2024年06月30日(日)
  「悪魔にたましいを売ると」

以前に、Aさんから、突然の電話が入り。

電話口で、大号泣。

赤ちゃんが欲しくて、欲しくて、切なる欲求が
あり、祈って、祈って、祈っていた。

出来ることはしようと、不妊治療もずっと通って
いた。

幾ら、治療をしても、全く、効果が無かった。

何度も〃、不妊治療を繰り返すも、全く気配
無しで、しかし欲しくてたまらない。

どうしても、諦めがつかない。

何が、何でも、どうあっても、欲しい!!

もし、だめだったら、いいなどと思えない。
ただただ、欲しい一心だった。

・・・・・・・・・・・・・

その時に、もし、サタンに、上げるよと言われ
たら、欲しい、と思ってしまいそうな自分に
気づいた。

与えてくれさえすれば、誰でもよい。

その時に、恐ろしくて、恐ろしくて、心底怖く
なった。

号泣で、心から悔い改めて、神様に立ち返れた。

そして、我に返り、もう要らないと思えて、
神様に何もかもお献げし、明け渡した。

すると、心が平安にされて、安堵が来た。

・・・・・・・・・・・・・・・

2020年の米大統領選挙の一部始終を、ネットで
見ていた。

目の前で、次々と平然と不正が行なわれて行った。

犯罪組織に歯向かえば、殺され、巨額のワイロと
家族への脅迫と、ハニトラ脅迫で、次々と政界の
人々が不正に加担して行った。

犯罪者サイドは、権力と水のようにある際限の
無い財源で平気だった。

ずっと見ていたBさんと、悪魔にたましいを売ると、
ほんとに顔が、別人に変わるねと。

次々、顔が変わって行った。

悪魔崇拝者だと、自ら公言する悪魔の使いたち。
おぞましい、いけにえの儀式まで

あれから、もうすぐ4年、水面下で、大勢の犯罪者、
悪魔崇拝者どもが捕獲されて行った。

・・・・・・・・・・・・・・

Aさんは、悪魔が、欲しいものを上げるよと、言った、
一線がわかった。

Aさんは、御霊様に助けられた。


自分の欲求でなく、主の御心を求めて、生きること
の重大さを教えられる。



2024年06月14日(金)
  「めまいは、神様からのもの」

先日、突然、持病メニエルが出て、天井グルグル。
方向感覚無くなり、嘔吐、嘔吐で、わけわからない
状態。

前触れが全く無く、突然に来るので、ちょっと困るが。

・・・・・・・・・・・・

昨年、天に召されたAさんが、いつも
「この癌は神様から与えられたもの」と言っていて、凛と
していた。Aさんの信仰だった。

天地左右、ひっくり返り、嘔吐は続く中、「これは神様
から来たもの」と受け取れた。

そうであれば、神様の量りから1ミリも越えることは
無いと、身体は滅茶苦茶しんどいが、何だか心は
すうーっと落ち着いて感謝だった。

・・・・・・・・・・・・

日曜、朝は普通で、丁度、今から教会へ行こうとした
時に、突然ふらっと、めまいが来て、ふ〜らふらは
いつもあるので、出かけようとすると、

更に、ふらっと来て、脂汗が出て来て、異常を感じ、
留まりました。神様だった。
その直後に大型めまいと嘔吐続きで、トイレを離れら
れず、良かった。

次々とエンドレスの働きで、いつもする事は山積みの
ため、「めまいさえ無ければ、どんなにかちゃっちゃと
出来るのに」と、サタンが来る。


・・・・・・・・・・

が、瞬間、御霊が「わたしの力は弱さのうちに完全
に現われる」と。

その繰り返しだ(^_^)

「わたしの恵みは、あなたに十分だ」と。

その度に、主と触れて、嬉しくなる(*^^*)サタンも、
神様に近づけることしか出来ない。



2024年06月12日(水)
  続・幸福感に満たされて


もう一つ、幸福感でいっぱいだった思い出。

★教会に行き初めて、数年の頃、

クリスマス・イブに、子どもたちのための特別集会
をした。人形劇をしたが、
近くの子どもたちが、沢山集まってくれた。

子どもたちは大喜びで、劇を楽しみ、クリスマス
の聖書のお話を聞き、賛美歌を歌い、全員に
クリスマスプレゼントが贈られた。

集会を終え、皆、満足げに、嬉しそうな、笑顔
いっぱいに、「バイバーイ」と帰宅して行った。


私たちも、子どもたちの嬉しそうな顔に、喜びで
いっぱいだった。


その夜、ちょっと遠めの子どもたちを、送ることも
兼ねて、教会の大人たち、皆で、キャロリングを企画
していた。

アコーディオンに合わせて、皆でクリスマス讃美歌を
歌いながら、通りを歩き、子どもたち一人一人を、
家まで、送り届けた。

この時も、夜空の下で、主を賛美しながら、心が満ち
満ちて、幸福感でいっぱいだった。


宣教師の先生ご夫妻、兄弟姉妹が、一体感で、
心に平安が広がり、何とも言えず、安らかな、とても
楽しいひと時だった。


クリスマスの時期で、屋外は非常に寒いのだが、
心は、灯がともったように、温かかった。

まさしく、主の大きな恵みと祝福が、そこにあった(*^^*)


2024年06月09日(日)
  「量られて来る、試練」

先日、突然、持病メニエルが出て、天井グルグル。
方向感覚無くなり、嘔吐、嘔吐で、わけわからない
状態。

前触れが全く無く、突然に来るので、ちょっと困るが。

昨年、天に召されたAさんが、いつも
「この癌は神様から与えられたもの」と言っていて、凛と
していた。Aさんの信仰だった。

天地左右、ひっくり返り、嘔吐は続く中、「これは神様
から来たもの」と受け取れた。

そうであれば、神様の量りから1ミリも越えることは
無いと、身体は滅茶苦茶しんどいが、何だか心は
すうーっと落ち着いて感謝だった。


日曜、朝は普通で、丁度、今から教会へ行こうとした
時に、突然ふらっと、めまいが来て、ふ〜らふらは
いつもあるので、出かけようとすると、

更に、ふらっと来て、脂汗が出て来て、異常を感じ、
留まりました。神様だった。
その直後に大型めまいと嘔吐続きで、トイレを離れら
れず、良かった。


次々とエンドレスの働きで、いつもする事は山積みの
ため、「めまいさえ無ければ、どんなにかちゃっちゃと
出来るのに」と、サタンが来る。

が、瞬間、御霊が「わたしの力は弱さのうちに完全
に現われる」と。
その繰り返しだ(^_^)


「わたしの恵みは、あなたに十分だ」と。

その度に、主と触れて、嬉しくなる(*^^*)サタンも、
神様に近づけることしか出来ない。






2024年06月08日(土)
  「心・満たされた」

子どもの集会の準備をしていて、ふと、遥か
昔のことが思い出された。

もう50数年も前のこと、

イエス様を信じ、救われて、少し経った頃、
救われていな魂は永遠の地獄であること
が、認識できた。

そして、又、幾らか経た頃に、子どもたち
の集会のお手伝いを、宣教師のA先生から
言われ、引き受けた。

教会学校のお話もするようになった。

★そして、その経緯をよく覚えていないが、友人
のクリスチャンBさんと二人で、教会から距離の
離れた公園へ行って、子どもたちに伝道する
ようになった。

毎週土曜に、徒歩で出かけては、当時はよく
公園で子どもたちは遊んでいたので、一緒
に遊び、

頃合いを見て、子どもたちを集めて、聖書の
お話や紙芝居をし、イエス様のことを伝えた。

当時は、勿論、車など無く、かなり距離があり、
徒歩で帰る頃には、陽が傾いていた。
冬など、もう暗かった。

・・・・・・・・・・・・・・・・

その時の、満たされた思いが、忘れられない。

友と、楽しくお喋りをしながら、快い疲れで、
主からの平安と喜びでいっぱいだった。

主のために労することの、充足感を経験させ
られた。


2024年06月05日(水)
  「どこまでも自己中心」

聞きたいユーチューブを流しながら、雑用をしていた。
用事に手を取られ、流しっぱなしになっていたら、

次々と流れ、「人生相談」というユーチューブになった。

初めて聞いたが、用をしながら、流し聞きをしていると、
対人関係のトラブルが、幾つか流れ

問題が起きている原因が、すべて「自己中」「自己
中心」ではないか。

・・・・・・・・・・・・・

解答者が、ビシバシと答える、

「あなたは家族のために、自分を犠牲に
して尽くして来たというが、そうじゃないですよ。

自分を捨てて、家族のためにというのではなく、
どこまでも自分のためです。

家族より、自分が大事で、自分が一番なのです。
だから、思い通りにならないと不満タラタラになる。」

「厳しい事を言うようですが、あなたは、聞いていると、
ずっと自分、自分、自分なんです。自分しかなく、
自分中心、そこが問題なのです。」

「私は、どうすればよいのでしょうか」

「努力するしかありません」

・・・・・・・・・・・・・


結局、自己中と自己中がぶつかって、争いになり
問題が起きる。

肉、自我、自己中、罪の問題・・


人は皆、自己中心なので、人を傷つけてしまうし、
又、傷つけられる。

人を傷つけないと、生きて行けない罪人だと
聖書は言っている。

幾ら頑張っても、自力で、自我はどうにもならない。

不毛の戦いとなる。

主は、御霊を与えて下さり、御霊によって歩む
時に、自力でなく、自然に、心が導かれて
行ないが与えられて行く。

「御霊によって歩みなさい」が答えだ。





2024年06月01日(土)
  「試練を落ち着いて受け止め」

今月は、初心者のための特別伝道集会が
持たれる。

テーマは、「愛に満ちあふれる人生」で、神の
愛を知って頂きたいとの祈りだ。

「神の愛」について、思い、祈っていた時、Aさん
のことを思い出した。

海外在住のAさんが、親元で出産のため一時
帰国。
その時に、海外での友人に、この教会を紹介
されてと、集会に来られた。

福音を聞き、イエス・キリストの十字架の救い、
神の愛を聞かれた時に、感動し、心に響き、信じ
られた。

神の愛を学んで行った時に、驚かれ、こんな
愛があることを、生まれて初めて知ったと。

独り子を殺して下さった御父の犠牲愛、見返り
を求めない、一方的な愛、与える愛、聞いた
ことの無い愛で、この愛を知れたことを心から
嬉しいと。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それが、帰国と同時に、離婚問題が持ち上がり、
大変な試練が臨んだ。
しかし、振り返った時に当然に思えた。今まで
どれほど自分勝手で、自分本位であったかを
初めて気づかされた。

異国の地での寂しさ、不満、イライラ、怒りを、
仕事で疲れて帰宅した、夫に全部をぶつけていた。

夫は、クタクタのヘトヘトで、どうにもならず、
自分からの攻撃に次ぐ攻撃に、夫もストレスが
いっぱいいっぱいで、自分を殴れないので、
柱を思いきりパンチしていた。

毎晩、毎晩そんな状態で、自分は相手のことを
全く考えていなかった。考えられなかった。
自分のことしかなかった。

どんなに自己中心、自分勝手であったか、初めて
気づかされた。

神様の御前に悔い改め、夫に今までのことを心
から謝罪した。もう一度チャンスが欲しいとお願い
した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

皆で、祈りに祈り、夫婦の回復を祈りを積んで行った。

紆余曲折あった中で、最終的に和解が与えられ、
ご主人も一緒に教会に行くようになり、クリスチャン
ホームとされた!!

主により、見事に夫婦が建て直され、建て上げられた。
主のみわざに、皆で主を崇めた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

Aさんに、驚き、恵まれたのは、

「目が覚めました。

どんなに自分が自己中心であったかに、初めて
気づきました。

もし、このまま離婚になったとしても、人生途上で
イエス様を知れたこと、その愛を知れたこと、
自分の姿を知れたことに感謝でならないです」



すべての現状を落ち着いて受け止め、受け入れて
おられ、
ただただ、驚き、皆で、祈った。