被害が各地で出ているようです。でもこの雨が表採には持って来いの雨で、数ヶ所回ってきました。

上段が三仏生、下段が藤橋です。三仏生は雨で流された土器片が畑の低いところに山のようになっており、その中を探せば石族もありそうでしたが、むこうで畑仕事をする人が見えたので怪しい行動は避け、表採だけして来ました。
藤橋は畑に入らず、畑の端に流された小石の山を数ヶ所回って拾ってきました。



6.2011年9月18日

 十日町市博物館で開催されていた「縄文のKAZARI」展が終了し、お貸ししていた鎌田山遺跡の大珠が昨日却って来ました。私も2回見に行ってきましたが、自分の大珠を見学者がじっと見ている姿は、我が子を見られているようで妙な感動をしてきました。デジカメを10年ぶりに換えたのでちょっと撮ってみました。やっと碧色が帰ってきました。


7.2011年9月25日
 しばらく強い雨が続いたので、藤橋と雉子打場に表採に行ってきました。藤橋は農作業する方がいたので陰になる北西側の一箇所で3本ほど拾ってきました。雉子打場は坊主でした。

雉子打場遺跡全景。耕作がされていないため表採はできません。ややぽっかり明いたこの畑は4〜5年前に発掘が行われた畑です。右のススキが生えてる辺りが遺跡の中心ですが、20年ほど耕作がされていません。
奥の杉木立の向こう側に小さな沢を挟んで、越後でも屈指の大遺跡である岩野原遺跡があります(高速道路のための土採りで消滅しましたが)。



8.2011年12月4日

 初雪も降り、ようやく表採シーズンが到来です。朝から雨も降り、風も強かったので行ってきました。別当山(七日市)、三十稲場、藤橋と回ってきました。藤橋に着いたあたりから雨がやみ、陽が射し始めてきたのでまずいなと思っていところ、案の定10分くらい探し始めた頃、向こうに軽トラが2台ほど見えたので表採は中止し畑から出ました。越路や三仏生まで行
くつもりでしたが、また次の機会にします。短い時間でしたがそれなりの成果でした。

別当山遺跡

藤橋遺跡

三十稲場遺跡

9.2012年4月16日
 ようやく長かった冬が終わり畑の雪も解けてきました。昨日、藤橋遺跡と尾立遺跡に行ってきました。まだ雪がありましたが、畑の出ているところで拾ってきました。藤橋は農作業している人がいたため駆け足で探してきましたが、気が入らず一つも拾えませんでした。尾立は畑がぬかるむため一部の畑でしか拾えませんでした。その足で越路原の立矛遺跡、上並松遺跡に足を延ばしましたが、残念ながらまだ雪がありました。数日前に行ってきた寺泊の横滝山遺跡と七日市の別当山遺跡の表採物をまとめてアップしましたが、とっても不作の年となりました。
ちなみに三十稲場遺跡は誰かの足跡がたくさんあったので、拾うのをあきらめました。小千谷はまだ雪があるため後日、三仏生に行くつもりですが、雪解けとともに農作業も始まりそうなので半ばあきらめ気分です。普段は拾わないかも知れない削りくずばかりです。

尾立遺跡

別当山遺跡

横滝山遺跡

別当山遺跡は翡翠がないものと思っていましたが、あると思って探すとあるものですね。でもこれは違うかもしれません。水でぬらして撮影しました。

10.春の表採は今日が最後かな 2012.4.22
 シーズン最後の表採に5時半起きして行ってきました。最初に向かったのは小千谷の三仏生遺跡ですが、まだ雪が半分ほどあり、土の出ているところもぬかるむため思うような表採ができませんでした。さらに遺物が一番濃密な畑はマルチングがされており、石鏃一本しか拾えませんでした。続いて越路の上並松遺跡に行きましたが、時すでに遅く畑が耕されていました。一週間前は雪があったのに残念です。続いて隣の立矛遺跡に行きましたが、拾える畑がわずかで石器の削りくずみたいのものしか拾えませんでした。7時を回ったあたりから軽トラの姿があちこちに見えてきたので10分くらい探して退散してきました。成果が少なかったので各遺跡の春の姿を写真に撮って来ました。

三仏生遺跡

立矛遺跡

三十稲場遺跡

三仏生遺跡南東の端から撮影(朝6時で冷たい冷気が立ち込めていました)。真ん中の柿の木あたりが一番遺物が濃密です。

小さな土器片は足の踏み場もないくらい落ちています(真ん中の土器片は底の一部です。網代文の跡が見えます)。畑の中に雪解け水の川ができており小さな土器片がたくさん見えます。

立矛遺跡は真ん中に道路ができるため、昨年発掘が行われ、その跡は草だらけで表採できる畑は僅かです(東端から撮影)。

立矛遺跡南端から撮影

藤橋遺跡公園から撮影

馬高遺跡南側から撮影。昨年、馬高縄文館の向こうに、実際の住居跡に復元住居が完成しました。

三十稲場遺跡南側から撮影。遺跡の中心部は他の土がかぶせられ表採のできる畑はごく僅かです。

11.小瀬ヶ沢洞窟と室谷洞窟に初めて行ってきました。2012.5.3
 縄文草創期の洞窟遺跡として全国的にも有名なこの2つの遺跡は、いつか訪ねてみたいといつも考えていましたが、時間とタイミングが合わず今日まで来ました。しかし今日ついに行って来ました。
 綿密に地図で位置を確認した上で、朝4:30に長岡を出発し、高速は使わず下の道を通って向かいました。全国的に荒れ模様の天気でどうなるかなと思いましたが、新潟はくもり時々小雨程度で済み、予定していた時間より早く、2時間程で小瀬ヶ沢洞窟入り口標識に着いてしまいました。

 軽自動車が1台通れるような舗装路を100m程歩いて登ると砂利道に変わり、しばらくするとこの先工事中、通行止めの看板が出ていました。でもここまで来て引き返すのも癪ですので、看板の脇を通り先に進むと、なんと!なんと!目の前の道が全部崩落しておりまさしく通行止め!
たぶん崩落したところを越えればすぐそこにあるはずなのに、なんという運命の悪さかな。

 小瀬ヶ沢(川)に掛かる小瀬ヶ沢橋の上から、洞窟方面を写しました。たぶん正面の山の中腹辺りの黒っぽい所が洞窟かなと思いますが、正直わかりません。

 気を取り直して室谷洞窟に向かいました。ところが考えていたよりあっけなく見つかりました。なんと室谷洞窟は舗装路の脇にあり、さらに雪のためこの先交通止めの看板が洞窟の前に出ており、ストップさせられた所が洞窟の前ということでした。昭和30年代の写真では洞窟の周りには高い木は一切無く、草っ原の中に穴の開いた大きな岩が写っている写真として脳裏に焼き付けていたので、イメージしていた風景とは全然違いびっくりしました。
 今、桜が満開なのに道路わきには雪がまだ山ほどありました。

結構、中は広いです。現在の床面は相当土が盛られています。

帰りに小瀬ヶ沢方向をもう一枚。正面の低い山の向こう側500mくらいにあります。
しばらく人家が途絶えますが、もう数キロ先には室谷の集落と学校があります。
常浪川は当時も今もそんなに姿を変えていないような気がします。昔の人にとっては国道であり、よい漁場であったことと思われます。いつかまた小瀬ヶ沢を訪ねられたらと思い帰途につきました。



12. 八木鼻に行って来ました。 2012.8.5
 表採のオフシーズンは、博物館のはしごを一週間かけてしてきました。スタートは関原の馬高縄文館の山下遺跡展、続いて新潟県立歴史博物館の企画展、藤橋歴史博物館の特別展(故竹田氏の表採遺物展)、下田の漢学の里での火焔土器展、最後に下田町郷土資料館の見学で締めとなりました。招待券があったり、無料の博物館もあり、0円で済みました。帰りに八木鼻の絶景を撮影し帰ってきました。

 この絶壁はかなり遠くから見え、近づくとその迫力に圧倒されます。縄文人もランドマークとしていたことでしょう。この絶壁の真下にも遺跡はありますが、その周辺にも多数の遺跡が見つかっています。下を流れる五十嵐川は鉄石英、玉髄の産地でもあり、近辺の遺跡からはそれらの石材を使った石器も多数見つかっています。ちょっと川原に下りてみましたが、そう簡単に見つかるものではありませんでした。

13.糸魚川に翡翠拾いに行って来ました。 2012.9.2
 
朝の3:30に家を出て、5:15に姫川河口に着きましたが、すでに先客が大勢いました。3時間程探しましたが、8時を過ぎた頃から日差しが猛烈に暑くなりやめました。そして、今日のもう一つの目的だった日本海クラシックカーレビューに向かいました。

波打ち際で翡翠を発見。写真を撮ろうとしたら石が波にさらわれたため、あわてて拾い上げ、安全な場所にてパチリ(長径7cm)。

糸魚川フォッサマグナミュージアムで行われた、21回目となるクラシックカーレビューも楽しんできました。

判定は50%くらいかな。結晶が足りない気がします。