2025年06月23日(月)
  「求めに絶対に答えて下さる」

サマリヤの女性も、ザアカイと同様に、虚しさの中に
いた。

5回の結婚離婚を繰り返し、現在は男性と同棲中
だった。

近隣の噂の的で、井戸端会議の話題の的だった。

そのため、夕方涼しくなると、欠かせない生活用水
を井戸に汲みに行くが、女性たちの中傷、好奇心
白い目で見られるため、そこへ行けず、

カンカン照りの暑い、真っ昼間に汲みに出ていた。


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そこにイエス様が声をかけて、彼女を救いへと導く。

井戸の水は、飲んでもまたすぐ渇く。しかし、決して
渇くことの無い水を与えると。

彼女は、その水が欲しいと願う。

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この世界のすべてのものは、“この水を飲む者は
だれでも、また渇きます”ヨハネ4:13

この世界の何をもってしても、心を満たすことが
できない。

一時的に満たされると思うが、ますます渇いて行く。

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友人Aさんは、やはり心に空洞があって、絶えず何
かを求めていた。

旅行を繰り返していた。知らない、未知の土地で、
何かの出会いがあり、何か心を満たされるのでは
無いかと。

それなりに、未知の土地は新鮮さはあるのだが、」
それが心の空洞を満たすことは無かった。

語学に打ち込んでみたり、興味深い仕事について
みたり、様々な事に手を出していたが、心は空洞
のままだった。

イエス様に出会って、初めて満たされた。
決して渇くことのない水を得た。

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“わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して
渇くことがありません”

“わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、
永遠のいのちへの水がわき出ます”
ヨハネ4:14

内側から喜びが湧き上がる。
平安が流れ出る。

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素晴らしいことは、イエス様が、ユダヤを去って
ガリラヤへ行かれるのに、

“しかし、サマリヤを通って行かなければ
ならなかった”ヨハネ4:4


心の満たしを求めて渇いていた、女性を救う
ために、わざわざ、サマリヤに寄られた。

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ザアカイも、サマリヤの女性も、心の空洞を
求めを、主はご存じで、満たして下さった。


イエス様は、求めのある心を、様々な手段を
用いて、絶対に満たして下さる。

( ^^) _U~~








2025年06月22日(日)
  「悩みの中にある希望」


「悩みの中にある希望」をテーマに、
教会で、初夏の特別集会が開がれた。


「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない」
マタイ14;27


@<イエスは私たちを生かすために、悩みにある私たちに近づいた>
A<〃     悩みの解決を与えて下さった>
B<〃     舟に乗り込んで下さる>

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Aさん
「先月からずっと落ち込んで、気持ちが沈ん
で〃、心暗く、重かったです。

今日、御言葉を聞いて、心が明るくなり、
希望が与えられました。引き上げられ、ほんと
に感謝です!!!

笑顔で、平安なお顔になられ、良かった(*^^*)

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Bさん、
「気持ちがしんどくて、落ち込んでたんです。
そんな中、母親が倒れて、看護していて、

今日の集会には、来れないなと思ってたんです。
それが、丁度母が眠ったので、ちょっとでもと
来ることができました。

御言葉に生き返らせられました!!
やはり、御言葉の力はすごいですね〜!!
どんな苦しい中も、希望があることに
感謝です!!

明るい、すっきりした喜びのお顔で(*^^*)

「母が心配なので、今日は早い目に
帰ります〜」と、集会後、少し交わって
元気よく、帰られた。

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Cさん
「未信者の主人が。一緒に来てくれて感謝でした!
シフトの仕事ですが、丁度、日曜が休みになって。

何回か来てくれてますが、わからない、わからな
いと。

でも、帰り道に「今日は恵まれた!」と言って
くれて、感謝でした。

職場で、色々大変なことがあるようで、
続けて教会に来てくれるようで、感謝で
嬉しいです!」


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誰しも、皆、悩みがあるので、一人一人
皆にとって、御言葉が励ましとなり、
力とされた。



2025年06月13日(金)
  「必ず出会って下さる主」

聖書に出て来る、取税人ザアカイ。



当時、取税人、税金取りは嫌われていた。

ローマ政府に雇われ、同胞から税金を取る役目
だった。それも多い目に取って、袖の下にする
暗黙の了解、役得だった。


そのため取税人になれば、金持ちになれた。

ザアカイは、背が低かった。劣等感もあった
だろうか。

金銭、富が、自分の心を楽しませ、夢を叶え
満たしてくれると思った。

財を成せば、人の見る目も違うと思っただろう
か。

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しかし、現実は違った。

不正をし、同胞を裏切っているので、罪を犯して
いるため、心にとがめが常にあり、平安がなかった。
心は虚しい、暗さの中にいた。


又、同胞からは嫌われ、軽蔑され、見下され、相手
にしてもらえなかった。

人から嫌われ、仲間はずれにされる、悲しみ、孤独、
にさいなまれた。

富は、決して幸せを与えてくれなかった。


そんな欝々とした日々、何の希望も喜びも無い
日々の中だった、

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イエス・キリストの噂を聞いた。


不正をしていの取税人や遊女、今の風俗、売春婦
を愛し、受け入れ、赦し、友となって下さる。

愛を教え、天国を教え、赦しを教え、悲しむ人
を慰め、寄り添って下さる。


色々な噂を耳にし、この方なら、この虚しい心
を満たして下さるのでは。


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自分の町に来られると聞き、飛んで行った。


大勢の人垣で見ることができず、どうすればよいのか。


このまま帰れない!!このまま帰ってもあの真っ暗な
日々があるだけ。絶対に帰れない。


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ザアカイは目の前の木に登った!!

どうしても、イエス様に絶対に会いたかった。


その時、驚くべき事が!!!



イエス様が、「ザアカイ、降りて来なさい。
今日、あなたの家に泊まることにしているから」と。

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え!!この自分の家に!!この罪人の自分に!!!


なぜ、名前を知ってる??


驚愕だった。



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ザアカイは、この日、イエス・キリストを信じ、
罪が赦された。

心の虚無が消えて、喜びで満ちた。



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★★★ イエス様は、心の中をご存じだ。


虚しくて、さみしくて、罪に悩み、求めている
人をご存じだ。


求めがあれば、絶対に出会って下さる。


チラシや、人や、どんな手段を使ってでも、
絶対に、その人と出会った下さる。




2025年06月06日(金)
  「神からも、人からも赦され」

Cさんも、

罪が赦されました!!!。


神様を知る前に、取り返しのつかない
罪を犯してしまった。


ずっと心に離れることの無い罪責感が
あり、心暗く、辛く、しかしどうにも
ならないものだった。

いつも心に影を落とし、どんなに楽し
い時も、ふっと思うと、心が暗くなった。


そんな人生の途上で、教会に導かれ、
神の愛、イエス・キリストの十字架の
赦しを知った。

それまでは、境遇、環境が聖書に触れる
ことなど皆無で、生まれて初めてだった。


主を信じ、主の血潮によって、今まで
ずっと影を落としていた罪を赦して
もらった。

罪が赦された喜びと、平安を受けて、
感謝でならず、心底の安堵が来た。

主の赦しの恵みを身体中で経験した。

赦された平安と安堵、喜びで満ちた。


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Fさん


教会へ来る前に、イエス様を信じる前
に離婚を通っていた。


もっと早くイエス様を知っていたら、
離婚しなかったです。


相手は悪くないのに、自分の都合で、
離婚してしまったんです。

神様を知って、自分の罪だったと、
申し訳なくて、元、夫に謝ったん
です。

神様からも、人からも赦されて感謝
でした。

彼は、再婚していて、ほんとに良かった
と心から思えて、感謝です。
心から祝福できて、幸せになって欲しい
です。

神様に感謝しました。









2025年06月03日(火)
  「気づかなかった罪」

★罪が赦された!!!


Bさん「自分も、赦されました!!」

知り合いに誘われて、初めて教会へ行った。

その時のメッセージで、自分の罪、神の愛、
十字架の救いを知り、その日に信じて、救われた。

心に喜びが来て、教会へ行くのが楽しかった。

教会の人々は親切で、交わりも楽しかった。


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時を経て行ったが、自分の「罪」がわかって
いなかった。


法律に触れる罪はよくわかるが、表に見えない
罪、心の中の罪がよくわかっていなかった。

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ある日、

一人の時間に、いつも学ぶように、デボー
ションを持っていた。


その時に、突然、まさに光のように、自分の
罪がわかった。

それは、自分では罪と思っていない、しかし
明かな罪だった。

罪だと認識ができない。罪などと思わない。

御霊の働きだった。

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何年も前の事だったが、突然、罪だと、はっ
きりわかった。
突如、光が射すようだった。

全く、罪だと思っていなし、わかっていない
ことだった。
心が苦しくて、苦しくて、辛くてたまらず、


その時、心底、悔い改めた。

イエス様の十字架の赦しを体験した。

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心の辛さが消えて、平安にされた。

十字架の赦しを、身をもってわから
された。




罪の赦し、どんなに、恵みと祝福だろう。





2025年06月1日(日)
  「平安が来た!」

★罪の赦し ★赦された平安


Aさん「神様を信じているが、霊的な事が余り
よくわからなかった。

教会での、育児の学びはよくわかって、感謝だった。
子どもが、もう大きくなっていたが、

聖書からの育児の学びを聞いて、大きな間違いを
して来たことがわかった。

神様を知らなかったので、何もわからず、自分
の思いで、育てた。

子どものために、良かれと思い、あれもこれも
けいこ事もさせて、子どもが大きくなった時に、
あれも、これも嫌だった、言えなかったと。

子どもが転ぶとかわいそうなので、転ばない
ように道をつけて、転ばせなかった。
親が、石を取り除き〃して来た。

子どもに選択の余地がなく、選択させなかった。

しかし、これは、子どもが転んで、自分が
痛い思いをしたくないからだと、気づかされた。
結局、自分のためなんですよね、と。
溺愛だったと、気づかされた。


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そのため、ずっと心がものすごく傷んだ。

子どもが、つまづいたり、行き詰まった時に、
自分のせいだと、落ち込んで、暗くなり、心
が痛みでいっぱいになった。

何かある度に、もっと違うように、育てて
やれば良かったと。
深い後悔で、いっぱいになり、心沈んだ。

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神様が、赦してくださったと、教理的には
わかるのだが、心はずっと暗かった。

自分が、そこのところだけは、受け入れず、
受け取らなかったのだと思う。

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祈って行く中で、神様の赦しを受け取ること
ができた!!

自分の一番深い傷の箇所で、どうしても受け
取れなかったと思う。

今は、痛みが消えて、心が平安になった!!!

以前と全く違い、喜びがあって、ほんとに
感謝でならないです!!!

イエス様の十字架の赦しが、すごいです。


罪赦された平安が、何にも代えられない
です。


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「 幸いなことよ。そのそむきを赦され、
罪をおおわれた人は」詩篇32:1