2026年01月10日(土) 「恐ろしいサタンに気づけた」
「もしひれ伏して私を拝むなら、これを全部 あなたに差し上げましょう。」マタイ 4:9 サタンが、自分を拝むなら、欲しい物を上げる と言った。 しかし、全主権は神にあるのでは? だが、イエス様はここで否定していない。 サタンには、その力がある。サタンにたましいを 売るなら、何でも欲しい物がもらえる。 恐ろしいことだ。 ・・・・・・・・ 世界中で、沢山の人々を、目にして来た。 名誉、地位、財、人からの注目、人気、成功、何 でも手にできる。悪魔にたましいを売るなら。 「金だけ、今だけ、自分だけ」と言われて来た。 そして財のために、成功のために、悪魔にたましい を売った人々は、顔が変わって行った。 ・・・・・・・・・・・・・ Aさんは、どうしても欲しいものがあった。 どんな犠牲を払っても、欲しいものだった。 祈りに、祈っていた。 なかなか与えられず、尚も祈り続け、自分で も努力していた。 しかし、幾ら祈っても、与えられなかった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 諦めることが、できない。どうしても欲しい。 辛くて、苦しくてたまらず、時も経て、尚も祈り 続ける中、 ふっと、この強烈な願望が、このまま高じて行くと、 与えてくれるなら、誰がくれても、よくなってしまう のではないか? ・・・・・・・・・・・・・・・ それなら、サタンにもらっても、よくなってしまう のでは。 と思った時に、恐怖に震えた。 恐くて、恐くて、涙が出て止まらず、号泣した。 「神様、ごめんなさい」 心底からの悔い改めが与えられた。 御霊が教え、間違った方向に向かっていたのを 止めて下さった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 恐ろしくてならなかった。 「もう、いいです」と、主にすべてを明け渡し、ゆだねた。 その時、心が、隅々まで平安に支配された。 あんなにあがいていた心が、すっかり平安にされた。 ・・・・・・・・・・・・・・・ そして、何と、心が変えられていた。 あんなに強烈な願望が消えていて、もう持たなくて よいと心底思えて、自由にされた。 安堵と平安が満ちた。 ・・・・・・・・・・・・・・ 自分で突き進むと、どこに行くかわからない。 主の介入に、心から感謝した。
2026年01月09日(金) 「益とされる・・が思いと違った」
「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に 従って召された人々のためには、 神がすべてのことを働かせて益としてくださる ことを、私たちは知っています」ローマ 8:28 「なぜなら、神は、あらかじめ知っておられる 人々を、 御子のかたちと同じ姿にあらかじめ定められ たからです」ローマ 8:29 ・・・・・・・・・・・・・・ 主が益として下さるのは、御子のかたちと同じ 姿に変えて行って下さるため。 自分のために良い物を下さったり、良きにし て下さるレベルでなく、キリストの似姿に変え て下さる。 何と光栄なことだろう。 ・・・・・・・・・・・・・ Aさんが、祈りが答えられて、未信者の親族が 教会に来てくれる事になり、大変喜んでいた。 ところが、親戚の急用ができで、キャンセルに なってしまった。がっかりし、落胆した。 しかし、主は、これに代えて、益とし、祝福を下 さると気持ちを持ち直した。 ・・・・・・・・・・・・・・ そして、その急用の対応に出かけた。 すると、そこで、対人関係の中で、責められる 事態になり、非常に傷つき、打撃を受け、心沈み、 落ち込んだ。 益となるどころか、良いものどころか、更にもっと 悪い事に、悪い状態になった。 どういう事なのか? ・・・・・・・・・・・・・・ 主の御前に出て、心を打ち明け、吐き出し、祈っ た。 その時、自分の心の内を照らされた。心の内の 様々な罪を示された。 さばく思いや、憎しみや、赦せない思い・・ 真に罪人であること、その時、イエス様の十字架 が迫り、まさに自分のためであることが、光のよう に、御霊によってわからせて下さった。 涙と共に、悔い改めが与えられ、心がすっきり 平安にされた。 ・・・・・・・・・・・・・ そして、これが、「益とされる」ことであり、キリスト の似姿に、変えて行かれることだと、わかった。
2026年01月02日(金) 「ママ、有難う」
昨年の暮れに、突然の訃報が入り、 ただただ驚くばかりで、呆然だった。 闘病中だった、愛するAさんが急に 悪化入院となり、主のみもとに帰ら れた。 突然で、わけがわからず、悲しみに 寂しさに、喪失感に襲われる。 ・・・・・・・・・・・・・ 激しい痛みに、苦しく、辛い闘病の 日々だったAさん。 痛みも、苦しみも、涙も無い、主の みもとで安らいでいることに、慰め を受ける。 ・・・・・・・・・・・・・ 時折り、電話で話し、祈って欲しいと、 一緒にお祈りした。 苦しい痛みの中で、同じ病にある方 がいて、その方とご家族の救いのた ために祈って欲しいと。 この病気も証しになればと。 病の中も、滅びゆくたましいの事を いつも覚えて、祈っていたAさん。 ・・・・・・・・・・・・・・ いよいよ、死期が近づき、 二人の子どもたちも、立ち合い、見守 った。 召された瞬間、子どもたちが 「ママ、有難う」 「ママ、おめでとう」 「ママ、幸せやな」 と言ったと。 ・・・・・・・・・・・・・ 闘病の辛さ苦しさを、ずっと目の当たり に見ていた子どもたち、 ママが、安らぎの天国へ行ったことを 祝福した。 痛みから解放されたことを、受け止めた。 ・・・・・・・・・・・・・ 涙が出た。 子どもたちは、ママから信仰を受け継いだ。
2026年01月04日(日) 「自分が従うと・・」
去年の祝福と今年のビジョン目標を 語り合っていた。 今年の新年礼拝では、御言葉を聞き、 御言葉に立ち、握り、御言葉に従うこと だった。 ・・・・・・・・・・・・・・ Aさん 去年、御言葉に従い、神様に従おうと 決心して、具体的に従った。 周囲に愛を示そうとし、相手にわがまま が出た時も、受け止めて、やわらかく 対応した。 時に、誰かが不機嫌になったり、配慮が 無くなったり、する時にも、神様を見上げ 祈りつつ、 こちらは愛をもって対応するようにした。 ・・・・・・・・・・・・ それを続けていたら、主人が変わったん です。 以前は、周囲のそういう態度に不満で 文句を言っていたのが、主人も言わなく なったんです。 あれ?と思い、私が神様に従ったら、 主人も変わるんだと、感謝でした!! ・・・・・・・・・・・・・・ Bさん 「すべての事について感謝しなさい」 神様に感謝する事、人に感謝する事を 学んで、 従いたいと思い、神様に感謝すると共に、 家で、「有難う」を言うようにしたんです。 主人がしてくれる小さな事にも、「有難う」 を言い続けていると、 主人も、「有難う」と言うようになって、 感謝でした。 ・・・・・・・・・・・・・・ 神様は「ごめんなさい」も、喜ばれる事を 学び、家で、「ごめん」と言うようにしたら。 家の者も、「ごめん」と言うようになって あら?と思い、神様に感謝です(*^^*)