2005年10月25日(火)
  「神様によって自立」

集会に、75才のA婦人が来て下さっている。
お一人暮らしで、いつも恵みの証しをして下さる。

体調少し崩されていたが、回復されお元気に
集って下さった。まあ、仕事が口コミで、全然
知らない方から入って、神様に感謝です。
次々与えられるんですよ。ほんとに感謝です。

「集会ついでに、娘のところに寄ると、よく留守
でこれこれ食べるようにとメモがあって、勝手に
それを頂いて、帰るんですよ。

同世代の人達にそんな事を話すと、『まあ!
あんた、悲しいねえ!』と言われるんですよ。
『親が行くのに娘も、孫もいないなんて』と。

まあ、何が悲しいことがありますいね。
若い人達は皆、忙しいですよねえ。
おばあちゃんの事など、構ってられませんよ。
別におばあちゃんのために生きてるんじゃ
ないですもの。
元気でいてくれて嬉しいばかりで、まあ、悲しい
ことなど、何もないですよ。」

ほんとに自立しておられて、立派で、もうすが
すがしい、さわやか。
「Aさんすごい!」「年いったら、Aさんみたいに
なりたいです」「わあ、すごい!私なんて、自己
憐憫のどつぼで、すねて、いじけてそう。そんな
ふうに年とりたいです!」と婦人達。

世界は自分のために回っているのではない
と、わかっている人は落ち込まないとか。

Aさん、さっそうと、さわやかで、気持ち良くて、
ほんとに素敵だ。



2005年10月19日(火)
  「内なる価値観」

Bさんが「子供をそのまま、あるがまま受け
入れてやることの大切さ、わかり、そうした
いと思うのに、子供が試験答案用紙を持って
帰ると、その点数を見て、顔がひきつる(笑)

子供は子供なりに頑張ってて、それもわかる
のに、もっと早くから頑張れば良いのにと、
幾らでも要求が出て来て、頑張った事自体
を認めてやれなくて、それが、子供に伝わる
ので、子供を傷つけてしまった。

頭でわかるのに、古い固いものが内にあって。
自分の価値観、底にある、培われた固いもの
が変えられたい。」

翌日、「昨日は神様に悔い改めて、帰って、祈
って祈って自分には出来ないから、神様にすが
って子供に接したら、ほんとに祝福して下さっ
て、良い交わり与えられたんです!感謝でした!」

以前友人達と交わっていた時、Cさん「私、どう
してもだめ。わかってるんだけど、子供を偏差値
で見てしまう。偏差値を要求してる。」

Dさん「私もねえ、そうだったんよ。外側から要
求してる。まだ子供なのに、外見の髪型や勉強し
ないこと、成績がよくない事で、受け入れられず
にさばいてしまってた。

すると、ある時、子供が事故に会って、ほんとに
もうダメだと思ったんよ。死を覚悟した。でも、
九死に一生を得て、助かったんよ。

その時、本当に心の底から思った。偏差値なんて、
成績なんてどうでもいい!! 外見なんて全くどう
でもいい!! この子が生きてくれてさえいたら
いい!!

その時から全く自分が変えられた。180度変え
られた。神様が通して下さったんだと、感謝した。

あの事がなかったら、ほんとに子供をさばいて、
さばいて、さばきまくって、損なってた。
ほんとにもう心から感謝で、感謝でならないんよ。

子供が、生きててくれさえすりゃいい。

by 多恵子

2005年10月17日(月)
  「幸せを下さった神様」

育児の事を色々話し合っていた時、

・・Aさんが「親の思った進路とは全く違うけれど、
子供達がそれぞれ、自分に合った、好きで喜んで
歩める道に導かれた。今、皆、生き生きと生活して
いる。
それぞれが、好きな道というのが何とも感謝。

先日、夫がしみじみと『子供達が、今、幸せに歩ん
でるなあ』と言った。
夫がそう言ってくれたことが、何より嬉しくて嬉し
くて、感謝でならなかった。

紆余曲折で、ここまで神様が導かれた。子供の幸せ
と、親の思いを押しつけ、親が道をつけ、過保護で
育て、子供を損ねてしまった。
親の言いなりだったが、思春期に爆発した。自分の
間違いを知り、今まで果たせなかった分を神様に
助けられて果たして行った。

子供は、葛藤しながら、もがきながら、自分で自分の
道を見つけ出した。自分の好きな道、納得の行く道
だった。今、好きな仕事が出来て、本当に心底幸せ
そうだ。

親が子供に“良かれ”と思う事と、子供にとって、本当
に“良かれ”がいかにかけ離れていることか。

下の子も、就職活動で、不安と心配の中、神様を
信じて、すがって、祈り続けていた中、本当に
子供の好きな道、生き生きとできる仕事を与え
られた。今、ハードで大変だが、好きな事なので、
頑張れている。

すべて、ここまで神様が導かれた。
未信者の夫が、幸せそうな子供の姿を認め
てくれている、感謝でならない。

何より、窮地の叫びに答えて下さった、子供を
引き受けて、幸せを与えて下さった神様に感謝
でならない。・・・

幸せを与えて下さる神様に感謝!!
Aさんが、どんな時も、一歩一歩神様の言われ
る事に、従って行った結果であること、そばで
見ていて教えられる。

by 多恵子



2005年10月09日(日)
  「優先順位」

Aさんがやって来て、話してくれた。

主人の実家で、ちょっともめ事があったらしい。
主人が帰宅して来て、色々思うことがあるようだ。
なんやかんやと、ぶつぶつ言っている。

それに対して、模範解答というか、常識的な答え
を何やかや、自分が言う。
もう高齢なんじゃけえ、大目に見て上げたら、
年いっとってんじゃけえ、譲って上げたらなどと、
まあ、常道の当たり前の事を言う。

すると、主人が余計に頑なになるように感じる。
自分自身も、心に全然主の平安がない。
当り前の事を言ってるんじゃが、と思いつつ、
平安が無いので、神様、何でですか?と、
祈りつつ考えた。

すると、わかった。優先順位が間違っている。
夫より先に、親を優先している。親の肩を持ち、
親を受け入れ、親サイドに立っている。
そうでなく、夫のそばに立ち、夫の気持ちに寄り
そう事が、神様のみこころだとわかった。
その時、心に平安が来た。

「平安を与えたり、取り去ったりして、日常生活
で神様が教えて下さること、感謝です。」

以前も、自分の方で、母が倒れて、入院した時、
心配で不安で、つきっきりで看病した。他に兄弟
もいるから、自分一人で看る必要はないのに、
自分が心配で、離れられない。

それが続くと、家の中がギクシャクして来た。
夫が何か不満そうだし、子供の周囲に何やかや
問題が起きて来て、家中、皆が心満たされない
欲求不満、混乱状態となった。
その時も教えられた。優先順位が狂っていた。
だから、秩序が狂い、皆が満たされない。

優先順位を建て直して、神様に従って行った。
まず夫、子供、親の優先順位をしっかり立てて
親の介護をした。
すると、夫も子供も協力してくれ、皆が心満たさ
れ秩序が回復して行った。

神様の優先順位に従う時、自分だけでなく、
周囲の皆にとっても、祝福とされる。
by
多恵子


2005年10月04日(火)
  「何もしない」

今週のメッセージで、「恵み」ということの例
えで、生まれたばかりの馨が出て来た。

産後、しばらく我が家に来るので、娘が結婚前
使っていた部屋は倉庫と化し、大掃除から始ま
り大変。
何やらかんやら、赤ん坊用品を買いに走り、す
べてを整える。
何もかも整えて、馨はやって来て、ほとんどの
時間安らかに眠っている。何の問題もなく、悩
みもなく、安らかそのものの顔でひたすら眠っ
ている。馨は何一つしていない。すべてが備え
られ整えられ、そのまっただ中に平安で安心し
ている。

何もしないで、一方的に受ける。すべてが自分
のために備えられている。これが恵みだと。

神が私達にして下さっていることも同じだ。
自分の罪のために、何一つどうも出来ず、滅び
に向かうしかないから、十字架でイエス様を殺
して下さった。

罪も重荷も思い煩い、将来の不安、すべてをイ
エス様の上に置き、今日も喜んで、感謝して平
安に生きるように、恵みを与えて下さっている。

肉が恵みをぶち壊して行く。自分の力、自分の
努力、自分の思い、自分の計画・・
律法の下にいるなら、恵みから落ちている。

今日も主を信頼して、ただ信頼して、恵みの
中にどっぷり浸かっていたい。

1才半のあかり、生まれたばかりの馨、何も
しないのに、存在だけで周囲を幸せにする。
ホッと心和ませ、暖かくし、喜びを与えてくれ
る。
何もしないのに、これだけの幸せを周囲に与え
るってすごいなあ。恵みの世界まっただ中だ。

by 多恵子



2005年10月02日(日)
  「ノーと言うこと」

“「はい」は「はい」、「いいえ」は「いいえ」
とだけ言いなさい”(マタイ5:37)

「ノーを言うこと」について学ぶ。
聖書ではっきり、「いいえ」は「いいえ」と
言いなさいと、言明されている。

Aさん「自分は思い違いをしていて、大きな
罪は“ノー”だけど、信仰生活すべて“イエ
ス”だと。日常生活で、ノーが言えない。自分
がよく見られたいというのが強くあるからだと
思う。ノーが言えないから、強いられて、嫌々
していて、相手に対して怒りと恨みがたまる。
自分の気持ちがきちんと言えないからだ。

周囲の人にAさんは自分の気持ちが無いと
言われた。言えずに来たから、自分で自分の
本当の気持ちがわからなくなっている。

それがここ数年教えられて、少しづつ少しづつ
ながら、はっきりノーを言うようにして来た。
又、自分の意志や気持ちを言うようになった」

Bさん「きっちりノーを言わないといけないと
すごく示される。自分は嫌なのに、嫌だと言え
なかった事を通して、教えられた。相手との関
わりや、今後の事を思うと、ノーが言えない。
それはよくないと御霊様に示され、自分が意志
表示しない限り、相手にはわからない。きちんと
ノーを言う事、ものすごく大切だ」

Cさん「その事を学んでから、職場で実行した。
今まで言えなかった。言えば、相手が怒るし、
ギクシャクしてしまう。仕事がやりずらくなるの
ではとの思いで、言えなかった。
でも、それはみこころでないとわかり、自分の
立場として、きちんと言わなければならない事
を言い始めた。自分は平安が与えられていて
神様が導かれる、新しい秩序が生まれて来て
いる。職場も自分が従うなら、神様が導かれる
事を教えられた」

「ノーって言われるのは誰でも好きでないから、
後でまた悶々とするのがしんどいですよねえ」

ノーを言うのは、すごいエレルギーが要るけど
御霊様に助けられて、従って行けるように。

by 多恵子