2006年08月29日(火)
  「神にあって一つ」

Aちゃんが、今までの教会の思い出で、

「その中でも一番!は教会の何かのイベ
ントごとに行われる持ちより食事会&交
わり会です。
こんなに年齢も性別も趣味も何もかも違
うのにこんなに一つになって盛り上がる
んだろうと毎回感じつつ、これが「教会」
なんだな〜と教えられます。イエス様中心
だからだと。」

会堂建設時に、余り小さな部屋を多く作ら
ず、必要最低限にして、大きなフェロー
シップルームを作って、そこに年齢関係
なく、なるべく皆で、交われるようにしよ
うと。

年齢様々な人々が、一つ所にいるので、皆
で交われて感謝。
イースターと教会のバースデイとクリスマス
は、全員での食事交わり。
イースターは見晴らしの良い山頂へ行って、
食事を一緒にする。桜が咲いてたらラッキー。

会堂でする時は、ゲームや各グループでの
出し物で、大変盛り上がる。わいわいがや
がやと、笑いに笑い、お腹抱えて大笑いだ。
会堂が笑いのうずとなる。

背景も性格も、環境も、年齢も、何もかも
違う人々が、イエス様にあって一つとなれ
るのが本当に不思議で、血潮にあって一つ
なんだろうな。
また、何もかも違うのに、楽しいのが不思議。
まさに、神様の祝福だ。

「見よ。兄弟たちが一つになって共に住む
ことは、なんというしあわせ、なんという
楽しさであろう」詩篇133:1

by多恵子


2006年08月25日(金)
  「救いは突然に来る」

Aさんの知り合いに突然の救いが与えられた
事を聞いた。

救いって、前日まで全くその気配無しなのに
突然やって来る。不思議で神様のわざだ。

親の救いのために、38年間祈り続けて来たが、
父の救いは、ある日突然だった。その前日まで
全く心開かれておらず、神を拒んでいた。
まだまだ時間がかかると、思っていたら、その
翌日、突然明確な救いが来た。

息子が、父には孫だが、翌日の入院を控え、「
おじいちゃん、祈ってるね」と言うと「お願い
するわなあ」との答え。息子は「あれ?」と思
い、ずっと心が固かったのに感触が違う。

それで福音を語ると、「信じれたらいいなあ」
と言った。心が変えられて、柔らかい。
そこで、ぐっと押して、これは意志による選択
だと説明した。神が今、目の前に差しだしてお
られる救いを、自分が受け入れるか、拒むかの
選択をするのだと。

すると「信じる」と言った。父は癌が発覚し、
手術を眼前にした時、死に向き合ったのだと
思う。死に向き合った時、自分の弱さを認め
たのだと。
前日まで全くのノーだったのが、突然でもう
神のみわざを見た。

母も同じように、はっきり信じるのに、自分
はまだまだ時間がかかると言い続けていた。
それが、突然、やはり孫娘が話した時に、
信じる意志表示をした。

祖母もそうだった。孫の言う事と、はいはいと
喜んで教会へも一緒に行ってくれるが、全く
ぬかに釘、はいはいと聞くが、通り抜けて行く。
心は固かった。

しかし、雑談をしていたある日突然、心が開か
れた。突然だった。固い心が、その時変わり、
柔らかく素直になり、福音に耳を傾けた。信じる
と言い、丁度翌日の特別伝道集会に、自ら招き
に前に出た。

これらの突然の心の変化は、何なのだろう。奇跡
としたいいようが無い。神様の愛、憐れみ、慈し
みだ。
ある日突然、心が変えられ救いが来る。神に不可
能がない事を思う時、どんなに心固くても、いつ
でも「希望」がある。

by多恵子



2006年08月24日(木)
  「たましいを生き返らせ」

Cさん「このところ、忙しくて、毎日が目まぐる
しく過ぎて、バタバタバタバタしていた。親族が
入院したり、周囲が体調崩したりで、手伝いに行
ったり、又自分自身も遠出をしたり、どおっと過
ぎていた。

昨日やっと一人の時間が持てて、(このところ全く
持てなかった)ホオッとした。教会の記念誌のアン
ケートを頼まれていて、早くしなくちゃと気になっ
ていた。それで、とにかく書こうとすると、御言葉
とか出てくるので、聖書を開いた。
久し振りに聖書を開き、御言葉を読んだ。心がすご
く落ち着いた。流されていた事に気づけた。

聖書を読んでいない自分に気づけた。人のお世話
をしながらも、第一の事を第一にしていない。
一番大事なことが後回しになっている。
人のためにと思いつつ、マルタのようになっている。
神様と交わるために時間を取ることを、教えられた」

Fさん「私もマルタと同じ。仕事や家事やら子供の
事やら忙しくて、イライライライラしている。怒り
が出て来る。自分の中のドロドロした罪が生活の
中に、湧いて来る。
でも、神様と交わると、感謝が心から湧いて来る。
状況全く同じなのに、感謝ができて、心に平安
がある。神様との交わりで支えられると、つくづ
く感じる。」

霊をもっていて、霊で生きているから、やっぱり
御霊によって息吹き返す。御霊との交わりがなけ
れば、身体は生きていても、霊が生き生きと生き
る事ができない。
神様との交わりは本当に力だ。

「主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほと
りに伴われます。
主はわたしのたましいを生き返らせ・・」詩篇23


by多恵子

2006年08月23日(水)
  「悪戦苦闘」

Aさん、子供の懇談会で、自分が頼りなげに見
えたのか、「お母さん大丈夫ですか」と言われ、

本当は大丈夫でなく、「大丈夫じゃありません」
と素直に言えばいいのに、心の中で「私は大丈
夫!」と突っ張ってしまった。

子供が夏休みの宿題帳をなくしてしまい、もう
何10時間、捜しに捜した。何度も何度も、捜し
回った。しかし、無い。
その発売元に電話した。すると学校へは販売す
るが個人には出来ないとの事。

又、捜す。が、無い。子供を遊びに連れて行って
やり、子供はもう大喜び。楽しい嬉しい1日を過
ごし、平安で幸せ一杯に帰宅。母子で心が喜びと
潤いで満ちていた。しかし、現実に引き戻され、
子供にも捜させると、どうしても無くて、二人で
暗〜くなって、落ち込んでその日が終わった。

せっかくの楽しかるべき1日を、つぶしてしまった。
とうとうギブアップして、学校に電話した。
すると、購入してあげますよ。もっと早く言って
もらえれば良かったのに、と言われた。

「大丈夫ですか」に端を発した、自分のプライド
をまざまざと見せられた。プライドゆえ、へりく
だる事ができず、言えなかったのだ。子供まで
巻き込んで、10日間もすったもんだの悪戦苦闘。
何10時間の、骨折り損のくたびれ儲けだった。

神様がプライドを砕かれた事が、よーくわかった。
へりくだる事を学ばされ、感謝だった。
全然大丈夫でない自分を思い知らされた。
それだからこそ、神様に頼れる。突っ張った大丈
夫な自分は、決して頼らない。感謝だった。

Bさんと「うん、認めたくない自分、わかる。
わかる」(笑)

by多恵子





2006年08月22日(火)
  「一つ一つに目的が」

近隣のいざこざが、なかなかあるようで共に
祈る。
Aさん、理不尽な対応が様々あるようで、心
痛め、消耗し、祈り続けている。

以前、Bさんが隣の方が、後でわかれば病気
であったのだが、誹謗中傷されて、まいって
しまった。
ある事、ない事を言われる。最初わけがわか
らず、混乱して、思い煩って落ち込んだ。

それも、事実無根の様々を、近隣に言いふら
されて、近所の人から耳に入って来て、ショ
ックで、気が動てん。自分に悪い思いを持た
れているのか、攻撃的で、対応に苦慮。

祈りに祈りながら、悩んで、神様にこの事を
委ねた。すると、自分の側の心が変えられて、
もう事実無根の中傷をされても、自分はそう
ではないので、真っ直ぐに立っておれた。

どうしてこんな辛い苦しい事がと思い、祈っ
ていた時、自分への神様からの取り扱いと
わかった。
昔から、人一倍、人の事が気になって仕方が
ない。人にどう思われているか、人の評価、
人の思い、人からの言葉、それが自分の弱さ
だった。人に依存しているという事だ。

その弱さがわかっても、それを自分で直そう
としても、どうも出来ず、どうにもならない。
そこの部分を神様がガーンと取り扱われた。

近所に有る事、無い事、言い広められる事を
通して、自分がもう砕かれて、もういいと思
えて、この事を通して初めて、人が何を言お
うが、どうしようが気にならなくなった。
全く気にならなくなった。自分が変えられた。
そのための試練であり、通らなければならな
い苦しみであった。

神様が教えて下さりたい事がわかって、すっき
りした。感謝に変わった。すると、隣の人が入
院された。数年後帰宅されたが、それからはそ
ういう事は無くなった。
神様の取り扱いに心から感謝した。

日常に様々な事が起こるが、一つ一つが神様
から来ており、意図と目的を持っておられる。

by多恵子

2006年08月20日(日)
  「弱さは痛い」

「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、
わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである」
Uコリント12:9

からメッセージがあった。強いことが良いこと、弱い
ことは恥ずかしいことの、培われた価値観、この世の
価値観があるが、神の世界は正反対。

強さではなく、弱さの中に神の力が働く。この世では
強くなければやって行けない。就職試験で、あれでき
ない、これもできないと言えば、不合格間違い無しだ。

この世は能力あることが良いこと、強いことが良い事、
出来る事が良い事の世界だ。
培われた価値観があるから、自らの弱さを認めるには
勇気がいる。なかなか認められない。認めてしまった
ら、自分が否定されるように感じる。自分がくずおれ
て、自分が無くなってしまうように感じる。

弱いのに、できないのに、弱さが認められない。
それは、放蕩息子がヨレヨレのボロボロで、父のもと
に帰るが、「何の問題もありません。ただ少し食料を
下さい」と言うようなものだと。
愚かでこっけいだが、突っ張って、プライドでどこま
でも弱さを認めない姿だ。

しかし、弱い事は良いこと、そこに神の力が現れる。
弱いことはむしろプラスのこと、弱ければ弱いほど
神様を知れ、神の栄光が現れるのだから。

Aちゃんが、進路がずっと不安で、自信がなくて、自
分には出来ないと落ち込んだりしていたが、弱さの中
に恵みは十分、神様の力が現れるんだと聞けて、平安
になりましたと。

弱さを認めたくないプライドがいつも一番の問題だ。
救いがあるし、解放があることがよくわかってるのに、
認めたくない自分、自分を握って離さない自分が問題
ですとBさん。
痛いし、へりくだらされる。でも、そこに主の大いな
る祝福が臨む。

by多恵子



2006年08月19日(土)
  「祈りが・・」

デボーションの話題で話があれこれ盛り上がる。

Aさん「途中で祈りが消える」「考え事になるんだ?」
「そう気がつくと祈ってたのに、考えてしまって
祈りが飛んでる」(笑)
Bさん「私、この間、祈ってたら、急に腹の立つこと
が思い出されて、祈ってたのに、ムカムカ腹が
立ってきて」(笑)

「サタンが来てるんじゃ。祈りを取ってる。祈りを
取る名人」
Cさん「私も一緒。祈り始めたり、聖書を読み始め
ると眠くなるんですよお。眠くてたまらなくなって、
居眠りしてる。でもいつもそう。デボーションしない
まま1日始まると、もうバタバタバタバタして、流さ
れてしまって1日終わる。」

Dさん「でもね、私は最初デボーションて、きちんと
座って、聖書開いてと何となく思ってて、そうでない
とと。でも、仕事してて、すごく忙しくて、それだと
もう持てなくなって、でも、形を整えなくても、どん
な時でも祈ればよいと教えてもらって、すごく救われ
たんです。
仕事の移動中祈ったり、頭を使わない雑用の時は祈っ
たり、家事しながら、歩きながら祈るんですよ。
すると、心に喜びが来て、すごく神様を近く感じる。

仕事で、交渉とかあるんですが、いつも不安と恐れ
があって、その時は行く途中ずうっと心の中で祈っ
て行くんです。すると、実際の話し合いになると、
ものすごく平安になって、渡り合えるんですよ。
神様の力だと感謝で。」

Dさん「朝、ほんの少しの時間だけど、神様と交わる
んです。神様意識して1日始めれて、職場でも、パニ
くると、神様飛ぶんですが、でも、ふっと又、神様に
帰れて、心の中で、祈りながら対人関係、対応すると
ほんとに働いて下さって、相手の心に届いたりする。
相手の心が変えられたりして、あ、神様だ、と。」

Eさん「さあ、祈るぞ!と思った途端、サタンて来
てるんですよね。突然否定的な思いが次から次と起
きて来て、思い煩いが来て、不安が来て、考え込ん
でしまって、祈れない。数時間たってから、あ!
サタンにやられたんだ!と」(笑)

祈る途端、考え事、不安材料、思い煩い、腹立たし
い事柄、今日の予定、しなければならない事、様々
持ってくる。サタンだ。
霊の戦いであることを、わきまえて、サタンに立ち
向かわなくては。

by多恵子

2006年08月16日(水)
  「書き切れない祈りの答え」

25周年を機に、昔の記録を掘り起こして、まとめて
保存しようと、皆で。掘り起こし作業を続けている。
昔のファイルから、写真や印刷物の資料をすべて
スキャナで取り、保存。

21年前まで印刷物はすべて謄写版。手書きで、ガリ
切りをして、1枚1枚ローラーでインクをつけて手動
で刷る。
チラシも昔はそうやって作っていた。懐かしい。以降
ワープロ導入。

一つ一つの記録を見ていたら、数え切れない祈りの答
えが散りばめられている。驚くほどだ。

母教会から独立後、毎月必ず赤字で、そのための特別
献金を繰り返した。

記録を見ていたAさん「すごいですよ!不足分に100
数10円多い目、200数10円多い目、こんなのばかりで
すよ!赤字献金がずらっ〜と満たされてますよ!

車のための100万台の献金も満たさてます!
パソコンのための60万の献金も満たされてる!
再度、2台目の車の献金も満たされてる!

教会学校の子供達がどんどん来てますよ。
チラシ配ると、20人、25人、19人、23人・・配る
度に新しい子供達が来てる!

教会学校のイベントが次々、祝福されました、
祝福されました、祈りが答えられました、と
なってますよ!

特伝に祈った人数を越えて、新しい人が来てる!
あっちの地区集会にも、こっちの地区集会にも!

もう山のような祈りの答え。こんなにも祝福して
下さってるんだ。
開拓伝道始まって以来、ずうっと主のまなざしの
中で、主の溢れる愛に抱かれて来たんだと、改め
て覚えることが出来て、感謝で一杯!!

「まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみ
と恵みとが、私を追って来るでしょう。私はいつ
までも、主の家に住まいましょう」詩篇23:6

by多恵子





2006年08月13日(日)
  「永遠の腕が下に」

遠方の主にあるAさんから便り。

離婚を通った姉妹だ。岩国からアメリカ転勤になり、
アメリカの教会の日本人集会で婦人達を導いた。
アメリカでは、離婚寸前や離婚した人々や、夫の暴力
や虐待、想像を絶する苦しみにある人々ばかりだった。

余りの姉妹達の苦悩を前に、Aさん「苦しみがわかっ
てあげられない。自分も姉妹達の気持ちをわからせて下
さい、試練を下さい」と祈ったと。

ご主人の不貞で離婚になった時、ワーワー大泣きで「あ
の時祈ったから、神様に感謝できる。姉妹達の気持ちが
今わかる。彼女達がどんな思いだったか」と電話口で泣
きじゃくった。何と言ったらいいのか。

Aさんすごいなあ。祈ったからというより、神様はこう
なる事をすでにご存じだったから、あの祈りを予め与え
て下さったんだよね。

離婚が決まった日々、何もできず、朝ベッドに起きて、
ひと息吸うのがやっと、何の気力も無かった。

しかし、主が少しづつ少しづつ力を与えて下さり、時間
をかけながら、心を癒して行って下さった。
保育士の仕事をしつつ、子供を育てた。その仕事は子供
達に神様のことを自由に語れ、祈って上げることもできる。
祝福と喜びが与えられた。

そんな中、将来の事を祈る祈りの中で、心にしっくり
来る平安のあるライフワークが導かれた。老人介護だ
った。今、その資格取得のため勉強中だ。

学校へ行きながら、生計のために複数のバイトをしな
がら、ある時は朝3時からの新聞配達をしながら、
主の御手に支えられて、喜びと平安の生活が与えられ
ている。主がおられる限り、どんな状況でも生きて
行ける。

「その人は倒れてもまっさかさまに倒されはしない。
主がその手をささえておられるからだ」詩篇37:24

子供が高校卒業後、神学校へ行く決心をしたそうだ。

by多恵子

2006年08月12日(土)
  「よみがえりの主」

今は、会堂でイースター礼拝をして、その後、
近くの見晴らしの良い山の山頂へ行き食事交
わりをしている。

ずっと以前、まだ人が多くない頃は、朝6時
に集合。山へ行き、早天礼拝をした。(電車
が無いので、3時起き4時出で遠方まで迎え
に行った事も)
朝のまだ膚寒い、ひんやりした空気の中で、
身が引き締まりながら、よみがえりの主を覚
える格別のひと時であった。

礼拝後、会堂に戻り暖かい朝食を共にした。
ほっとし、御言葉の恵みで心が満たされた後、
和やかな楽しい交わり、霊肉共に恵まれた。

遠方からの人が増え、人数も増えて、6時集
合は無理になり、早天から野外イースター礼
拝へと移行して行った。通常の礼拝時刻に、
お弁当持参で集合。
礼拝後、その年のイースターの日時の加減で、
あわよくば満開の桜の下でのバイキング宴会
となった。

これは桜の季節とあいまってか、ご高齢の方
にイースターではなく、「教会のお花見」と
いうことで定着していた。

個人的には、よみがえりの主に、献身した時
に出会った。
「ここにはおられません。前から言っておら
れたように、よみがえられたからです」
「すると、イエスが彼女たちに出会って、『
おはよう』と言われた」マタイ28:8

絶対に生涯を献げるのは無理、不可能、自分
のプランがある。絶対に出来ないと抗し続け
ていた。
しかし、母教会の宣教師が祈りに祈り続けて
くれていた。

生涯献げる事など出来ないし、かと言って、
世の虚しさは嫌というほど知っている。世に
帰る事は絶対に出来ない。

進む事も退く事も出来ず、完全中途半端。
平安もなく、喜びもなく、世は虚しいが、それ
はよくわかるが、かと言って、神の素晴らしさも
ほとんどよくわからない。

こんな歩みに、とうとう行き詰まり、追い詰められ
て、献身の決心をした。
その時に、初めて神様ご自身に出会った気がし
た。心が満ち満ちて喜びが溢れた。

献身後、聖書を読んでいたある日、よみがえり
の箇所を読んでいて、まさに目の前によみがえり
のイエス様が現れたようだった。心が隅々まで完
全に満たされたのであった。喜びが満ち溢れた。
まさによみがえりの主に出会った。

by多恵子


2006年08月11日(金)
  「面白い光景」

礼拝中の子供の託児も場所が無かった。

最初は2階の牧師住居をナースリーに
使っていたが、牧師子供達が大きくな
るにつれ、物の置き場もなく、住居自
体が狭くなり、ナースリー使用は不可
能に。
場所が無く、天気の日はあちこちの公園
や小学校で、雨天時は大型店舗の子供の
広場や、図書館や、ドライブをしたり、
場所に苦労した。

教会員で家が近くの方々が自宅を開放し
てしてくれた事も。しかし、子供達は親
が礼拝の間中、元気に、楽しそうに飛び
跳ねて遊んでいた。子供達にとっては、
楽しいひと時だったよう。

後に二世達が大きくなって、このナース
リーの時間がとにかく楽しかったと、皆
が言うので、神様はこんな不具合な中で
も、豊かに祝福して下さっていたことが
感謝。

会堂に人々が入り切れなくなって来た。
送れて来るともう満員。入れなくて、会堂
前に車を止めて、車の中でカーラジオから
周波数を合わせてメッセージを聞いた。何
台も車が並んだ。

車から出て、玄関をガラガラと開けて入り、
招きに出て来た人々が・・。
何ともユニークな忘れられない光景だ。
玄関に新聞紙を敷いて、座り礼拝していた
人々も・・。

台所の流しなど、今のステンレスシンクな
どでなく、昭和初期のタイルの流し。調理
するスペースも全くなく、流しの隅に小さ
なまな板を斜めにかけて使う。

まだ開拓中の教会の方々が、会堂を見て、
びっくりし、涙を流され、献金して下さっ
た。いや、そちらが開拓中で、こちらが献
げないといけないんですが・・。??

その方々が「うちの会堂がどんなに恵まれ
ているか、わかりました」と。
いろんな面で用いられた会堂であった。
by多恵子

2006年08月10日(木)
  「会堂物語」

ネズミに悩まされ続けた会堂だった。薬や
ネズミ取りカゴやネズミの嫌う周波数何と
か、何を試してもだめ。
最終的に「みかん」が会堂をネズミから救
ってくれた。(みかんとは可愛い猫)
みかんが来るや、バッタリネズミが消えた。
しかし、みかんは、車にひかれ死んでしま
い何と悲しかった事か。

おやつや食料は、常に食べられ、知らぬ前
に消滅・・ある時、ポテチが袋の真ん中きれ
いに穴が開き、食べられていた。しかし、
青年達は事も無げに、そのポテチを交わり
のテーブルの真ん中に置いて、笑顔で食べ
ていた・・。一瞬ホラー映画かと目を疑った。

教師会で祈りの最中に、突然、Aさんが「
うわ〜〜!!」とその場から飛び退いた。
??と祈りを中断し、目を開けると、ネズ
ミがAさんの足に触れたのであった。クリ
スマスに向けて、以前制作した指人形を、
暗い中で捜していた。
Aさんが突然「ギャア〜〜」と叫んだ。何か
い?と、皆、振り返った。何と!兄が手に握
ったのは、ねずみのはくせいであった・・。

戦前からの老朽化した古い建物で、あちこち
に隙間があり、ねずみも自由自在に大きな顔
で共存した。
ごきぶり、なめくじ、蟻・・とすべて共存の庶
民的会堂であった。

会堂から察せられるように、とにかく「アット
ホーム」な交わりだった。今にも崩れそうな
会堂だったが、和気あいあいの楽しい交わりが
与えられていた。

大型台風が来た時には、崩れるのではと、皆が
真剣に心配し、近隣は看板が落ち、瓦が飛び、
塀が倒れ、信号機は曲がり、被害が出たのに、
ぼろ会堂は全く何の被害も無し。

皆が真面目に真剣に神様に感謝の祈りを献げた。
「ほんとに守られてる!神様だ!」と皆が
驚いた。

by多恵子

2006年08月09日(水)
  「続・真実な交わり」

一緒に神様の取り扱いを見たFさん。

出産のため、ご主人をアメリカに残して、
帰国。帰国した途端、ご主人から離婚要請。
晴天のへきれきで、何が何だかわけがわから
ない。
何度も何度も電話で話す。しかし、ご主人
は「もう疲れた」と意志は固い。

初めて神を知り、神の愛を知ったFさん、
いかに放縦に来たか思い知らされた。
わがまま放題、思いの丈を主人にぶつけて
いたと。
自分のビジョンのため昼は学校で学び、家族
の生計のため夜に働き、夜遅く、それはもう
クタクタになって帰宅する主人。

しかし、自分は小さな子供を抱えて異国の地
で知った人もなく、1日中家の中。孤独と寂
しさと育児のストレス、もうおかしくなりそう
で、いつも帰宅した主人に爆発させていた。
当たって当たって何もかもをぶつけていた。

毎日毎日、修羅場だった。自分の事でいっぱい
で主人の側のことなど考える事も出来なかった。
毎晩の愚痴、不平不満、鬱積、主人への攻撃に、
妻に当たることは出来ないので、思いきり柱に
力一杯パンチしていた。

離婚の言葉に、今までの自らの自己中心の姿が
走馬燈のように浮かんだ。自分の事しか無かった。
相手の事など全く考えていなかった。愕然とした。
心から神様の前に悔い改めた。砕かれた。主人に
も謝罪した。
もう一度だけチャンスを欲しいと頼んだ。しかし、
主人の心は変わらなかった。

こんな苦しみと辛さの中での出産。ただただ皆で
見守った。しかし、神様はFさんを守られた。無事
出産し、何とか事態を受け止めていた。心労ゆえ
お乳は全く出なかった。

神様に真に出会った人の、真実、誠実、潔さをA
さんに見た。神様に自分にしっかり向き合った。
辛くて苦しくて、胸も張り裂けそうな中、神の御
手が彼女を守られた。真に神によってFさんは立
っていた。

ほんとに生きて働かれる神様を見た。神様に拠りす
がり、神様だけを頼みとしたFさん。
「もし、離婚になっても、人生の途上でこの神様を
知れた事が本当に良かった。自分の自己中心な姿を
知れたこと、神様の愛を知れたこと、愛がどんなも
のか知れたこと、本当に感謝している」

Fさんの心の真実を見た。心と心が触れ合った。

以後、事態は展開して行くが、最終的に夫婦が建て
直された!奇跡が起こった。神が祈りに答えて、み
わざをして下さった。やり直せるようにして下さっ
た。祈りが聞かれた!

by多恵子


2006年08月08日(火)
  「真実な交わり」

前回からの続き。
「集会で話した事、交わりで言った事、すべて伝えてもらって
全く構わない。神様のことはいいんだ」と言ったAさん。

そのAさんの「妬み事件」は有名(笑)
Aさんは、昔からの10数年来の親友Bさんがいる。そのB
さんがいつも輪の中で、目立って注目と話題を独占してし
まう。皆の目が必ず自分ではなく、Bさんに行く。
才能豊かで、皆を引きつけるBさんが羨ましくてならず、それ
がいつしか妬みになっていた。妬ましくてならなかった。

表には決して出さないので、普通通りに付き合っていた。
双方、渡米した際は、互いに遠距離で会うこともなく、
適当な関係が保たれていた。

それが、どちらの家庭も、同じ頃に岩国転勤になった。
同じ教会で、教会生活をする事になる。Bさんは大喜び。
Aさんは、考えるだけで苦しくて、苦しくてたまらない。
ずっと悶々状態。
とうとう、日本人集会で、心の内を打ち明け祈りの要請を
した。Bさんは、Aさんが妬みでそんなに苦しんでいる事など
全く知らなかった。

「だって、A子は全然そんな事、おくびにも出さないんだもの。
全く表情にも出ないんだよ。私は、A子が全然妬みの対象
にならない。大好きで、お願いだから私を捨てないで(笑)
の心境だった」

Aさんはとうとう苦しみが限界に達して、ある日、Bさんに
きちんと告白して謝るから祈って欲しいと、言って来た。

Aさんの神様に導かれた決心に、皆で祝福と良い結果
を祈りに祈った。

Aさんは打ち明け、謝罪した。Bさん「びっくりしたけど、
全然嫌な気持ちは無かったよ。祈って祈ってA子は言っ
てくれたんだなと、すごく祈りを感じた。こんなに苦しんで
たんだなあと、むしろA子を思い、心痛かったよ。」
その謝罪を神様は祝福して下さった。

Aさん「Bさんには何でも言える、心の底のこともすべて
言える、100%話せる」
それって、すごいことじゃわ。ほんと親友だ。神様が祝福
して下さったんだ。

でも、AさんもBさんも素晴らしい。AさんはBさんと持ち
味が全く違う。バラと百合が比較できないように、どちら
も全く違うから比較が出来ない。

二つのものを一つにして下さった、素晴らしい証しだ。
by 多恵子


2006年08月07日(月)
  「御霊による交わり」

岩国集会は、大変な試練の姉妹方ばかりが
集まっていた。広島ー岩国は距離があり、
行き来もなかなか出来ない。

そこで、機関紙を出した。岩国の様子を広島
に、広島の様子を岩国の人々が、互いに知れ
るようにと。

厳しい試練の中で、多くの主の奇跡を経験した。
それらを書く時に、余り抽象的では全然祝福が
伝わらないし、プライバシーを何もかもという
わけにも行かないし、最初の頃はいつも電話で
聞いていた。

Cさんにあの事やこの事、伝えて良いのか、す
るとある時、「もういちいち聞くな。私が言っ
た事、全部、100%全く構わない。いいんだ。
それが神様のために使われるなら、むしろ感謝だ」
他の姉妹達も全然構わないと言う。もうびっくり!

Aさんは「私、こんなんでなかった。今まで学
生の時も、職場でも、人に本音など一度も言っ
た事が無い。家庭の事など、絶対にどんなに親し
い友人さえ、誰にも言えなかった。それが心の底
にある事、何もかも言えるから不思議だ。

教会に来始めた時、連絡で教会のBさんが電話を
くれた。初対面だった。初対面のBさんがその
電話で、自分の事を赤裸々に話し出して、もうび
っくり!!こんな悩みがあって、今こんな試練が
あってと。

途中でほんとにさえぎって聞いた。『ちょっと待
って!そんな事、私が聞いていいの?』
すると、Bさんが不思議そうな声で「え?何で?
教会って、何を言ってもいいんだよ」と言った。

その後、教会で、今まで誰にも一度も言った事の
無い自分の過去や家の事や、気持ちが自然に言え
た。すごい事を言っても、皆が驚きもせず、誰も
変にも思ってないのがわかった。
それで、自分の内側が言えるようになった。」

自分達では全くなく、御霊が与えられた交わりで
あった。
by 多恵子

2006年08月06日(日)
  「以前は・・」

以前の会堂は、一軒家を借りて、一階が礼拝に、二階
が牧師住居だった。一階の集会所は、17坪のワンフ
ロアーのため、35人ほどで満員。
当時は、入り切れず、遅れると会堂外で、カーラジオ
の周波数を合わせて、説教を聞く人々の車が並んだ。

その人々が、突然ガラガラと玄関を開けて入り、招き
に出るという面白い光景も。特別集会時には満員で、
玄関に新聞紙を敷いて座っていた人も。

礼拝後は凄まじかった。台所近辺では愛さん用意、エ
レクトーンのそばでは賛美練習、隅の方で新来者に福
音が語られ、ナースリーから戻った子供達が走り回り、
騒音を物ともせず、祈る人々も・・。

こそっと人知れずしたい相談などは、もう外でといっ
た具合い。「学びの最中に、愛さん準備中の、塩は?
しゃもじは?を聞くと、『そこっ!!』と言ってしまう
のがコワいよね」(笑)
ある平日、学び会とCS教師訓練会が重なった。あっ
ちとこっち、同時進行で学びをするが、声が耳につき
気が散って困った(笑)二つは無理。段々と、不便を
感じるようになって行った。

戦前の建物で、屋根も床も落ちて来そうに老朽化。大
型台風で持ち堪えたのが奇跡と、皆で真面目に真剣に
感謝した。
他教会の先生が「全く外見気にしない、外側は見ない、
ただ神様だけを見上げている人々が集まっているとい
う事ですね」
は?確かに!素晴らしき兄弟姉妹の集まりであった。

岩国の基地内に住むAさんが、広島の礼拝にやって
来た。集会所と二階の住まいも案内すると、びっくり!
「上も下も全部合わせても、うちのリビングより小さ
いー。うちのリビング35畳なんよ」(大笑)

Bさんのお母様が教会を訪ねて下さった。教会の前の
車道に、乗って来たタクシーを止めたまま(もし、場
所が違ったら、移動もありと)住所では確かに、ここと、
教会の前で、20分捜し回られた(笑)

もう老朽化激しく床が落ちかけ、天井も下がって来て
いたが、懐かしい日々、楽しい交わりの日々であった。

新会堂になり、8つの小グループに分かれての、祈り
も出来るとは、何たる恵み。夢のよう。

by多恵子

2006年08月05日(土)
  「不思議な平安」

初期の頃は、大人のためにも、御言葉と交わりのため
にテントキャンプをした。
これは普通の張るテント。山の中のキャンプ場。山
と川だけ。

ある時、キャンプ場に大きな蜂の巣があった。蜂ば
ブンブン飛び交っている。「恐い〜」「キャア〜」
巣に寄らないで、様子を伺っていた。毛布を頭から
かぶっている女性達も。

どうすべきか。蜂の巣を退治しよう、いや、危なく
はないか、意見も色々。一人の兄弟が「御心を求め
ましょう!」と、牧師と二人で、もう陽も落ちた、
暗がりの中、懐中電灯で聖書を読みながら、神様の
御心を求める。
教会へ来て、まだ日の浅いAさん「ぎえ〜!!!
(>_<)こんな事まで、御心求めるんだー」

で、神様の御心を確信でき、巣はそのままにして
置いた。(^o^)
Aさん、皆の変化にびっくり!!前日は、「恐い〜」、
「キャア〜」と言っていたのに、皆が平気そうに、
蜂がブンブン飛んでても、笑いながらそこにいる。
腕に止まっても平気、全く刺されなかった。

ほんとに巣を退治しなくて、良かったんだー。神様
すごい!

この回想をB兄弟に、聞くと、「ええ、御心求め
ましたねえ。ダニエル書から御言葉与えられたんで
すよ。神様が守られるから大丈夫だと」(笑)

あの時、不思議だったけれど、蜂が全く恐くなかった。
手に止まっても、刺すも刺されざるも、御心次第と
思うと、どうもなかった。
御心でなければ、蜂も刺せないと思えた。全く恐く
ないし、不安も無かった。全き平安の不思議な空間
だった〜(^^;)

これは単に蜂だけれど、信仰ってこういう世界なんだ
ろうなと思えた。

ご高齢のCさんが、いつもこの「信仰」を与えられて
おられる。
伴侶は先立たれ、リストラで貯えもなく、捜せど全く
職も無く、今は住まいも家主から転居を言い渡され、
しかし、全く不安が無いと言われる。恐れも思い煩い
も皆無と。
この「信仰」を神様が与えて、特別に守って下さって
いるんだなあ。



by多恵子

2006年08月04日(金)
  「あるがままの交わり」

当初は、夕拝が7時。若い人々ばかりで、8時半
に夕拝終え、教会学校のまとめや教師会、その後、
よく皆で賛美したり、交わりで、いつも11時半か
ら0時まで。
特に一日の奉仕を終え、快いリラックス。気を遣
う事もなく、和気あいあいで、そのままでそこに、
くつろいでそこにおれて、楽しかったなあ。

岩国集会開始と共に、夕拝は4時に変更、高陽集
会と分散夕拝に。その後、岩国へ。
岩国では夜に関わらず、婦人方が集い、礼拝済むと
「さあ交わるぞ!」と第2部開始、喋りに喋りまくり
「0時になったから、そろそろ帰ろう」が合図だった。

話は尽きないが、しかし、話題は神様と信仰の事のみ、
婦人達の霊の渇きがすごかった。

「今から、ファミレスへコーヒーを飲みに行く。先生
達も一緒に行こう」「えー、今から!?明日、朝から
集会があるから、もう帰る」いつも月曜はもう地区
集会があった。

交わりが尽きず、日常生活の起こる出来事一つ一つの
中に、神様を見い出して行くのが喜びであった。
皆が、教えられたこと、恵まれたことを雑談の中で語
り合い、また、聞く事を通して皆が恵まれて行った。

優しいアメリカ人のご主人方が家で子供達をナースリ
ーして下さってた。教会の後、教会の姉妹達と交わる
のは全くOKと。

心がわけわからない混乱状態になる時は、誰かに聞い
てもらうと、自分で自分の心の整理がついて、自分の
姿が見えて来る。
一人だと、書けばいいよと言っていた。とにかく心
にある事を、書きまくる。すると、不思議だけれど
自分の心と問題点が見えて来る。書くと客観的に見
る事が出来る。

そんな事を話していた時、Aさん「それって、ここ
で言った事を、帰ってまた書くんか?」Bさん「違
うよね。人に言えない事とかあるでしょうが。そう
いうのを書くんよね」
Aさん「え?人に言えない事なんて無い。私、ここ
で100%全部言ってる」
Cさん「え?私も全部言ってるよ。別に隠す事ない
もん」Bさん「えー!あなた達っていいわねえ。私
なんてプライドがあるから、下の方の事なんて言え
やしない」
Dさん「はっはは、でも、Bさん、プライドがある
って本音を言っとるわ」

楽しい、いつも恵まれる交わりであった。
by多恵子

2006年08月03日(木)
  「時代は変わった」

25年前は、まさに教会学校の時代であった。大勢の
子供達が集った。

30、40名と集い、イベントだと20名の新来者も
普通だった。キャンプ、凧揚げ大会、スポーツ大会、
遠足、夏期学校、クリスマス等、子供達と楽しかった。

恒例、南原峡テントキャンプでは、まず炎天下の整地
から開始。スコップで石を掘り起こし、平地にしテン
トを張る。40名近くのため、6,7ヶ張るので、昼
前到着し、張り終わるのが夜。ふう〜。ヘトヘト。

そして、翌朝にはすぐテントたたみに入る。これが男
性陣の仕事、重労働だった。飯ごう炊さんで、自炊も
また楽しだったが、後には雨でもいいよう、少年自然
の家を使うようになった。

しかし、神の創造された自然の中で、しばし世から離
れ、御言葉と祈り、賛美と交わりの世界に入ると、そ
こに神がおられ、神の恵みが輝くばかりに溢れた。

子供達の素直な心が真っ直ぐ神様に向き、生き生きと
喜びに溢れて行くのが、その変化がじかに見て取れた。

もろに心が神様に、恵みに、どんどん満たされて行く
子供は素直だ。ほんとに心の問題なんだと、目の当た
りに見る。
子供が喜びに輝いて行く姿を見れるのが、それが何よ
りも一番の祝福であった。

今、時代が大きく変わったと感じる。
うちの子供達、一人で幼稚園から徒歩20分ぐらい
かけて歩いて行き来していた。寄り道しながら探検
しながら、通った事の無い道を探すのを楽しみにし
ながら。
別に親も幼稚園側も平気だった。必ず同伴という事
も無かった。古き良き時代??

今、絶対にそんな事出来ない。2才の孫をスーパーに
連れて行く時も、一瞬たりとも絶対に目を離さない、
離せない。一人に絶対にさせない。事件等で、いつも
子供がいなくるのが、一瞬目を離した隙。

なかなか一人で子供達も教会学校へ来れない時代に
なった。
今、会堂のご近所の可愛い子供さん達が教会学校に
来てくれている。出して下さる親御さんに感謝だ。

by多恵子

2006年08月02日(水)
  「赤字の恵み」

今、教会で25周年記念集会に向けて、25年間のまとめ
をしている。楽しい事、試み、恵み、あれやこれや思い出す。


母教会から独立し、経済的にも自立開始。学生がほと
んどで、神様頼み。毎月、毎月必ず赤字だった。
赤字献金をする事になり、毎月、不足分のために献金
した。
各自が祈り示された額を献げる。すると、不思議な事
に必ず必要額が満たされ、少し多い目だった。毎月、
毎月その奇跡が延々続いた。

誰も相談しないのに、又、一人一人その月々に都合
もあり、献げる額も一定でなく、バラバラなのに、
<必ず>満たされた。しかも少し多い目に。

皆が、5つのパンと2匹の魚を献げると、必要満た
され、パンくずが12のかごに余った通りに。まこ
とに「私の仕えている、主は生きておられる」事を、
皆で実感して来た。
この赤字を通して、私達の<信仰>が培われて行った。
貴重な赤字であったかも知れない。

又、赤字であるのに、対外宣教献金が多く献げられ、
よく他教会の先生方から驚かれた。しかし、台所火
の車で面白かった。教会の皆は、とてもよく献げる
人々であった。

これから18年後に、驚くべく新会堂が建つが、私達
の教会の新会堂、赤字の中で建てられ、建ててる最中
も赤字で、建設後も赤字。
赤字でも会堂が建つ、神様本当にユニークだ。不思議だ。

でも、不思議な事に、赤字はあるが、目の前のどう
しても必要な経費は、必ず与えられた。100%完璧に!

目の前で、紅海が分かれて行くのを常に見て来た。
ずっと奇跡だった。

「恐れてはいけない。しっかり立って、きょう、あな
たがたのために行われる主の救いを見なさい」

「主があなたがたのために戦われる。あなたがたは
黙っていなければならない」

25年間、まさにこの通りであった。
by多恵子

2006年08月01日(火)
  「自分の命を延ばせるか」

ご高齢のAさんに試練が臨んだ。
職場で、ひどいいじめがあり、標的にされた。このままだと
心がおかしくなりそうで、辞めましたと。

辞められて良かったですよ。心壊れてまで、いる事ない
ですものね。
ご主人はずっと以前に亡くなっておられ、収入が無いと、
たちまち困られる。
仕事与えられるよう祈りましょう!はい、祈って下さい。

Aさんはすごい。全く思い煩われないのだ!くよくよ心配
されない。これは神様のみわざだといつも思う。
お身体のこと、先のこと、経済的なこと、どれ一つ取って
も不安で心配で、おかしくなっても不思議はないのに。

神様が良くして下さる。必ず与えて下さる。目を留めて
いて下さる。大丈夫と、心から神様を信頼しておられる。

周囲の姉妹方も一緒に祈ってくれる。どうしても必要な
ので切に祈る。3週間目に、仕事与えられました!と
掃除の仕事や付き添いの仕事が、与えられた。

「神様が与えて下さいました。まあ、収入が無いと、請求
書は来るが払えんから、どんどんたまって行くのでねえ。
まあ、神様に感謝で感謝でならないです。嬉しいです。」

神様の真実を一緒に見れて、御名を崇め喜んだ。

そして続けて、試練が。大家さんが、所有の土地を全部
売りに出される事になり、家を出るようにと。
四半世紀以上住みなれた住まい。広くて何とも安い。
場所も便利な所。
捜すが、なかなかふさわしい住まいが無い。

でも、思い煩われない。周囲の皆が、Aさんは全然心配
全くされていない、すごいですねえ!と。
心配していない振りだと、周囲もわかる。しかし、ほんとに
全く心配されていない。

「あなたがたのうちだれが、心配したからといって、自分の
いのちを少しでも延ばすことができますか」マタイ6:27
これが、Aさんの生涯聖句だ。

「そういうわけだから、心配するのはやめなさい」6:31

Aさんを見ていると、ほんとにこの瞬間から先のことは
いっさい神の御手の中のこと。
今、与えられているものに心から感謝して、今この
時を精一杯生きようと、いつもしっかり心に定めさせ
られる。
神様からの、生きた視覚教材だ。

家の件、また、神様のみわざをご報告できることと
楽しみ。しかし、Aさん自身が一番の神様のみわざ!

by多恵子