2016年12月20日(火)
  「正直」

Aさんが、一年間、仕事も神様に守られて、助けられて、
本当に心から感謝で、その気持ちを神様に表したいと。

ボーナスが出たら、献金をお献げしたいと思った。
で、祈って、心に浮かび、示されるその額は、自分の
内では、かつて無い一番多い額だった。
でも、それをお献げしようと思っていた。

ところが、ボーナスを受け取ると、思っていた額より少
なかった。
すると、心がひるんで、惜しくなって、献げられなくなって
しまった。

「どうしても、献げられないんです」と。

「『神様、献げたくありません。惜しいです。でも助けて下さい』
と、そのまま祈ったらいいよ〜」

「あ、そうか!帰ってそう祈ります!」

Aさんの祝福を祈っていたら、礼拝後の翌日、
「献げられましたー」とメールが来た。

「蒔いた物を刈り取るとあるが、その後、いろんな
祝福が来て、『あ、神様だ!』と嬉しかったです!」



アナニヤとサッピラの箇所を学んでいたが、
地所を売ったお金を、献げても献げなくても自由
だった。
彼らの問題は、人によく見せようとして、一部を
全部と偽ったことだった。
一部ですと言えば問題無かったし、嫌なら献げ
なくても良かった。

それは人を欺いたのでなく、神を欺いたと言われた。
神への畏れがないことが怖いと。

神の前に正直でいることが大事だ。
出来ません、したくありませんと祈って行く時、不思議だが、
出来るように、神がさせて下さる。
神が働いて、させて下さる。

2016年12月16日(金)
  「♪告げよ 主に 告げよ 今〜」

いつも個人的に学びをしているAさん。

調子悪い時は、そのまま言って来る。
「明日の礼拝に行きたくない」「帰宅後、身体が疲れるし」
「しんどいし」・・あるがままのメールが来る。

そのままの気持ちを、行きたくない事を、しんどい事を神様に
そのまま言ったらいいよと、返信する。
「そうします」との返信。

すると、翌日、来れていて、「私、今、おかしいですよね」
「うん、かなり、おかしいよ。帰ってよく休んだらいいよ」

「そうします」と礼拝後すぐに帰った。後ほど、よく休んだと。
すると心身疲れていたのが、回復して来たとの連絡。

この出来事で、教えられたのが、もしAさんが内側を隠して
良い子クリスチャンを装ったらどうだろう。

人目ばかりを気にし、人にどう思われるかを気にし、
何の問題もありません、良いクリスチャンですの振りを
通すなら、自分がおかしい事もわからない。
自分が、自分に欺かれてしまう。

外部の人間もわかって上げられない。
素直にそのままでいるなら、外部からも、今おかしいよ
と言って上げられる。沢山の益を受ける。

自分と神様の関係も同じで、常にあるがままを
神様に告げるから、自分で自分の状態がわかる。

もし神様の前で繕い、装うなら、それは自分ではない
ので、神様もどうにもできない。

「嫌です。嫌いです。したくありません。でも、神様
のためにします」
正直でいるなら、自分も平安に守られ、欺瞞から
守られる。




2016年12月09日(金)
  「クリスマスの思い出」

沢山の、クリスマスの恵みの思い出がある中で、
一つの強烈な思い出がある。

数回、教会に来て下さった事のあるAさん。

ご主人がクリスチャンで、Aさんは他宗教を信仰
しておられたが、ご主人に誘われての事だった。

でも、他宗教を長年勉強もし、信仰していますと
言われていた。

そんなAさんが、ある日突然、癌で余命3ヶ月の
宣告を受けられた。
あと、3ヶ月の命!!ショックで、どん底に突き落
とされたようで、もう涙が止まらなかったと。

一番恐ろしかったのが、夜眠る時に、もう翌朝目が
覚めないのではないかと。
次の朝、目が覚める事なく、死んでしまっているのではと。

言いようのない恐怖で、恐くて恐くて、どうにもならず、
思わず「主人の神様・・」と祈ったと。

「主人の神様、明日、目が覚めますように」と、祈って
毎晩寝ましたと。

後日、「Aさんが信仰しておられた宗教に、祈らなかったの
ですか」とお聞きしたら、
「全然ダメでした。死を前にした時、何の救いも、力も
何もありませんでした」と。


ご主人の教会の宣教師さんが、見舞われ、Aさんが
医者から余命3ヶ月と告げられたと言うと、

「余命を決めるのは医者ではありません。余命を
決めるのは神様です」と言われたと。

私たちが福音を語りに、病院に訪問した時は、高熱で
伏せっておられた。枕元には聖書が開かれ、カセットで
説教も聴いておられるようだった。
求めておられるのだなあと感じた。

その時は、日を改める事にし、病院をあとにした。

そして、次に訪問した時は、お話ができる状態だった。
夫が福音を語ると、Aさんはイエス様を受け入れられた。
Aさんは救われ、一緒に、お祈りをした。

そしてその次に訪問した時、クリスマス間近だった。
Aさんはもうニコニコ笑顔で、最初お会いした時と全くの
別人だった。

そして話して下さった。イエス様を信じたあの日を境に
何もかもが変わりました、と。
それまで、食事がもう砂、じゃりのようだった。味も何も
なく、命をつなぐために、仕方なく喉に押し込んでいた。
苦痛以外の何ものでもなかった。

それが、あの日、イエス様を信じた日の夕食が、まあ、
美味しかったんですよ!!びっくりしましたと。
あれから食事が、まあ、美味しくてねえと(^^)
もう、まさに使用前、使用後だと笑い合った。

祈りの要請をしていた、私の親友のBさんが、病院を
教えて欲しいと。
遙か遠方から、クリスマスカードを全く見知らなぬAさん
に送ってくれていた。

Aさんはそのカードがもう嬉しくて嬉しくてと。ベッドの頭の
台に立てかけておられ、いつも見て、嬉しくて、一人で
クリスマス聖歌を歌ってるんですと。

もう満面の笑みで、もう嬉しくて嬉しくてね、心の中から
泉のように喜びが湧き上がるんですよと。

余命3ヶ月の宣告に、恐怖で、真っ暗闇の中で、怯え
きっておられたAさんを、こんなに生き生きと、喜びに満ち
満ちさせる事のできる主を、驚きと共に崇めた。

クリスマスと共に、思い出す、あの強烈なインパクト。
Aさんの満面の笑み、喜びに満ち溢れた輝き。
奇跡のみわざ。

2016年12月06日(火)
  「もう一つ・すべての事に感謝」

★ひと昔前だが、ある婦人、子供にどうしても雪の結晶を
見せて上げたいと、倍率の大きな虫眼鏡を購入したく、
祈って、探していた。

近くの幾つもの文房具店には全く無く、デパートにも
大きめのスーパーにも、あちこち行ったが無い。
昔の事なのでで、まだインターネットも無く、どこにも
無かった。

それとは別に、ある時、役所に事務の用があり、
小さな下の子供を連れて、手続きに行った。
まだ歩き出したばかりで、最寄りの交通機関使い、
ずっとだっこ状態だ。

疲れて、やっと終えるかと思うと、印かんを忘れて
いた。三文判でいいと言われ、じゃあ近くで買おうと、
途中で出た。
それが、近くを捜すが、文具店が無い。どこかにあるはずと、
祈りつつ捜し回り、だっこしながらで、もうヘトヘトになり。

その時「すべての事について感謝しなさい」が浮かんだ。
この状況を、もう疲労こんぱいしていること、店もなく、
はんこが手に入らないこと、この状態を感謝しますと、
御言葉に従い、感謝した。

そして、神様感謝します、感謝しますと、続けて店を捜した。
すると!何と、あった!文具店が!神様有難う!!
感謝して、店に入り、代金払おうと、レジに行くと、

何と、ずっと求めていた、どこを捜しても、無かった
大きな虫めがねが、レジの横に置かれていた!
びっくりして、それも購入!
すべての事に、心から神様に感謝し、御名をほめたたえた。


★もう何10年か前のこと、母から、父に癌発覚との連絡を
受けた。
今と違い、当時は、まだ癌は死を連想させた。
うわっ!という感じで、非常なショックで、重く心に
受け止めた。

心に非常に影を落とし、暗くなりそうになるが、すべては
御手の中のこと、ご計画の中のこと、最善をされるお方、
とにかくすべての事に感謝せよ、とあり、この事を感謝します
と祈った。

そして、救いを祈りに祈った。日常の中で、もう絶えず祈
る感じだった。多くの人々も祈ってくれた。

祈っていた中で、“夕暮れ時に、光がある”ゼカリヤ14:7

の御言葉が心に入り、必ず救って下さると、心が慰められた。

そして、その通りに、父は明確な救いを受けた。
はっきりした救いだった。

2016年12月04日(日)
  「続・すべての事について感謝」

「すべての事について感謝しなさい」Tテサロニケ5:18

色々な証しに恵まれる。

ある人が、コンタクトを片方落としてしまった。
これは大変と、祈って捜しに捜した。
懸命に捜すが見つからず、尚も祈って捜した。

どこを捜しても無くて、「神様、コンタクトが無い
ことを感謝します」と感謝して、これだけ祈って
捜して無かったので、次になすべき事をしよう
と思えた。

新しいコンタクトを作るために、眼鏡店に行った。
事情を話すと、片方を見せるように言われた。

もう一方のコンタクトを見せると、もうかなり使って
いて、摩耗して傷が入っていて、これをこのまま
使っていたなら、目を傷めていたと言われた。
主に心から感謝して、両方共に新しいコンタクトを
作った。


ある人は、近所の子供に、キャラメルを上げた。
それが、そのキャラメルを食べた時に、その子供の歯の
かぶせ物が取れてしまった。
申し訳なくて、そのお宅は下の子供さんもいて、大変で
自分の家には車もあったので、歯医者への送迎も
引き受けた。

「何でこういう事に?」と、心が落ち込みそうになったが、
そうじゃないと、「すべての事」について感謝せよ、なので、
信仰によって、この起きた事態を、感謝しますと祈った。

心が守られた事が感謝だった。
通院のお手伝いをしていたところ、驚き感謝が起きた。

その子供の、かぶせ物の下の歯が、何と虫歯になって
いたのだ。
それが発見できて、治療できて、お母さんから大変
感謝される結果となったのだ。

とても感謝などできない時に、信仰によって感謝して
行く時に、神様のみわざを見せられて行く。


2016年12月01日(木)
  「すべての事について感謝しなさい」

「すべての事について、感謝しなさい」Tテサロニケ5:18
を学んでいた。

★「あーあ、とため息が出るような事があったんです。
対人関係で、思いがすれ違ったり、ぶつかったり、
もういいやと、捨て鉢というか、あきらめそうになった時に、

突然、はっとして、そうじゃない! 実は大きな恵み
の中にいるのに、それが見えなくて、自分の思い通りで
ないという事で、いら立っている事に気づいて。

目の前の状況に感謝できたんです!!
感謝できた事に、神様を感じて、ものすごく感謝でした。
感謝すると、心が一変して、いら立ちが消えて、
平安になったんです。

以前はそんな時に、感謝など思いもよらなかったので、
気づけた事に感謝で、自分が変えられたことに感謝です。

感謝する事が、自分の信仰生活の、人生の土台だな
と教えられました」。

★「日常生活で、経験します。

自分で、あれはああしよう、これはこうしようと、色々段取り
していた事があって。

それが全くその通りにならないんです。周囲の意見やら
思いが入って来て、自分の思いと全く違う方向に向かう。

その時に、自分の肉がイラ立って、自分の思うようにしようと
するんですが、その時にそうじゃない!と気づき。

『神様感謝します!』と祈って、神様のお心の通りに委ね
ますと、祈ったんです。
すると、まず自分の心からイラ立ちが消えて、が落ち着いて、
平安になったんです!

そして、事態が、又、別の方向に動き、想定外のいろんな事
が入り、ほんとに最善に、最も良い方向に導かれたんです。

ほんとに感謝でした。感謝すると、まず自分の心が守られて、
そして最善に導かれる事を学ばせられました。

突然、自分の思いと違う事態が起きた時も、『感謝します』
とまず感謝して行きたいです」



突発事態が起きて、パニックになりそうな時、心が動揺する時、
重苦しくなる時、まず「感謝します」と祈って行くと、
不思議に心が落ち着いて来る。

これは「すべての事について感謝しなさい」の言葉に、従う事に
なるので、その信仰に、御霊が働かれるように感じる。