2002年04月04日(木)
何があっても大丈夫
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地区集会に来ている婦人。
30年来、縫物をして来られたプロ。
ロックミシンを操り、見事な裁縫をされる。
いつものように、頼まれた服を縫製していた。
それが、最後のところへ来て大失敗をしてしまっ
た。誤ってミシンで重ねて縫ってしまったのだ。
依頼主の大切な大切な布地をだめにしてしまった。
自分はプロなのに、30年もこの仕事をしている
のに、初歩の失敗に、落胆して落ち込んで、心が
真っ暗になった。どうすれば良いのだろう。
もう生地は元に戻らない。あずかった大切な生地
を。
その時、「すべてのことについて感謝しなさい」
の御言葉が臨んだ。祈ることはあっても、感謝が
なかなか出来ないでいた。そうだ、感謝しようと、
この事を神様に感謝して、対処を祈った。
祈りつつ、心からの謝罪をし、気持ちとして少し
ばかりのお金を包んで、その生地をお返しした。
すると、相手は何とも良い方で、まあ、いいです
よ、いいですよと言って下さり、気持ち良く許し
て下さった。
更に誠意を喜んで下さって、すぐ後に2件の依頼
を下さったのだった。
「神様に感謝していて良かったです」とその婦人。
どんな失敗も過失も、責任を取って、益として下
さる神様の素晴らしさを共に賛美した。
何があっても大丈夫だと思えた。神様がおられる!
「わたしはあなたがたのために立てている計画を
よく知っているからだ。それはわざわいではなく
て、平安を与える計画であり、あなたがたに将来
と希望を与えるためのものだ」エレミヤ29:11
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2002年04月03日(水)
備えられていたもの
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先日、愛子の卒業式に山口まで行って来ました。
クリスチャンとして送り出したつもりが、途中で
神様から離れてしまい、たびたび親子で壮絶バトルも
繰り返しましたが、4年の夏に本当につき物が落ちた
ように(何が付いとったんじゃろ。)
神様のところへ戻って来ました。
自分で神様を見つけるために必要な時間だったと今は
懐かしい思いもします。
卒業式の後、山口を出る前にみんなでお茶を飲んで帰
ろうと店を出たところで「愛ちゃん!」と呼ぶ声がしま
した。
声の方を振り返ると、にこにこ笑った若者達が車で近
づいて来ました。彼らは聖書研究会の人達で、山口で
神様が備えていて下さった姉妹、兄弟達でした。
この彼らのすがすがしい事といったら!まっすぐに私達
おじさんおばさんの目を見て来る。
つい今しがたまで、たくさんの卒業生やら後輩先輩いり
みだれての光景を見た後でしたから、クリスチャンは、
やっぱり違う!とおばさん感激。
そして彼らから花束をもらって送られる愛子の姿を見て
これは、神様が「祈りは聞いていたんだよ」と最後に私
に見せて下さった光景だと気づきました。
私達が気づきもしないうちに時も、環境もすべてを美し
く備えていて下さる神様に感謝します。
本当に、長い間一緒にお祈り下さった婦人学び会のみな
さん、個人的に祈って下さった青年会のみなさん、
ありがとうございました。
by富士子
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