2003年06月30日(月)
  私の願いでなく、みこころがなるように

昨日、B子さんと話す。先日が初対面なの
に、昔から知っていたような親しみを感じる。

アメリカで「日本にいる時に、ある宗教を
勧められて入っていたが、心が満たされる
わけでなく、真の神である気がしなかった。
それで、祈ったんです。本当の神様がいる
なら、知りたい。本当の神様、私に答えて
下さい、と。」

その翌日、近くの教会の人がやって来た。
「教会に来ませんか」という訪問だった。
でも、英語がわからないので、行きたかっ
たが、行ってもどうにもならないので、
諦めた。

すると、数日後、「C子が来た!どうぞ、来
て!!」と、日本人クリスチャンのC子さん
を連れて、教会の人が再びやって来た。
ちょうど、アメリカ転勤のC子さんが、その
教会へ集い始めたのであった。
そのC子さんによって、救いに導かれ、それ
からずっと聖書の学びをしてもらった。

実は、そのC子さんは、日本でずっと私と
一緒に労してくれた婦人。C子さんに紹介さ
れてと、B子さんは転勤でやって来た。

B子さん「不妊治療を長年ずっと受けていた。
妊娠を祈り続けていた。心の切なる願望であ
る、その妊娠が与えられた。
その時の喜びはいかばかり、嬉しくて嬉しく
て、まさに天にものぼる心地。

ところが、喜びも束の間、流産してしまった。
喜びの絶頂から、悲嘆のどん底へ。悲しみと
落胆で、涙が止まらない、涙、涙の日々だった。

神様どうして?流産するのなら、なぜ与えら
れたのですか?真っ暗な出口の無いトンネル
に入り込んだようだった。深い悲しみと、落
ち込みの中にいた。」

「時を経て、心が少しづつ落ち着いて行っ
た時、神様は教えて下さったんです。
神様から、恵みをもぎ取ろうとしていた、
自分の恐ろしい姿が見えたんです。」

泣きながら「流産して良かったんです。あの
ままだったら、神様じゃなくて、子供が第一
でした。子供を与えてくれるのだったら、何
でもいい。自分の願望が遂げられるのであれ
ば、何でもする。」

そんな時、電話で、初めて話した。
最初から涙声で「神様に近づきたくて、近づ
きたくて、神様が慕わしいんです。流産以来、
神様から離れていて、どうすればいいですか」

「その場で祈ればいいよ。神様は共におられ
るから。今の正直な素直な気持ちを、そのま
ま言えばいい。そして、近くの教会を捜して
行った方がいいよ。」「はい、わかりました。
そうします」と電話が切れた。

しばらくして、明るい声で電話、「あれから
教会へ行ってます!それが、私が行き出すと、
今まで行っていなかった夫も、一緒に行く
ようになったんです。そして、友達が、自分
も行きたいと、友達も行くようになったんです!

神様に一歩従ったら、素晴らしい祝福が備
えられていること、また、教えられました!」

そして、今回出会って、「教会へ最初に行っ
た時のメッセージが、神は心を見られる、
というものだったんです。

私達は外側のことに懸命になる。人に良く見ら
れようとするし、病気は治りたいし、治そうと
する。しかし、心の中はどうか。神は外側は見
られない、心の中を見られる。あなたの心の中
はどうか。

まさにその通りで、自分は不妊が治りたい一心
で、その事しか頭になかった。でも、自分の心
の中を見ると、汚くて醜くてドロドロであるこ
とが、はっきりとわかった。心底きよめられた
いと思った。

その時、神様に祈った。「神様、もう外側のこと
はいいです。不妊はもういいです。その代わり、
私の心をきよめて下さい。このドロドロの心を
きれいにして下さい。」と。

「不思議な事が起こったんです。その時以来、
7年間、苦しんで悩み続けて来た不妊が、何が
何でも子供が欲しいという、その思いが無くな
ったんです!
もう、すっかり平安になってしまって、全然
どうもないんです。」

「へえ〜〜〜、神様のみわざなんだねえ。」

「先週も、今週も、メッセージがもう私にまさ
にピッタリで、神様が私の心をすべてご存じで、
私に与えて下さってる。神様が目に留めて下さ
っていることが何より嬉しいです。」と、目に
涙が。

素直な信仰に触れて、神様に触れ、私の心は、
喜びが満ち、恵みに恵まれた。
by 多恵子



2003年06月28日(土)
  ご計画に間違いはなし

昨日、一人の婦人と話した。
余りにも仕事が忙しく、責任者の立場にいて、全責任
はかかってくるし、大変な重圧。
管理職なので、仕事だけでなく、人を扱わなければな
らない。その部署にも入ったばかりで、仕事自体を覚
えるのにも精一杯。帰宅は連日深夜に及ぶ。

休みなど全く取れない。対人関係も難しくて、神経す
り減らしている。精神的にも肉体的にも、疲労がもう
限界に達してきていた。

目に涙が。「どうして?環境が神様のご計画と信じて
いる。神様がこの職場も与えて下さってと信じてる。
神様が与えて下さったのなら、学びに来る時間も無い
ほど、なんでこんなにも忙しく、しんどくて苦しい
の?」
「神様に、助けてって言えばいいし、一日中心の中で、
神様と話してたらいいよ。神様しんどい!神様辛い!
助けて!!って。」

「そうしてるんよ。ずっと神様、助けて下さいと祈っ
てる。ずっと、ずっと祈ってるのに、何で?」

「え、すごい!ずうっと祈ってるんじゃ。」

「移動時間があって、距離があるから、その間、車の
中で礼拝のメッセージテープが聞ける。その時間がも
う嬉しくて、嬉しくて心満たされる。そのテープで心
が守られて、喜びが来る。あのひと時が救い。もう
ほんとに、心底神様にすがってる。」と涙を拭きつつ。

「ちょっと!!それじゃー!!それよ!」「神様にすがっ
てるって、それって信仰よ!!神様に心底拠りすがる
なんて、断崖絶壁でないと出来ない。
神様にすがれるって、すごい恵みで、できない。
神様に頼って、頼って、頼らせたくて、近づけたくて、
今の場所を与えられたんだよ。すごく愛されとるんよ」

「あ!」と涙目に笑みが。「そうだ!!そうなんだ!すご
くわかる。神様しかない。神様にずうっと頼ってるわ。
私、ほんとに心底強情で、ものすごい頑固。心が固い。
だからなんだわ。普通の生活していたら、神様絶対頼っ
てない。自分の力でできてしまうし、してしまって、
神様から離れてるわ。

私がずうっーと、次から次へと、極度に大変な状況に
置かれるの、そのためなんだ。それ、わかる、すごく
わかる。」

今度は恵みの涙で「でもほんとに感謝。心から感謝。
神様離れて、どこに飛んで行ってしまってても、不思
議はないのに、ほんとに守られてる。しっかり守られ
てる。苦しいから、神様にすがってきたお陰。ああ、
そうなんだ。

最初、教会へ行った時も、そうだったんよ。今まで
自分の力で生きて来て、自分で何でも出来るのが、
それが喜びだった。そこに、自分の力で全くどうに
も出来ない事態が起きて、ほんとに自分ではどうも
出来なかった。だから、教会へ行った。私はいつも
そう。でも、あの時、その状況が無かったら、教会
へなど絶対に行っていない。神様に出会っていない。
ほんとに、すべてが感謝でならない。」

ずうーと叫んで、ずうーっと拠り頼んで、すがりつ
いて、こんなに神様に近い状況って、逆に言えば、
大きな大きな恵み!!

強情は誰しもで、自分の力で出来ると、神様を忘れ、
離れて行ってしまう。神様の忍耐とご愛は、なんと
測り知れない・・。
by 多恵子




2003年06月24日(火)
  祝!結婚25周年旅行

いろんな偶然がかさなりあって突然、北海道旅行が与えられた。
祝!結婚25周年記念旅、とばかり思い込んでいたのに、夫は
勤続30年記念旅行だと思っていたらしくがっくり。
「なら一人で行けば…」とぶつぶつ言いながらの出発だったが
旅行中は夫の細かい心配りの連続に本当に感謝だった。

名所旧跡は観光バスで回ったが、時々の自由時間では美術館や
らみやげ物や、すし屋にラーメン屋の手配、移動の列車の時刻
からすべてを細かくポイントしてて、絶妙のタイミングでタク
シーを拾い最後まで慌てることが全くなかった。

写真も気がついたら写されているのは私ばかり。
「お父さんも撮ってあげよう」と言っても、「いいから、いい
から」と。後から見たらまるで私の一人旅みたいに見えるだろ
うに…。
あちこちの夫婦連れにまで「撮りましょうか?」とパチパチ。
まるで疲れを知らない子供のよう…?

逆に人にされる方が疲れるタイプの人なんじゃ…とも思うが、
毎夜、旅先とも思えぬ爆睡ぶりの夫を見るにつけ、こりゃぁ、
そーとう疲れとるかも…と思うふがいない妻だった。

登別での一日目、朝出発前にゆっくり温泉に入っていると
中年の婦人旅行者のグループが何組もいた。
そのうちの一人がしきりに「やっぱり旅は女同士に限るね、
主人と一緒ならもう大変!主人と行くぐらいなら家にいた方
がましよ」と話しているのが聞こえた。
いっせいに「そうよ!そうよ!」の大合唱。

私は他人と行くとやはり気を使う、夫と行くほうが気が楽だけ
ど…と思いながら部屋に帰った。さぁ出発の準備!とふっと横
を見ると温泉から一緒に帰ったはずの夫は、さっさと身支度を
整えると手際よくトランクの荷造りを始めている。

女友達と行くと気を使うだけじゃなくて体力ももたんわと実感。
結婚25年、何でも自分のペースで押し切る夫に圧倒される事
もあったが今は大満足。
すっかりおんぶに抱っこですいません。
「すべてお任せ奥様旅行」にまた連れて行って下され。
    by富士子







2003年06月23日(月)
  祝!結婚25周年

あっちにぶつかりこっちで転びの結婚生活が、今年で
ちょうど25年となった。
いろんな心模様の年月もあったけどその事で神さまを
知り途中からは神さまも同伴の結婚生活となった。
神様に少しづつ導かれる日々でなければこの結婚生活
は本当にどうなってたかわからない。

神様の無限の力をかさにきての、知ったかぶりと思い
あがりに裁きまくりで、夫にすれば、本当にむかつき
反発するしかない神様との迷惑な道のりだっただろう
が、その事に気付く事もできなかった。

たびたび煮詰まっては「離婚」と口走っていた。

その時々の伝道師、牧師先生方が本当に心をいためて
祈って下さった姿を思い起こすと本当に感謝で一杯だ。

夫にとっては今もその道のりは続いているのだろうが、
最近は、子供達の今時にしては地道に育っているのを
見たりすると、「これもあんたのおかげかな」と言って
くれる時もある。

もちろん神様が一人一人を育てて下さっているからだ
が、これは神様に対する夫の見方が変わってきたか!
と喜んだりする。

26年目にむけて、神様同伴の私達の結婚生活が、
どうか夫にとって心地よいものでありますように。

また、よきあかし人・・には程遠いので、ひとえに
神様の憐れみで奇跡で夫が心を開いて神様と向きあ
ってくれる日が来ますようにと祈っている。
by 富士子

2003年06月21日(土)
  物の見方

主のよみがえりを、信じることができないで、
故郷に帰りつつあった、エマオ途上の弟子達。

そこへ、イエスご自身が歩み寄られ、御言葉
を解き明かして下さった。
それを聞き、弟子達は心が内に熱く燃えたが、
まだ、肝心のそのお方がわからない。
主が目を開いて下さった時、初めて見えた。

その同じイエス様が私とも、いつも共に歩ん
でいて下さって、起こる事態を、御言葉を、解
き明かそう、明かそうとしていて下さることに、
思い至る。

「何で、この事が・・時が少しずれていれば、
遭遇しなかったのに・・」「あの事は・・して
いれば、違った結果に?」
いや、そうじゃない。そうじゃない事はよく知
っているでしょうと、神は言われる。
すべてのことが、神から発し、神によって成り、
神に至る。

目の前の一つ一つのことが、神様によって、量
り与えられたもの。すべて神が送られたもの。

益となる、ご計画がある、主はしようとしてお
られることを知っておられる。いつも希望がある。

主から来たもの、これを与えておられるのは
主、目が開かれて、主が見える時、すでに解決だ。
神に焦点が合うと、神のお心がわかる。

絶えず、絶えず、神様に焦点が合い、神様の目と
神様のお心を見て行けたらどんなにいいだろう。
これは聖霊の働き。
by 多恵子

2003年06月20日(金)
  いにしえからの祈りの答え


娘が今週、神学校卒業で、音楽科のためピアノ
の卒業リサイタルがあった。
沢山の人々が来て下さって、会場である会堂も
一杯だった。
手に、湿布薬を貼りながら、練習に練習を重ね
た、聖歌の曲を、一曲一曲、歌詞を頭でたどり
ながら聴く。
神様の恵みが、頭の中を巡り、溢れる。

小さい頃から好きで、自分で勝手に弾いていた。
他の習い事はともかく、ピアノだけは、将来神様
のために用いて頂けると、ちゃんと習わせてやり
たいと思った。

当時、開拓伝道のため、経済的に全く余裕が無か
った。祈り続けたが、不可能だった。
どうしても道が開かれないまま、ずっと祈り続け
ていた時、将来、クリスチャンのピアニストが備
えられ、指導し、整えるとの答えが来た。

どういう形でかはわからないが、神様にいっさい
をお委ねした。
その長い祈りの、神様からの答えが、神学校の
音楽コースであり、リサイタルであったこと、
感無量だった。

何より、恵み深い神様のお心に触れた。そのご配
慮、慈しみ、ご愛が心にしみて、何とも言えず、
ひしひしと心恵まれた。

神様は、素晴らしく豊かに祝福して下さった。
本当に神様は素晴らしいお方!!

「主の祝福そのものが人を富ませ、人の苦労は
何もそれに加えない」箴言10:22

by 多恵子

2003年06月16日(月)
  感動した!!!

A子ちゃんが泣きながら、心の内を話してくれた。
しんどくてしんどくて、もう自分にはどうにも
出来ない、一歩も進めない。

自分の罪・罪・罪ばかりが、次から次へどんどん
見える。けれど、神様が見えない。心は苦しくて、
悶々としてて、辛いばかり。でも、何をどうすれ
ばよいのかが、何もわからない。真っ暗闇だと。

「わかる!よくわかる。私と一緒だ。以前、全く
同じことを経験したよ。クリスチャンなのに
虚しくて、苦しくて、辛くて。」

「この聖歌がピッタリじゃろ!!」

「♪祈りすれど 手応えなく 求むれど 得ず
して 重き心 抱き続け 苦しむは 誰ぞや

「♪信仰を持ち 恵みに満ち み光の中行く 
輝かしき生活をば 望まずや 我が友」

「♪汝が持てるものを 主の手に ことごとく 
ささげしや 条件つけず 降伏せば 勝ち得
べし 勝利を」

「そう、ピッタリ!! ほんとにこの通りだ!!」

条件つけず、降伏せば、勝ち得べし 勝利を。
無条件降伏すれば、いいんよ。自分の力で、
頑張ってる。ギリギリの許容量オーバーまで
来たんだ。神様にすべてを明け渡して、献身
すれば、180度変えられるよ。

何と!! A子ちゃんはそうしたいと。信仰持
ち、恵みに満ちた、輝かしい生活が欲しいと。
絶対絶命だったんだ。よーくわかる。私も、
絶対絶命のところを通ったよ。

その場で、「神様助けて下さい。このままの
自分のすべてを明け渡し、献げます。」と
祈った。
祈った後、A子ちゃんの顔が、全く別人の
ごとく変わった。
泣き笑いで、屈託のない笑顔に変わり、
「心が楽になりました!」

翌聖日礼拝、A子ちゃんは招きに前に出て、
献身を言い表わした!!

「イエスは、ご自分では、しようとしている
ことを知っておられた」ヨハネ6:6

「わたしはあなたがたのために立てている
計画をよく知っているからだ・・それは、
わざわいではなくて、平安を与える計画で
あり、あなたがたに将来と希望を与えるため
のものだ」エレミヤ29:11

苦しい環境も、絶対絶命の状況も、すべて
匙加減ピッタリに、A子ちゃんを献身に導く
ための、神様のご計画であった。

何より、生きて働いておられる神様を目
のあたりに見て、心が恵まれて、恵まれ
て、感動!!!の、聖日礼拝でした。
by 多恵子

2003年06月16日(月)
  ああ、そうなんだ

学びの中で、インパクトを受けた。

「人の子が来るのは、ちょうど、ノアの日の
ようだからです。」
「洪水前の日々は、ノアが箱舟にはいるその
日まで、人々は、飲んだり、めとったり、と
ついだりしていました。」
「そして、洪水が来てすべての物をさらって
しまうまで、彼らはわからなかったのです。
人の子が来るのも、そのとおりです。」
マタイ24:37

イエス様の再臨は、ノアの日のよう。人々は、
飲んだり、めとったり、とついだりしていた。

飲んだり、めとったり、とついだり・・は合法
的なことで、罪じゃない。日々のごく当たり前
の生活。

毎日の平凡な生活を、ごく普通に営んでいる。
日々の仕事は良いこと、その良いことの日常に、
地のことにのみ、忙しく心を向けている、その
時に、突如として、やって来る。
ノアの日、人々が気づいたのは、すべてをさら
ってしまった時。

ごく普通の、今の生活、まさにこの中に突如と
して、イエス様が来られることが、改めて実感
をもって迫って来る。

心の態度が問題で、この世で日常の生活を営み
ながら、焦点が常に神様にあり、心が神様に
あるように、ピリリッと、心引き締められた。

今日の一日が、この一瞬一瞬が、永遠につなが
るように、天につながるように。
心がいつもイエス様にあるように。
by 多恵子

2003年06月15日(日)
  愛されている

友人と話していると、
「職場で、どうしても比較してしまう。自分
がよく出来たら、高ぶるし、人が自分より出
来たら、劣等感で落ち込む。」

又、別の友人は、「仕事の素晴らしくよく出
来る先輩を見て、先輩だから当然なのに、喜
んであげたらいいのに、羨ましくて、嫉妬し
てしまう。そんな自分が又、嫌で落ち込む。」

「比較すまいとしても、できない。自分では、
どうにもできない。自分の罪がわかるばかり。」

「人が基準だと、人によって自分がアップダウ
ンする。自分は同じで、全然変わらないのにね」
(笑)

今、いる場所は、他の誰でもないあなたでない
と、だめだと言われる。あなたの場所。代わり
がきかない、かけがえがない。
他の誰でもだめで、それは、あなたでないと、
できない働きがあり、あなたそのものが用いら
れる。

人ではなく、神様を意識していると、心が解き
放たれて自由でいられる。ここに比較からの救
いがある。神様との、縦の交わりを深めて行く
と、本当に喜びが増す。
生活の中に、喜びが湧いてくる。神様とつなが
っていると、心が自然に肯定的、前向き、受容
的になる。心が潤ってくる。

御霊に導かれて、御霊に支配されて行く時に、
真に救いがあり、解決がある。これしかない。

「御霊によって導かれるなら、あなたがたがは
律法の下にはいません」

「人が主に向くなら、そのおおいは取り除かれ
るのです。主は御霊です。そして、御霊のある
ところには自由があります」
by 多恵子


2003年06月10日(火)
  神様の光を遮るもの

ゴールデンウイークにとても恵まれたことがあった。
夫の実家に行く途中の事だ。
いつもなら大山を横目に見ながら気持ちよく高原をドライブ
気分で帰るのだが、その日はぶ厚い雲がついて来て雨模様な
嫌な天気だった。
高原全体が雨雲に覆われていて、気持ちがどんどん暗くなっ
てきた。本当にこんな雨の中で頑張って行っても、義父は喜
んでくれるのだろうか。
何時に着いたとしても、
よく来たな…という言葉はないよなぁ・・とか。

一人で暮らしている義父への心配りがいつも出来ていない。
その事への後ろめたさが、どんどん義父に対して逆噴射し
てしまい、黒い雲と一緒にものすごい重い気持ちに押しつぶ
されそうになった。
外は朝の10時頃なのに夜中のように真っ暗、心も暗闇どん
どん強固な殻で自分を補強して行くのを感じた。

その時、急に「自分にメッセージして…」という先日の学び
の多恵子先生の言葉が心に浮かんできた。
同時に「光にやみに輝いている、やみはこれに打ち勝たない」
という聖句もセットで浮かんできた。
祈られている事も感じた。

そこから一瞬でがらりと全てが変わった。
外は、ぶあつい黒雲で覆われてても、私の心に聖霊様の光が
あるから、どこへ行っても状況はどうでも絶対大丈夫!と
確信した。
その確信で、それからず〜〜〜と滞在中も何日も経った今も
心の中がほかほかしている。

実家についたが、義父は気持ちよく向かえたくれた。
そして、帰る時には「また来月くるから」「また来いよ」で
笑って別れた。

自ら作り上げる理想の嫁の虚像…それ以下になれない自分が
思い煩いの中で神様の光を遮ってしまっていた。

明日、義父が我が家に来る。頑固な義父はめったにうちには
来ない。いつもの私なら必死で大掃除しているに違いないが、
神様の恵みでほかほかの私は、こうして落ち着いて神様の恵
みを書いている。
   by富士子







2003年06月09日(月)
  さわやかな風

今日、久しぶりに会った、知り合い。顔を見た途端
とても嬉しかった。

「私には、大きな、大きな試練でした。やっと乗り
越えることができました」顔が落ち着いて、すずや
かだ。

時を経て、結果も出てきて、益とされていることが
見えた来た。

厳しい試練のまっただ中、何回か会った時、深痛の
中で、表情も沈んでおられた。

「試練を通って、心が強くされるって、本当ですね。
随分強くなれました。受け入れることができたんで
すね。変えられました。」さわやかな笑顔で。

人それぞれで、他人から見れば、何でそんな事が?
と思えることが、本人にとれば、命にかかわる最大
の急所だったりする。

「試練を通って良かったです。苦しかったけれど、
本当に良かった。縛られていた心が、解き放たれて、
自由にされました。幾ら頭でわかっても、ダメなの
で、これは、通るしかないんですねえ。
試練の祝福について、何度も聞いていましたが、
本当にその通りです。」

受け入れることができない、しかし、受け入れざる
を得ないところにまで、神様は導かれる。これは
苦しく痛い。

ある婦人が「受け入れ難いことを、受け入れるっ
て、出来ない。もう自分が死ぬということですよ
ねえ。」

今日は、心にさわやかな風が吹き抜けた。
by TAEKO

2003年06月09日(月)
  続・「一つだけの花」

花に比較が出来ないように、私達もそれぞれが、ユニークな
のだから、比較ができない。

先週、A婦人と、マタイ20:1〜のぶどう園の例えの
ところを話し合っていた。

この最初の1日1デナリの約束をして、ぶどう園に働き
に行った人って、他の人と比較をしなければ、大喜びで、
1日の労働の充足感と共に、心からの感謝をもって、
1デナリを楽しめたわけよねえ。

うん、5時に雇われた人は、夕方まで不安と思い煩いま
っただ中、だったかも知れない。今日も仕事がないの
だろうか・・
朝早く雇われた人は、1日の報酬が確約されていて、
平安に働けた。

比較した途端、感謝と喜びが消え去って、不平不満、
愚痴、怒り、嫉妬の世界。うん、うん。

あ!私、子供を、他の子と比較してました!! やっ
ぱり比較してるんですよねえ。気づけて感謝です。

昨日、遠方の友からメール有り、
「今日、すごい祝福でした!教会でイベントがあり、
みんなで手をつないで輪を作ったのですが、これが
神の家族なんだと、思うと涙腺が緩んで・・
恵まれて、恵まれて。

神様の愛がものすごくて、私は本当に言いようの
ない思いでした。

一人一人が、ユニークな存在で、思いっきり神様
に愛されている。用意されている計画も、それぞれ
にユニークなんだな、だから、みんな愛せるんだな、
と思いました。」

神様が一人一人、皆を、世界中に一人しかいない
ように愛して下さっていて、その人のための独自
の人生を用意して下さっている。だから、自分へ
の神様のご計画とみこころだけを、見ていれば
いい。

今日も、神様に愛されている!!
by TAEKO

2003年06月07日(土)
  「世界で一つだけの花」

いつだったか、大学生の娘が「お母さん、これ今、流行ってるんよ」と、聞かせてくれた。

SMAPの「世界で一つだけの花」。え?ちょっと、この歌詞??いつも聞き慣れているメッセージ「私達は、神様の造られたオンリーワン」。勿論、神様は無いが・・。

恋愛歌ばかりのこの世界で、歌詞が大変新鮮なのだそうだ。

ネットを見ていたら、育児ノイローゼのお母さんや、自分はダメだと落ち込んでいた若い女性達が、この歌に、涙が溢れて止まらないと。

イラク戦争反対の集会で、大集団で歌われていて、え、何でこれが?反戦歌?なのだそうだ。就職活動応援歌であり、小学校の入学式でも歌われたそうな。

目の見えないクリスチャンの声楽家、新垣勉さんが、小学校で、生い立ちと共に「オンリーワン」の聖書のメッセージを語ると、小学生達がじいーっと聞き入り、涙を拭っている。小学生達もしみ入るほど、心が押しつぶされそうなんだ。

金髪の高校生達も、刑務所の人々も新垣さんの心にしみ入る一言一言に身じろぎもせず聞き入り、涙している。新垣さんの生き様をベースに、オンリーワンのメッセージは大きく心に響き、訴える。

この歌は、その歌詞が良くて、それもSMAPが歌うのが良かったらしい、CDもダブルミリオンセラーとかで、大変な売れ行きだとか。

でも、神様なしで、特別なオンリーワンの自分って、どうやって見い出すのだろう。

人間は、神様によって造られた被造物ゆえに、創造主と向き合う時、初めて自分というものが明らかになり、自分がわかり、定かになる。
深い安堵感の中で、生きる意味がわかり、目的がわかり、喜びがわかる。
自分で、自分を幾ら探そうとしても、絶対に見い出せない。

罪深い、汚れたままの自分を、罪を持ったまま、そのまま愛して下さった。神様の愛は、自分の罪よりも遥かに大きくて、その愛に包まれていて、そして、自分の一生には、すでに最高のご計画があると言われる。すでに用意されていると。

「その永遠のいのちとは、彼らが唯一のまことの神であるあなたと、あなたの遣わされたイエス・キリストとを知ることです」ヨハネ17:3

自分を知ることって、神様を知ることから始まる。
神様を知れば知るほど、自分の姿が見えてくる。

by TAEKO



2003年06月06日(金)
  良かった!!

先日、パソコンにコーヒーをこぼしてしまった。

これで3度目。ちなみに、ガソリンのガス欠も3度やった。同じことを繰り返すか。

少量では無いコーヒーが、キイボードの下に消えて行ってしまた・・。突如、画面が消えて、乱数字が並ぶ。再度立ち上げ不能だった。

ああ、壊れた・・
頼みの綱である夫に、電話する。すぐ戻り、パソコンを分解して調べてくれる。
「これは、もうダメかも知れないなあ」と言いながら、見てくれる。

パソコン始めて20年の全データが入っている。
バックアップは面倒で取ってない。学びのプリント類、資料、これから先のものも、すべて・・。うわっ!! 真っ青で、頭真っ白。

喪失感の中で、なぜか教理が目まぐるしく頭を飛び交い、駆け巡る。
これはなぜ?これは何?どういう事?何か間違ってるのか?いや、今、みこころの中にいると思う。主は与え、主は取られる、すべては神様のものということ?

目に見えるもの、形あるものは、目に見え、形あるものでしかない・・。
20年分、もういいや、と思えた。神様だけでいい。すべてのことについて感謝しなさい。益となる。

信じて、どう益として下さるのか、神様を見つめていた。
横で、夫が何時間もかけて、懸命に調べてくれている。

かなりの時間を経て、夫が「これ、中は大丈夫。キイボードだけがダメになってる。キイボードだけ代えればいい。」

不使用の古いキイボードを、つないでくれた。後日、中古を購入、結局、すべて元のままで、事なきを得たのであった。

うわあ!!あなた、有難う!!神様、有難う!!
で、何が良かったか。

ここまでというほど、至れり尽くせりで、何時間も、何時間もかけて、修理してくれる夫に、しみじみと、じわ〜っと、感謝がこみ上げて来て、そこに、何とも言えぬ潤いと温もりが漂い、天の流れに触れ、神様時間が流れた。

私の心はあったか〜く、恵みで溶かされるように、潤い、ひたすら有難うの世界であった。

目に見えない、もう一つの世界が常に現実にあって、確かな手応えがあり、そこに触れる時、心が潤いと喜びに満たされる。

by TAEKO