2010年05月26日(水)
  「私たちの格闘は」

Aさん「今日、ものすごくサタンが来たんです。
朝、急にバイトが入って、集会前の少しの時間だし、
人手が無いし、まあしょうがないと思って、承諾。

で、バイト終わると、身体がえらく疲れて、このまま
帰って、寝ようかとの誘惑が来た。
でも、集会に行こうと、来たら、ものすごく恵まれて
ほんとに来て良かった!!
サタンが祝福奪おうと、妨害するんですねえ」

Bさん「一緒!一緒!!地区集会に行こうと、朝
準備してると、いろんな思い煩いが来て、出る足
が鈍る。
すごいサタンが足をとどめさせて、引っ張る。
それで、友達に『集会行こうと思とるんじゃが、
どうしようか』とメールしたら(笑)
『絶対に行って良かったと思うから、行きんさい』
と言われ、励まされて行く事ができた。

やっぱり、その日、すごい恵まれて、御言葉が
すごくわかって、心にぐいぐい入って来て、サタン
が妨害するんじゃと、すごく感じた」

Cさん「私、毎回、礼拝やら集会行く度に妨害され
てます。来れてるのが奇跡で、ほんとに神様しか
無いです。(笑)
朝、遅く起きると、二度寝しようと誘惑が来る。
身体がしんどいと、このまま寝てようと誘惑される。
私、沢山集会に行ってるから、1回くらい、いいやと
言って来る。
でも、不思議に来れる。今日も、すごく来て神様
から御言葉与えられて、語られました。
来て本当に良かった!」

Dさん「祈り始めると、眠くて眠くて、ものすごい
眠気が来る。祈る前はどうもないのに、サタン
ですよねえ。」

Eさん「あ、聖書読み始めると来る。雑念が、
湧いて湧いて、思いがさまよって、全然、集中
出来なくて、よくわからんし、読むのを止めて
しまう。

祈り始めると、突然、あの人がああ言った、
この人がこんな事したと、ああじゃ、こうじゃと
思いが飛び交い、人のした悪に、怒りが
湧いて来て、祈れなくなる。
サタンじゃ〜」

でも学んだように、祈って、御言葉握って、
しっかり立つと、思いがほんとに消えました!!

御言葉の力はすごいです!!」

“私たちの格闘は血肉に対するものではなく、
主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、
また、天にいるもろもろの悪霊に対する
ものです”エペソ6:12

“御霊の剣である、神のことばを受け取り
なさい”6:17

2010年05月24日(月)
  「語られる言葉」

ご高齢のAさんが、転ばれて入院された。

今、リハビリ中だが、お身体が、思うようにならない
事に、これから先の事を思い煩い、不安になり、
ネガティブの方向へと向かってしまう。
とても落ち込んでおられると。

そんな事をお聞きして、Aさんを知る人達で
お見舞いに出かけた。

突然、顔を出すと、まあ驚かれたようで、しばらく
呆然と見つめておられた。
そして「まあ、遠い所を来て下さって」と、恐縮された。

「落ち込んでいます」と、率直にお話して下さり、
皆で、代わる代わる言葉をかけ、励まし慰める。
皆の言葉が、Aさんの気持ちをしっかり受け止め、
そして前向きだ(^^)/

ネガティブを信仰的に、後ろ向きを、神様の希望
へと、どんどん向けて行く。
Aさんの気持ちとちゃんと受け入れつつ、うわあ、皆
すごいなあと、神様を感じる。

不安と思い煩いのどつぼにおられたAさんが、「そう
かねえ」「そうじゃねえ」と、皆の言葉を聞かれる。

「談話室でゆっくり話しましょうよ」と皆の提案に、
手押し車を使い、しかし、自分の足で歩かれる。

「えー!歩いておられるじゃないですか!!」皆で
思ったより、お会いして良い状態であることに喜んだ。

「先を考えると不安で、不安で」とAさんが語られる
気持ちを受け止めつつ、皆が、神様の方へと、慰めと
励ましの言葉をかけていると、Aさんのお顔に笑みが
出て来た(^^)

そして、Aさんの言葉に少しづつ「そうですよねえ」「神様
おられますよねえ」との言葉が出て来た。

最後に牧師である夫が、聖書を開いて、弟子達が恐れ
不安になり、おじ惑っている所へ、湖上を歩いて来られた
イエス様が「わたしだ、恐れることはない」との箇所から
お話をした。

恐れる心に、不安に襲われている心に、今、わたしだ
恐れることはないと、来て下さっていること。今、共に
おられること、のお話に、

Aさんの霊が、御言葉に呼応しておられるのを感じた。
そこに、神様をすごく感じた。
神様が働いておられるのを、感じた。

夫が祈り、祈り終わった時、Aさんのお顔が変わって
いた。霊が喜んでいる、内側からの平安、安堵が
お顔に表れていた。

皆が一斉に「あ、Aさんのお顔が変わられた!」(^^)

そこに「リハビリの時間ですが」とスタッフからお声が
かかり、「どうされますか?」に、「頑張ってします」と答え
られた。前向きに取り組もうとされる姿に、皆で心温め
られて、病院を後にした。

皆で「良かったね!来れて良かったね!!」と神様に
感謝して、喜びつつ帰途についた。

Bさん「Aさん、ものすごく真剣に御言葉聞いておられ
ましたね。心渇いておられたんでしょうね。行けて
良かったです!」

帰宅して、しばらくすると、Aさんから娘さんに、
「皆さんが来て下さり、信仰が与えられました」との
メールが届いたと知らされた。

それを聞いて、またまた、心に喜びが満ち溢れた。

救われている人の霊は、神様を心底求め、御言葉に
より息吹き返すこと、見せられた。

Cさん「Aさん、希望持たれ、よみがえられましたね!
すごい!良かった!良かった!!」

皆で、こんなに喜べて、神様有難う!!(^^)/

「道々お話になっている間も、聖書を説明してくださった
間も、私たちの心はうちに燃えていたではないか」ルカ24:32

主の語られる言葉は、心を温め、今一度希望へと
よみがえらせる。

2010年05月17日(月)
  「気持ちを表現すること」

夫婦の学びをしていて

Aさん「教会に来るまで、夫婦の学びをするまで、
全然夫の言動、態度、対応が理解できず、
誤解が誤解を生んでましたが、男性と女性が
全く違うことをよく理解できて、感謝でした。

学んでから、すごく変わりました。
言わないとわからないという事がわかり、
自分の気持ちを、言葉で表現するようになり、
夫婦間が、すごく変わって、意思疎通ができて
います。

以前は、夫に配慮が無い事が、何でわからないん
だろう、一つ一つの言動、行動が、理解できない、
信じれん、もう諦めていました。

自分としては、愛情があれば、言わなくてもわかる
だろ、わかるはず、言わなくてもやって欲しいと
ずっと思い続けてましたが、それが大間違いで、
言わなきゃわからない。
全然悪気がないことが、よくわかった。

神様のお陰で、夫婦の間が、とてもいい感じです(^^)/
最近では、素直に気持ちを言うと、夫も言うように
なって来て、すごい変化で、嬉しいです。
老後に向けて、こんな良い夫婦関係を感謝です。」

Bさん「そうなんです。何度も学んでいながら、
ついこの間も、心を屈折させてしまった。

気持ちが全くわかってもらえず、もういいわと
諦めが来ると、涙が出て来て、黙ってしまう。
夫にしたら、それがまた全く理解できず(笑)
何を泣くような事があるんじゃと。(笑)

でも、今日、心を屈折させずに、ちゃんと気持ちを
言葉で表現しないといけない事、もう一度学べて感謝
でした!(^^)/」

Cさん「よくわかる。気持ちを表現するって、練習です
よね。練習、練習しないと、私は全然して来なかった
から出来ないです。気持ちが、言葉で言えないです。

その場では感情的になって、感情が高ぶって、とても
じゃないが理路整然と説明など出来ません(笑)
でも、すべての対人関係で、大切ですよね。
練習して行きます。
でも、聖書の学びを始めて、夫婦関係すごく変わり
ました!いい感じです!」

離婚の理由が「性格の不一致」が多いそうだが、
最初から、性格など不一致だと。
「敵を愛せよ」とあるのが、寝言になってしまうと。


愛とは、あるか、無いかというものでなく、一生を
かけて学んで行くものであり、
自我が砕かれて、自分に死んで行くことだとあった。

2010年05月14日(金)
  「思い」

Aさん「サタンがわかってませんでした。
思いの火矢を吹き込んで来ると、何度も何度も
聞いていたんですが、わかってなかったです。

サタンが吹き込んだ『思い』を、サタンだとわからず、
自分が思っているとしか思っていない事が、やっと
わかった。

自分が悪い考えを抱いたという事で、自分はダメ
クリスチャンとずっと思っていた。

ネガティブへ落ち込んで行く事は、サタンと肉を、
自分が選んでると、何度聞いても、わからなかった。
これもサタンなんですねえ。

ずうっと、自分がダメなクリスチャンだからと思っ
てて。

でも、神様が、目を開いて下さった感じで、朝起きた
時から、サタンが思いを吹き込んで来ているのが、
わかるようになりました!

朝からデボーションしようとすると、「だるっ!」
「気が向かん」「気が乗らんから後ですればいい」と
サタン。

デボーションし出すと、親族のために執り成し始めると、
突然以前に、腹の立った出来事を思い出して、腹が
立って、腹が立って、怒り心頭。

以前はここでデボーションを止めてしまっていた。
この吹き込みが、サタンの火矢だとやっと気づいた

自分がサタンを拒否せず、怒りを選んだ、という事など
全くわからず、
いつも怒るし、妬むし、憎むし、成長しないクリスチャン
としか思わなかった。

御霊に示され、導かれて、人に親切や善行をしようと
思うと、したくない思いが湧いて来る。
以前の嫌な思いが、突然降って湧いて来る。

「あ、サタン」と気づき、サタンの妨害がわかって、
御心を行って行った。すると、平安と喜びが来て、
自分も相手も、豊かに祝福された。

自分は忘れているし、自分は今の今まで全く
思っていないので、サタンが持って来たのが
よくわかった。

神様に思いを向けよう、集中しようとする途端
サタンが来る事もよくわかった。

神様に思いを向けなければ、どうもないのに、
集中しようとすると、心があちらこちらにさまよう。

祈ろうとすると、雑多な思いがどんどん湧き上がる。
御言葉に集中しようとすると、他の事に思いがそれて
さまよう。サタンの攻撃はすごい。」


「祈りと御言葉が、余程嫌なんでしょうねえ。取って
しまいたい」

サタンを識別できるよう、いつも祈っていよう。

2010年05月11日(火)
  「語ること」

Aさんが、神様を信じてから、価値観や行動が変
えられている事に気づかされた。

ご主人とのやりとりで、自分はそうじゃないと
思う事があった。
以前なら、ギクシャクするのが嫌で、もめ事になる
のが嫌で、自分が我慢し、押し込め、飲み込んで
いた。その方が楽なんですよねと。

でも、納得が行かない瞬間に、心で神様に祈った。
すると、自分の口から、説明の言葉が出て来た。
そして、一方的に言われるのは、納得が行かない
気持ちを言った。

「主人は一瞬、ムッとしたが、でも、私の言葉を
受け止めてくれたようで、後になって、私が言った
事は、その通りだと認めてくれ、わかってくれた。

言わないより、言った方が遙かに良い結果を得て、
言って良かったと、心から思った。自分に取れば
初めての事であった。今まで、言ってはいけないと
思っていた。
神様の価値観に変えられた瞬間だった。

言う前に、心で祈ったのが答えられたと思った。
神様をまた、新たに知れて感謝した。」


Bさん「よくわかります。人それぞれで、Aさんと
同様、私も、我慢する方が簡単で、言う方が難しい
です。

言わない方が楽で、黙っている事は幾らでも
出来る。黙っている方の自我なんですよね。

でも、言う事がものすごくエネルギーが要り、
自分にとっては、ものすごく難しい。
『真実を語りなさい』、語ることが出来ない。
自我が語りたくない、語ろうとしない。
主に助けられて、語れるよう祈って行きたい」

Cさん「私も、気持ちを言っていいんだという
事が成育歴も関係して、長い間わからなかった。

気持ちを押し込め、怒りや不満や恨みもすべて
抑え込んだ。それが良い事だと思っていた。

その蓄積の結果、自分の気持ちがわからなく
なり、自分の気持ちを話す事が困難になって
いた。

イエス様によって、気持ちを言っていいんだと
知り、もう晴天の霹靂で、でも、今までの培わ
れたものは根深く、さあ言っていいとわかって
も言えない事に気づいた。
気持ちに、言葉の衣を着せる練習中です」


「愛をもって真理を語り」エペソ4:15

「隣人に対して真実を語りなさい」エペソ4:25


2010年05月10日(月)
  「またね」

BさんとAさん夫妻は、神様の素晴らしさを現して
おられた。

優しい優しいBさんは、癌末期の夫人Aさんに
寄り添い、至れり尽くせりの介護をしておられた。

端から見ていても、心が温かくなり、神様の麗しさ
が現れていた。

Dさん「今、ご夫妻で、イエス様と一緒におられて、
心安らかに、ずうっと仲良くいられますね。

いつになるかわからないけど、私、お二人の事を
童話で書きたいです。

例えば、奥さんが病弱な女の子で、Bさんが、その
子を見守る心優しいクマみたいな感じで。
だけど、クマは、本当の神様を知っていました、
というような。

ただ、Bさんの素晴らしい信仰を書くには、私はもう
少し時間がかかります。自分自身も成長して行き
たいです。

あのご夫妻の愛と神様の愛を間近に見て、それを
どうしても残したいと思いまして」

Bさんの夫人への愛情に、神様の栄光が現れていた。


Eさん「私が夫の救いのために祈り始めたのが、
Bさん始まりでした。衝撃を受けて、ものすごく考えさ
せられて、祈れるようにされた。

夫婦関係が難しくて、今までの様々な傷があり、
それまで祈れなかった。それをさせてくれたのが
Bさんの信仰でした。感謝でなりません。

一人の人の信仰が、周囲に大きな影響を与え、
実を結ばせて行く。
Dさんにも、Eさんにも、婦人方皆が恵まれた。

皆が、突然のBさんの死を知った時、
驚いたが「最愛の夫人と今一緒におられて
良かったですね。喜んでおられるでしょうね」

皆が「良かったですね」と平安と喜びを持って
言える。

Bさんの、ただただ天を見上げておられた
信仰のゆえだ。

夫人が亡くなろうとしている時にも「いいんだ。
OKだ。すぐに天で会える。『またね』なんだ」

その信仰に圧倒された。

Bさんのように、ひたすら天を目指して歩む
者とされたい。


2010年05月08日(土)
  「同じ所へ行きたい」

突然の知らせに驚いた。

少し前に、夫人Aさんを天に見送られたBさん。

Aさんが、もう余命幾ばくという事が確実になった時、
「寂しいですね」とBさんに言うと、「いや大丈夫、すぐ
に天で会えるから。いいんだ。OKなんだ」と言われた。

その信仰に驚かされた。天を真っ直ぐに見上げて
おられた、鮮明な信仰だった。とても恵まれた。

Bさんは、Aさんの最期を看取られ、残務整理をした後、
故国へ帰られた。
故国で、お元気に過ごされていると聞いていた。

そのBさんが、突然の心臓発作で、天に召されたと。
救急処置を施したが、意識が戻らなかったと。

天で、夫人のAさんと一緒に、喜びに満ち満ちておら
れるであろうと、残された私たちも心が平安で一杯だ。

夫人Aさんが、末期癌が発覚し、死に向き合われ
た時に、「夫と同じ所へ行きたい!」と願われた。
それが、神様を求められた動機だった。

自ら聖書を読まれ、メッセージを聞かれ、祈りをされた。
真剣に必死に求めておられた。御言葉を聞かれる中で、
はっきりイエス様を信じられた。
余命3ヶ月が、丁度1年与えられ、信仰与えられて、天
に帰られた。

夫Bさんの証しの生き様が、切なる祈りが、Aさんをして
「夫と一緒の所へ行きたい」と言わしめた。

Cさん「ご主人のBさんが素晴らしい証しをして来られた
んですねえ。幾ら死に向き合っても、そのご主人の生き
た証しが無ければ、一緒の所へ行きたいなんて思い
ませんよ」

Dさん「自分も、夫と永遠まで一緒にいたいかどうか、
そんな関係が培われているのかどうか、ものすごく
考えさせられた。
正直に、神様に祈って行きたい。」


未信者の夫を持つ婦人方の、強烈なインパクトとされた。

「あなたと同じ所へ行きたい」

同じように、夫に「あなたと同じ所へ行きたい」
と言ってもらえるように、仕えて行きたいと。

それを目指して、地道に、日々証しを積み重ね
て行くことを、皆で励まし合っている。







2010年05月05日(水)
  「変装」

サタンについての本の中に、
『自己という仮面の陰に誰かがいるなど,考えても
みません。ただ自分がもっと良いクリスチャンだったら
なあと思うだけです』とあり、

サタンが、自己という仮面をかぶって来るので、ほとんど
判別できないと。変装して来る。

サタンが思いの火矢を、絶えず吹き込んで来ているが、
自分が思っているとしか、思えない。

刑事が放火現場に来て、現場検証をしている。懸命に
放火原因を調査している。
しかし、実は放火犯人が、刑事に変装して、現場に来て、
懸命に証拠隠滅を図っている。

誰一人、刑事が変装犯人などと思う者はいない。
堂々と証拠隠滅をして行く。

同様に、自分の思いの中に、サタンが思いを放って来て
いるが、別ものが入り込んでなどと思いもしない。

でも、心を見張っていると、よくわかる。
どんどんサタンからの思いが吹き込まれて来る。

しかし、御言葉に立つ時、その思いが消える。
「と書いてある」から離れない時、心が平安に守られる。

Aさんが、「もう自分にピッタリで、目からうろこでした。
今まで、それはサタンだと言われても、よくわからなかった
です。

思い煩いや不安が押し寄せる度に、サタンなど無く、
自分はダメなクリスチャンと思っていた。
サタンのことが分かっていませんでした。」

そして、サタンが持って来るのが、自分、自分、自分、
どこまでも自分。
自分の満足、自分の賞賛、自分の利益・・神様に反抗
ならわかるが、神様の衣を着ているからわからない。

神様のためが、自分が満足するため、自分が賞賛
受けるため、そう思っていないから、わからない。

変装する敵に対する、御霊の気づきに、ただただ感謝。
神様のあわれみに感謝。




2010年05月03日(月)
  「御声に従う」

神様の御声に、従って行くことを学んでいた。
とにかく、目の前の御霊に示される事を一つ一つ
行って行く。
今、目の前の示しは、何だろう。

御声を聞くために、静まって、御言葉に向かう
必要がある。

その1
「目の前の一つ従うべき事は、何だろう?」
Aさん「私は、聞くこと。御言葉を聞くこと」

「それが全然入って来ないんですよぉ」
「え?いつから?ずっと?」

「いいえ。以前は御声が聞こえていた。今、
全然聞こえない」

「何か原因があるんだ。」

「そう。自分でわかる。神様の導きを拒んで
いるから。あれから、全然御言葉は与えられ
ない。入って来ない」

「その拒んでいる所に戻って、そこから始める
必要があるね」(笑)
「そうです。自分でよくわかってるんですよねえ。
そこから始めます」

その2 
神様に従おうとすると、サタンが立ちはだか
って、執拗に妨害して来る。

「神様に明け渡すなら、絶対、試練が来るよ。苦し
いよ。そんなしんどい事はしない方がいいよ」との
思いにずっと支配されて、それに同意してしまって、
そこから一歩も進まない。

それが、サタンだと、初めてはっきりと認識出来た。

自分の思いだとしか思えない。サタンが見えない。
同じ所を、延々、堂々巡りしていたら要注意だ。
サタンが噛んでいる。
とにかくサタンは前に進ませたくない。妨害して来る。
そして、大きな祝福の前には、必ずやって来る。
祝福を受け取らせないために。

その3
御声を聞いて、ぐずぐずして従わない時、後で、
パズルがピッタリ埋まるように、それをしていれば
神様の栄光が現れていたのに、人々にも恵みが
及んでいたのに、受け取り損ねた事がわかる。
祝福にあずかれなかった事がわかる。

ああ、あの場面で、せよと言われた事に従って
いれば、これがこうなって、素晴らしい事になって
いたのに・・と。

アブラハムはイサクを献げる命令を受けた試練で、
「よく朝早く」すぐに従った。

詩編記者は「私は急いで、ためらわずに、
あなたの仰せを守りました」詩編119:60

御心を確信したなら、早く、急いで、すぐに
行わないと、肉とサタンにどんどん足を引っ張
られて、結局、従えなくなる。