2026年03月23日(月) 「残された者への励ましと力」
続き そのBさんは、子どもたちが、もう米国永住になる ので、Bさんも、将来も日本には帰らず、永住に。 現地で、看護師資格を取得し、高齢者施設で看護 師として働いていた。 クリスチャンとして、日々に祈りながら、利用者さん 方と接していた。 そして、 主に導かれて、施設の中で、聖書のお話の集いを、 開いて行った。 利用者さん方に、喜ばれ、定期的に順調に開かれて いた。主の祝福だった。 施設も、聖書の会に好意的で、空いた部屋を自由に 使ってよいと提供してくれていた。 ・・・・・・・・・・・・・・・ やがて、Bさんは癌が発覚。 生活様式が変化して来た。 雇い主側の配慮で、看護師は身体的介護も伴うの で、体力を使わない、リクレーション部に配属に。 高齢者のリクレーションを様々調べ、考えた。 楽しく、和気あいあいと良い交流が与えられるよう 祈りつつ働いた。 祈りに答えられ、主が働かれ、1回、1回が、笑い声で いっぱいの、それは和気あいあいの、心満たされる、 実に素晴らしい時とされた。 ・・・・・・・・・・・・・ 一人の大学教授をリタイヤして、施設に居住の男性 がいた。 その男性だけが、一人リクレーションに加わらなかった。 Bさんは、楽しい交流に加わって欲しくて、何度も声を かけて誘った。 しかし、拒否反応だった。 プライドが高く、年寄りの交流に、加われないように 感じた。 Bさんは、その男性のために、ずっと祈り続けていた。 ・・・・・・・・・・・・・・・ すると!!アイデアがひらめいた!! その教授の専門分野の中の題材を、高齢者にもわか るように、極めてわかりやすく、講義というか、お話し てもらったらどうか。 それを、男性にお願いすると、引き受けてくれた。 当日、「対人関係に関すること」について、有益なことを、 非常にわかりやすく、又、楽しく、面白く、話してくれて それはもう皆に喜ばれ、大好評だった。 一人残らず、全員の交流が生まれた。 ・・・・・・・・・・・・・・・ やがてBさんは癌治療のため、その施設を辞めた。 しかし、生計の手段は必要で、時間的、体力的なことも 考え、祈っていると、 子どもたちのスクールバスのサポート要員の仕事が 与えられた。 しかし、その施設での、聖書の会は、辞めた後も、 続行OKで、部屋もOKで、体力が続くまで、持たれた。 祝福の時とされた。 日本と違って、好意的なことに驚く。 ・・・・・・・・・・・・・・・・ その後、Bさんは、天に召されて行った。 癌が発覚した時、「これは、神様からのもの」と、 はっきりと、信仰に立っていたBさん。 その信仰と、信仰による行ないは、いつまでも心に 残り続けて、励まされている。 ・・・・・・・・・・・・・・・ 「主の聖徒たちの死は主の目に尊い。」詩篇116:15
2026年03月16日(月) 「ニューヨークでの主のみわざ」
Aさんがセッティングしてくれて、 ニューヨークで、もう一人の主にある姉妹、Bさんと 4人で、落ち合った Bさんはニューヨークの上の、ロードアイランド在住 だった。 Bさんは経済的に余裕なく、危険といわれるバスで やって来た。 すると、男が、バスの後ろの席から、サイドに手が 伸びて、物を取ろうとする。女性一人と知ってのこと。 その手をずっと追い払っていたと。 「え!」と、治安の悪さに、びっくり仰天するが、手を 払えば大丈夫だと。 ・・・・・・・・・・・・・・・・ とりあえず、お昼で、食事のために店に入る。 すると、そのBさんが突然、泣き出し、昨日、家主 に家を出るように言われたと。 行く所など無いし、経済的余裕も無い。どうしてよい かわからない。 不安で不安で、涙が止まらない。苦しくてたまらないと。 泣きながら、思いの丈を吐き出す。 「大丈夫だよ」「神様は絶対に与えて下さるよ」 「一緒にお祈りしよう」皆で励ます。 ・・・・・・・・・・・・・・・・ ファストフード店に移動し、コーヒーを買い、4人掛けの テーブルに座る。 そのテーブルで、4人で、聖書を出して、開く。 夫が、御言葉を語る。するとBさんの顔が、変わって 来る。泣いて、泣いて、不安でたまらない表情が 落ち着いて、柔らかい表情になって行く。 御言葉と御霊の力だ。 皆で、神様に祈り、Bさんは神様にお委ねした。 すっかり笑顔になり、笑い声も出て、平安が与えられ たようだった。 住まいが与えられるよう、共に祈り、別れたが、 最後は笑顔で、明るかった。 主のみわざ。 そして、何とニューヨークで、試練の時に、一緒に 祈れたことが、神様の不思議なみわざだった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ そして、彼女の教会の皆さんにも祈ってもらった。 すると、教会の中の老夫婦から、家も広いし、 一緒に住まないかと、申し出が来た。 祈って、御心を確信し、親切な申し出を受けること にした。 その夫妻のお家は、教会に近く、願ったり叶ったり だった。以前は教会に遠く、近くに住みたかった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 主は、祈りに答えて、新しい住まいを与えて 下さった。 ニューヨークでの祈りに答えられ、教会の方々の 祈りに答えられた。 神様は何と素晴らしい!!!
2026年03月10日(火) 「アーリントン墓地」
Aさんが、アーリントン墓地へ連れて行って くれた。 ずっと以前から、とても〃行きたい場所だった。 墓地が、きれいに整備されていて、広大な 美しい公園のようだ。 緑の芝生に、整然と並ぶ、沢山の墓石。その場所 は、平和な、安らかな雰囲気だった。 ・・・・・・・・・・ そこに、暗殺されたケネディ大統領のお墓が ある。 今も、訪問者が絶えないよう。 お墓には、永遠の灯が、石の中央に燃え続 けている。 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 中学2年生の時、丁度、初の日米衛星中継で 映像が繋がれると、飛び込んで来たのが、 ケネディ大統領暗殺のニュースだった。 衝撃だった。 母も驚き、その日、登校すると、担任が、授業 前のホームルームの時間に、ケネディ暗殺の事 を話してくれた。 心にも、大きな出来事だった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 不思議でならないが、関心が決して無くならず、 ずっと調べ続けた。 公式発表、オズワルドの単独犯などでは無いこと は、見るからに明らかだった。 バックの巨大な暗黒組織によるものとしか思えない。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 段々と大人になって、特にネットが出始めてからは、 調べに調べた。 2020年、様々な事柄が出てきた。 リンカーンも、ケネディ暗殺も、通貨発行権にからんだ こと?? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ケネディ暗殺から、ずっと、世の中を正常に、まともに するために、壮大で綿密なオペレーションが水面下 で、行なわれている。 キュウ Q 軍事作戦 ケネディ大統領のお墓が、キュウQ に形作られている。 もう最終章のよう。 心から応援している。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・
2026年03月08日(日) 「残り続ける親切と愛情の思い出」
膚寒い、しかしやや暖かい、3月になると思い出す 懐かしい思い出がある。 アメリカ在住のAさんが、2001年3月に、アメリカ に招いてくれた。 丁度新会堂が完成し、その奉仕の慰労にと、そして 私たちの銀婚式のお祝いを兼ねてと。 アメリカ旅行をプレゼントしてくれた。 Aさんは、癌で天に召されたが、 その時の思い出は、ずっと鮮明に残っている。 Aさんは、先に天国に帰ったが、残された者に とって、その親切と愛情は、その人がいなくなっても、 ずっと心に残り続けることを、教えられ、味わわされ ている(*^^*) ・・・・・・・ 彼女の広い住まいに、1週間ほどの滞在。 教会の礼拝と祈り会にも出席。沢山のクリスチャン に会う。 夫は、証しを頼まれ、集会で救いの証しをした。 信仰を持ち、伝道者になるよう導かれ、それを 父親に話した時、家を追い出された。 その事も証しに含まれていた。 帰宅後、彼女の夫Bさんが、驚いて、感動し恵まれ たと。更に当時の事を聞いてきた。 夫妻で、順番に仕事の休暇を取り、犠牲を払い、 愛情もって親切にもてなして頂いた。 楽しい楽しい日々だった。 夫のBさんは料理が好きで、上手で、ずっと振舞って 下さった。友人のAさんと、私たちがよく交われるよう にとの思いやり、配慮だった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ その教会は、昼食はなく、礼拝後は一旦帰宅し、 また、夕拝数時間前に、各奉仕の人々が集まる。 昼食を、近くの大き目のレストランへ案内してもらう。 日本の食べ放題方式で、沢山の料理が置かれ、 自由に食べる。 すると、夫妻が店で、次々挨拶していて、手を振り、 結局、教会の人々が皆、そこに移動していて。 皆、知り合いとのことで、面白かった(*^^*) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ あちこちと、観光もセッティングしてくれていて、 恵みの交わり共に、楽しいひと時だった。 ワシントンDCは、緑のある落ち着いた雰囲気だった。 2001年だった。 19年後の、2020年。 それ以降、世界がとんでもない事を知って 行く中で、ワシントンDCがよく出て来て、 実際に、目で見たことが、意味深長だった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 訪問の半年後、 2001年、9・11 事件が起きた。 ・・・・・・・・・・・・・・・ 丁度、少し前に、プライムビデオで、ピル解体のルポ があり、興味があって観ていた。爆発による解体作業。 幾つもの解体映像と解説があった。 あのツインタワーの崩落が、その解体映像、そのまま だった。 爆薬での解体。いっさい隣に、前後に、迷惑かけることなく、 そのビル本体だけが、スルスルときれいに沈み込む。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ なぜか? ツインタワーのそばの、第7ビルも倒壊 した。 実際の崩壊30分前に、海外テレビ局で、ミスって、 倒壊映像が出てしまった。 すぐにネットに出て、速攻削除だったが(^-^; ★★★★★ ネットと言えば、 国家的に、ネットの不都合な真実を、遮断、カット する。 元を遮断されたなら、情報も何も、知りようがない。 ある宣教師の先生に、「ネットで情報が操作されれ ば、もう真実の情報が知りようがないですよね」 と聞くと、 一瞬、真剣な表情になられ、間をおかれ、 「どうにでもなります」と。 確信込めたことばだった。 もう一度、真顔で、 「どうにでもなります」と、 力を込めて言われた。 真剣な表情だった。 ネットは止められないと。 悪は隠せない。 ・・・・・・・・・ 30年位前?インターネット やホームページが、まだはしりの頃、出回り 始めた頃。 家に、早くにインターネットが入ったので、 珍しさと興味もあって、ネットをよく見ていた。 ネットで、個人が発信できるということが、今 までに無い、初めての、画期的なことだった。 ・・・・・・・・・・・ 当時、そんな中、時折り、非常に深刻な内部告発が あった。 読んでいて、自分には真実だと思えた。 発信者は、命が大丈夫なのだろうかと思った。 ・・・・・・・・・・・・ そして、今、当時見たものが、その通りだった。 酷い邪悪の中に、良心ある人々が確かにいた。