2006年04月06日(木) 「すべての道に神様が」
4月になり、教会のそれぞれのジュニア達も 進学、入学の新しい歩みが始まった。 Aちゃんは高校受験、勉強しないではなく、 勉強するんだけど、それが全然成績につなが らない。一生懸命するが、点にすぐつながらな くてガックリする。それぞれタイプがあるようだ。 家庭教師もついて、懸命に追い込み。 最終テストも、思うような結果が出なかった。 でも、一生懸命頑張った。 すべり止め私立の前に、公立の推薦入試。 ギリギリまで点数に出ず、点数ではとても通り そうにないと。ところが、何と推薦で合格!! 点数に出なかったが、実力がついてたんだ! 神様はすべてご存じと思わされた合格だった。 感謝!! B君もC君も希望校に合格。GちゃんもHちゃんも 合格感謝。桜咲いて、新入生だ。 次男も、この春から隣県に就職。 様々な思いと主の取り扱いの中で、みこころの先 が定められて感謝。 本当にご自身のご計画を持っておられる主。 「わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、 わたしの道は、あなたがたの道と異なるからだ。 わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、 わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い」 イザヤ55:8 本当に人の思いと神の思いは違う。神はご自身 の思いを持っておられる。 しかし、「まことに、あなたは喜びをもって出て行き、 安らかに導かれて行く。山と丘は、あなたがたの前 で喜びの歌声を上げ・・」55:12 神の備えた道、御心の道は、喜びもって歩めること が感謝。 これから先も、どんなに大きな祝福が用意されて いるか楽しみだ。 神様がおられるって、本当に嬉しい、心満ちる事だ。 何があろうと、どんな事があろうと、その中に神様を 見て行ける。神様の愛をしっかり感じ取りながら、 すべての出来事に、1日1日に、神様を認めて 行けるとは、何という幸せだろう。 神様を思う時、心が喜びで一杯になる。 by多恵子
2006年04月04日(火) 「主のくびき」
先日、自閉症のお子さんを持つAご夫妻を お訪ねした。 いろんな症状があり、知らない人に会うと パニックになる、物事に強いこだわりを持つ、 睡眠障害、言葉がなかなか出ない、違う部屋 でテレビを見ていて、リモコン操作を必ず親 を呼びに来て、してもらう、それが自分で出 来ない。 何度も呼ばれ、食事時でも、座ると立ち、座 ると立ちでひざを痛めてしまわれた。 これからも千差万別で、個々により全く違い、 どうなって行くかもわからない。発達して行 くのか、このままなのか、将来がどうなって 行くのか未知の世界。 様々な大きな問題を抱えておられるが、交わ っていると平安が漂って来る。その当たりが 明るくて、大変な重い事態を抱えておられる のに、春の日だまりのように、温もってて軽 やかだ。 「神様を知ってるから」「神様がおられるから」 会話の中で、しょっ中出て来る言葉だった。 「わたしは心優しく、へりくだっているから、 あなたがたもわたしのくびきを負って、わた しから学びなさい。そうすれば、たましいに 安らぎが来ます。わたしのくびきは負いやす く、わたしの荷は軽いからです」 マタイ11:29 自閉症の子供が伸びて行くかどうかは、親がまず 受け入れられるかどうかにかかっていると。 親が受け入れると、子供が安心して、自分を 生きて行ける。 Aさんご夫妻はしっかり受け入れておられる んだなあと、本当に恵まれた。 イエス様のくびきを負う時、たましいに安らぎ が来て、そのくびきは心地良い、安らかで 軽い、と言われる。 Aさんご夫妻を見て、イエス様のくびきを しっかり負っておられるところから来る平安 なのだなあと感じた。 本当に恵まれて、心温められて帰った。 Aさんご一家に豊かな神様の守りと祝福が ありますように。 by 多恵子
2006年04月03日(月) 「心はゆるぎません」
「神よ。私の心はゆるぎません。私の心はゆるぎません」 詩篇57:7 この御言葉、感謝だと話していたら、Aさん「心がしょっ中 揺らぐんですよ。揺らぎに揺らぎまくる」(笑) 所用が重なって、しばらく教会へ来れないと、世の価値観に ドバッーと、襲われ、おおわれ、足下ぐらつき、どっちがど うなんだかわからなくなる(笑) 価値観と思いに入って来るから、そこが揺らぐと、ガタガタ と全部が揺れ、不安定この上ない。 職場でも話そうものなら、夫婦一つとっても、この世では もう家庭内別居状態。互いに関心は自分の好きな事。主人 と旅行へなど行かない。面白くもなんとも無いと。同性の 友達同士で行く方が楽しいと。 熟年になると、どんどん夫婦が離れて行く。それでなくて も今まで培われて来ていない関係が、土台も無く、子供も 手を離れて、ますます双方で自分勝手に歩む。 「でも、私は聖書で学んだ、夫婦の価値観が素晴らしいと 思う。それで、うちはとても仲良くやっている、夫と歩調 を合わせてる、二人でいるのが楽しい、旅行なんて絶対夫 婦で行く・・などと言おうものなら、あんたおかしいんじゃ ないの、との冷ややかな視線を浴びるんですよお。」(笑) 「ちょっとひるむけれど、でも、いいやと日頃思っている 事を言うと、すると、『私も主人と旅行しようかな』『今 度夫婦で旅行したい』『夫婦仲が良いって、やっぱりいい よねえ』としみじみと言う人々が出て来て、聞く人は聞い てるんだなと。 状況に心揺るがさないで、御言葉に立って、歩む事の大切 さを教えられます」 「まず自分の損得や、自分を守る、自己主張、この世の価 値観に囲まれていると、微妙に影響を受けてしまうが、心 揺るがず、御言葉に立ちたいです」 揺らいでいる時に、御霊様によって気づけるように。 御言葉に立てるように。 by 多恵子
2006年04月01日(土) 「財布をなくした」
子供が財布が無いという。 家の中、捜しに捜し回るが、無い。幾ら捜 しても無く、これ以上捜す所が無い状態。 外回りも捜し、一応、交番にも落とし物届 けを出す。 カードも全部止めて、足が無いとどうにも ならないので、翌日朝に免許再交付に行く。 最初は、神様見つかりますように。この事 を通して、主を知れますように、と祈る。 なかなか見つからず、「主は与え、主は取ら れる」のかなと思う。取られても、「主の御 名はほむべきかな」なのかなと。 数日前には「あなたがこうしてくださったの ですから」の御言葉も来て、主は取られたけ れど、何かの益になる、取られても、賛美し 感謝できることは感謝だなと思っていた。 そして、免許証の再交付を済ませた日の夕方、 家のポストに、何と財布が入っていた!! びっくり!!良い方に拾われて、届けて下さ ったよう。メモもなく無名のまま。有難う!! うわっ神様だ!!心に喜びが一杯になり、そ の方の善意にも、心がポカポカとあったかく なった。しばらく暖かさが続いた。 無くても良いやと思っていたところ、突然の みわざだった。みこころが成るんだと教えら れた。 戻るも、戻らないもみこころで、みこころの 通りになるんだと。私も4回盗られたり落と したりしたが、一度も返って来なかった。 今回は「主は与え、主は取られ、また与えら れて、主の御名はほむべきかな」だった。 主を知れるようにとの祈りの答えは、@返って 来なくても、主が取られたならいいやと心す っきりできたこと。 A神の御心がすべてを支配している事。返って 来て喜んだが、返って来ても来なくても感謝 である事。 Bそれは神様がおられるからであり、結果が どうでも、神様に愛されている事をしみじみと 感じ、それが一番感謝であったかな。 by多恵子