2007年12月18日(火)
「心の願い」
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心の願いは神様に言え、ということで、
ずうっと「カンボジアへ行きたい!カン
ボジアへ行きたい!」
と、ストレートに願い続けていた。
最近、学びの準備をしていた時、Tサム
エル9:24の御言葉がなぜか心に入って
来た。
“料理人は、ももとその上の部分とを取り出し、
それをサウルの前に置いた。そこでサムエルは
言った。
「あなたの前に置かれたのは取っておいたもの
です。お食べなさい。私が客を招いたからと民
に言って、この時のため、あなたに取っておい
たのです」”
そんな時、突然次男から電話がかかった。年末
の休みにカンボジアへ行ってくると。だから、
クリスマスプレゼントを送らなくても、届ける
からと。
その時、一瞬、口から言葉が出た!「一緒に
行く!」と。平安と確信があった。
「人のは心に計画を持つ。主はその舌に答えを
下さる」箴言16:1
舌の答えは主から出る、とあるが、主から出た!
と感じた。
次男が、切符があるかどうかがわからんから、
明日聞いてみるからと。
その夜、御心なら与え、御心でないならいい
です、とずっと祈っていた。御心が成ります
ように。
翌日、次男から電話「一席だけ空いてたよ」。
きゃあ!まさに御心!神様予約席だー!!!
「お食べなさい。この時のためにと、あなたに
取っておいたのです」と主が言って下さった。
で、この年末、カンボジアへ行ける事になった!!
「主はあなたの心の願いをかなえてくださる」
詩篇37:4
主が、願いをかなえてくださったことに、
喜びいっぱい(^^)/
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2007年12月16日(日)
「周囲を巻き込んで」
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神様の祝福は人をも巻き込んで、祝福し喜びを
与えて行くことを見せられた。
Aさんが、献げることで、サタンの妨害と誘惑を
受けていた。
丁度のタイミングで、献げようとする時には、
必ずサタンが来て邪魔をすると学んだ。
「まさに自分だ!」サタンが献げさせまいと、
渋らせる。このお金があれば、これとあれが買え
ると、見せられる。誘惑だ。
「おっとっととー、乗って行くところだったー」
その時、お金を宣教師方へのクリスマスプレゼン
トとして献げますと決心して、祈った。
すると、数時間後、AさんがBさんに「すごくいい
プレゼントがあったんですよお。ちょっと高いけ
ど」と話していたら、
Bさんが「そのプレゼント一緒にさせて!」と言っ
た。「宣教師方へのクリスマスプレゼントを何にし
ていいかわからなくて、丁度良かった!」と。
高いけど、絶対に喜んでもらえる良いプレゼントが
見つかった。
続けてBさんに「海外の先生にも、良いプレゼント、
ネットで見つけてくれん?」とAさんが頼まれた。
Aだん「おせちはどうです?ネットでありますよ。
探してみますね」と言った。
すると丁度、Cさんから「海外の先生がおせちを
ちょっとだけ欲しいそう。Aさんネットで探して
くれる?」とメールが入った。
もうピッタシ、カンカン!で驚いた!!
ネットでピッタリの!良い物があった。少し高目だ
ったら、次はDさんが「私も共同出資したい!」と
入った。皆が良かった!と喜べて、神様の祝福を
感じた。
Bさんも「プレゼントを通して、神様が働いておら
れること、祝福していて下さること、良くして下さ
ることを見れて本当に恵まれました!」
神様が働いておられることを見て、皆で恵まれた。
もし、Aさんがサタンに耳を傾けて、献げる決心を
しなければこの祝福は無かった。
Bさんも、Cさんもあずかれなかった。
Aさん「神様すごい!!心があったかくなって喜
びが一杯です!嬉しいです。お金で買えない、神様
の祝福を経験します。
ほんとに神様を知っていて良かった!!これからも、
従って行きたいです」
「でも、Fさんの証しが良かったんですよ。神様に
献げられないで渋ったら、帰りに、車のトラブルで
修理で7万円要ったことや、又、渋ったら、帰りに、
交通違反で罰金取られたことや話してくれて・・
あれがすごい良かった!(笑)あれを聞いて、絶対
献げようと思ったんです!!」(笑)
Fさんの証しが感謝!ほんとにすべての事、益だ!!
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2007年12月13日(木)
「失敗談」
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五つのパンと二匹の魚を献げたら、男だけで五千人
以上が満腹し、まだ十二のかごにパンくずが余った。
皆でわいわいと、献げる事を惜しんだ失敗談が面白
かった。
その1「十一献金を渋ったんですよぉ。すると、ネット
で買い物したら、間違って買い物して、送り返して、
何と、又間違って、その送料で要らない数千円の出費が
出て、何してるんだか。
友達から譲り受けた自転車を、手違いで、数ヶ月駐輪
場に放置したままにしていて、延滞料凄い額の請求書
が来て、もうびっくり!!
渋って、けちったからだと、御霊に示された事が感謝
でした。嬉しかったですよ。悔い改めて、献げたら、
何と、友達がその自転車譲り料をチャラにして、タダに
してくれて、それもびっくり。」
その2「何か献げる時って、自分の欲にサタンの誘惑が
来るんですよねえ。献げると、後、家計がどうなるんだ
ろうと不安が来て、欲が出る。
この間、御霊に献げなさいと、言われているのがわか
ったんですよぉ。大きいお札と、じゃら銭があって、
大きい方を献げなさいとの御声がわかった。
だのに、帰りにパンを買おうとの、自分の肉の声に負
けて献げられなかったんですよぉ。
それで、帰りに、パン屋に行こうと、うっかり進入禁止
の道に入ってしまって、何と、その日に限ってそこに、
デーンとパトカーが待ってて(笑)
罰金数千円。ほんとに神様でした!!こんなんだったら、
献げとけば良かったとすごい後悔して。でも、こうやっ
て教えて下さることがすごく感謝で、嬉しかったです」
その3「御霊様が礼拝行くのに、献金を準備しなさいと
言われていた。日曜までに銀行に行かなくちゃ、行かな
くちゃと思いながら、後回し、後回しになって、結局行か
なかった。
手元にお金がないから、渋ってしまって、献金できなか
った。すると、教会の帰りに、小さな石が車の窓ガラス
に当たったみたいで、穴が開いて、ひびが行って来て、
どうしても修理が必要で、凄い何万円の高額。
要らない事に出費が出て、神様が教えて下さっている
のがものすごくわかった。御霊に全然従っていない不従
順を示された。痛い出費だったが、神様を感じて感謝だ
った。」
その4「今日の学びが自分にピッタリ!神様の語りかけ
だった。何度も何度も、献げて物凄く祝福されて、献げ
た以上に満たされて来たのに、また、惜しむ自分がいる。
サタンが誘惑して来るから、今、献げる決心をします。
ある人へのクリスマスプレゼントで、神様から示されて
いるすごくいい物があるんですが、高くて、どうしよう
かなあと思っていたけれど、主の導きだから、どんなに
高くても、今、決心します!」
すると、その数時間後に「決心したら、すごい事が起こ
りました!共同出資者が現れたんです!プレゼント丁度
考えていたところで、一緒にしたいと。それも自分は
働いているから、沢山出すと。神様何とすごい!!」
その5「献げようとすると、サタンが来るんです。
それで、あれが要る、これが要る、あれもこれも買わ
なくちゃと囁きかける。
それで、その声を聞くと、献げられなくなる。
それがですねえ、風邪を引いたり、ちょっとしたけが
をしたり、何でもない事で、病院通いして、本当に結局、
ダラダラとお金が飛んでしまう。
いつも、こんなんなら献げとけば良かったと思う。
サタンにやられてしまうんですよねえ。でも、神様が教え
て下さってることが嬉しい」
皆で話していて、献げようとする時、必ずサタンが来て
妨害すること。肉と欲があるし、サタンに聞いて行くと
献げられなくなる。祝福を奪い取られて行く。
必ず御霊の導きがあり、御霊が献げなさいと言っておられる
のがわかる。その時には、断固従えるように。
従った時、主のみわざを見る。自分も喜びに溢れる。
更に与えられる。
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2007年12月10日(日)
「なすべき正しいこと」
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Aさんがずっと祈っていた、公けの決心にあずかれた。
もうすでに決心しているのに、公に告白するのが
できなくて、「できんー、できんー」と。
するように御霊から示されていて、ぐずぐずしてたら、
してるほどサタンに足場を与えているから、もうはっ
きりしようと、翌日曜の決心を一緒に祈る。
日曜朝、「できんー、できんー」(笑)今になって,
何言っとるんじゃ。
丁度祈ってくれてたBさんに、後ろ押してもらえー。
礼拝前に祈ったら、ちゃんと公けに告白できて良かっ
た(^^)/
翌日会うと、「良かったです!すっきりして、昨日初
めて、生活の中で、ちゃんとするべき事ができたん
ですよぉー(^^)」と恵みの報告。
Aさんは、御霊から公けの決心を促されていた。でも、
逃げ続けていた。
“こういうわけで、なすべき正しいことを知っていな
がら行なわないなら、それはその人の罪です”
ヤコブ4:17
「この通りですー」と(^_^;)
ぐずぐず御霊に従わないから、生活全般、サタンにやら
れてしまっていたと。サタンに足場を許してしまう。
気力が全然なくて、ぐずぐず、ぐずぐずして、日々の
なすべき事が全然できない。
何かやる気がなくて、ダラダラ、ダラダラして、何一つ
できていなかった。
かと言うと、金のもうじゃになり、バイトを入れまくっ
て、金、金になってて、自分は一体何してんだろう・・と。
生活の秩序が狂ってしまってて、その原因が、御霊に従
っていないところにあった。
嬉しそうな顔で、神様に従ったら、昨日初めて、日々の
なすべき事が出来たんです!!神様、すごい!!と。
気力が与えられて、やる気になって、どんどんはかどっ
てと。今まで、全く手がつけられないでいた事も、できた!!
祝福だー。
すべてが気力なんですよねえ。身体が少々疲れていても
気力があればできる。
でも、身体ほんとは疲れてないのに、気力が無いと、疲
れてしまう。サタンに、肉が従ってぐずぐず、ぐずぐず、
ダラダラ、ダラダラしてしまっていた。
御霊の導き、促しに従うことが、生き生きと生きること
のできる秘訣だー。
なすべき正しいことを、御霊から示されて、知っていたら
行おう。そこから祝福が大きく広がる。
“・・こういうひとは、その行ないによって祝福されます”
ヤコブ1:25
示されたことは、行なうことが大切と、また見せられた。
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2007年12月09日(土)
「この上もない喜び」
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学びの集会で、集った人々の共通点が興味
深かった。
Bさん、Cさん、Dさん、Fさん、丁度集
ったお一人お一人が皆、今年、試練によって、
神様にぐっと近づけて、神様にはっきり焦点
が合った!!
Bさんは、今年、奇跡のごとく、ググーッと
神さまに近づけられた!
すごい!!神様のみわざ。
10数年、年に何回か、集会に来て下さって
いたが、御言葉を聞くが、ずっと右から左だ
ったと。
「必要」がないんだなあ。逆に言えば、この
世的には恵まれていて、深刻な悩みがない。
「必要」がないと、御言葉がとどまらない。
入らない。
良いお話、ためになるお話しで、終わってしまう。
結局何も心にとどまらず、サタンが来て、御言葉
を取っていってしまう。
種まきの例えの、「道ばたに蒔かれた種」だ
「まさにそうだった」とBさん。
御言葉を聞くのも、集会に来るのも、全然嫌では
なくて、来るんだけど、種がとどまらないから、
結実しない。
Bさんも、ずうっと御言葉を聞くんだけど、自分の
思いが強くて、御言葉を抑え込んでしまっていたと。
「罪と言っても、誰でもしてるし」「ここは〜〜して
おいた方がうまく行く」御言葉を薄めたり、自分の
都合のようように取ったり、曲げたり。
御言葉で判断し、御言葉に従うのでなく、自分の思いと
自分の判断に従っていた。
試練の中で、苦しくて、神さまに真剣に向かって行
った時、その自分の姿がわかった。
その時、変えられて行った。
自分の思いや判断でなく、御言葉に従おうと思えた。
そうやって行くと、本当に自分が変わって行くのが
わかった。
以前は漠然として、よくわからなかった神さまが
少しづつ少しづつわかって行った。
Cさんも、Dさんも、痛い厳しいところを通して、
神さまが近くなった。
「試練」が何とも感謝だ。
試練の時が一番神さまに近い。
自我は強いし、内なる肉の性質は神に敵対して
いるし、自分の欲望を求めるばかりで、何か痛
い事がない限り、なかなか神様を求めない。
目に見えるところの影響力は凄まじく、目に見
える世界にどんどん限りなく流されてしまう。
試練は感謝だと改めて、しみじみと思わされる。
「私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、
それをこの上もない喜びと思いなさい」
ヤコブ1:2
「試練により、忍耐が生じ、忍耐を働かせると、
成長を遂げた、完全な者となります」
試練により、神さまが必ず良くして下さると、信
じようとするので、信仰を働かせて行くので、一
段階づつ成長して行く。
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2007年12月06日(水)
「虹」
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今日出がけに虹を見た。
わあ〜虹だー。
しばらく見入ってしまった。虹って、とても神様を
感じる。神様の慰めや励ましを感じる。
遠方に引っ越ししたAちゃんも、親族や皆から離れて
ひどく寂しくて落ち込んでいた時に、朝に、大きなくっ
きりとした虹を見て、ものすごく神様の慰めと力づけを
感じたと。
大きな綺麗な虹の写メを送って来てくれた。
飛び切りの笑顔と共に。
辛い、苦しい離婚を通った親友が、それ以後も厳しい
辛い耐え難い試練を通り、もう涙、涙で、毎日毎日
泣き暮らしたと。
涙がこれだけよくあるなあと思うほど、毎日、毎日、
涙が溢れ出て、祈るばかりだったと。でも、どんどん
行き詰まって、もう心もボロボロで、もうダメ、もう
これ以上一歩も歩めないと気力失せ、倒れ込みそうに
なった時、
夕方に、大きな、はっきりとした、それも二重の虹を
見たと。二重の虹など見ることがない。
「わたしだ!」と言っておられる、神様をひしひし感
じて、神様ご自身を感じて、心の芯に慰めと力づけを
受けて、もう一度立ち上がれたと。
あの二重の虹のお陰だったと。
神様が虹を通して、語りかけて下さったと。
ぼろぼろのどん底で、神様が共にいて下さると信じれて、
神様を信じて行こうと思えたと。
波瀾万丈、紆余曲折だった状況は、今、定まるところに
定められて、落ち着いて、友人は平安な日々を与えられ
ている。ずっと信仰によって歩んで来た、素晴らしい友
だ。今も信仰によって、恵みの中を歩んでいる。
どん底で見た虹だったと、証ししてくれた。
はっきり神様が臨んで下さり、大きな慰めを受けたと。
力が与えられて、歩み出せたと。
虹を見て、神様に思いを馳せ、親友の言葉を思い出
した。
「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない」
マタイ14:27
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2007年12月03日(月)
「弱いところ」
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Aさん「私、お金が好きなんですよ。すぐ
お金が偶像になる。」
「すごい、正直」(笑)
「お金が無いと不安で、お金貯めないとと、
すごいバイト入れて時間が全然無くなって、
生活に余裕が全く無くなって、時間キツキツ
で、お金のために走り回って、私いったい
何してんだろうと。(笑)
でも、最低限どうしても必要な物がいろいろ
あって、あれもこれも、お金どうしても要る
じゃんと思ってたら、それが親が買ってくれ
たんですよぉ。
すごい神様感じて、教えられて。バイトの時間
減らして、もっと時間を神様のために使おうと
思ったんです」
丁度、自分の一番弱い所に絶えず誘惑が来ると、
サタンの学びをしていて、
「これがサタンの誘惑なんですよねえ。私の弱い
ところはお金で、不安と恐れと焦りをもって来る。
神様のみこころじゃなくて、お金のために動いて
しまう」
「友達に相談されて、対人関係の悩みだったんで
すよぉ。それであんたがまず謝ったらいいんじゃ
ないん、と言ったら、
すごいキイーッという顔になって、相手の自我に
触れたのがわかった。
凄い反発の空気を感じて、そうよねえ、謝れんよ
ねえ、と真理に立つんじゃなくて、真理を引いて
行くんですよお、私。(笑)
相手に嫌われたくないから、正しいことを曲げて
行くんですよお。
カメレオンじゃ。すると別の子も、『そうじゃ、
そうじゃ。そんなん、何で謝らんならん』と。
自分も『そうよねえ』となって、何しにそこに
おったんかわからん」(大笑)
人に嫌われたくない、人に良く思われたい、ここに
サタンの誘惑がすごく来る。
Bさん「私、人に良く思われたい、いい子ちゃんで
いたい、そこがすごい自我じゃ。
だから、ノーが言えない。人に頼まれ事をして、
でも、もう自分の身体も時間的にも、労力的にも
いっぱいいっぱいで、どう考えても無理。
それでも、何とかやろうとしてたら、身体にきて、
断らざるを得なくなって、断った。
すると、気持ちよく受け入れてもらえて、何突っ張
ってたんだろうと。
その時に、それをする動機が良い子でいたい、
良い人だと思われたい、そこにあったとわかった。
すごい自分の自我だと示された」
いつもおんなじ所に来て、弱さに的確に来るサタン、
祈っておれるように。
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2007年12月01日(土)
「愛されてる」
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Aさん、お母さんが家を空けられた間、家族皆で
家事を切り盛りしていた。
家族でも、皆違って、すごい綺麗好きと、
散らかっていても平気で、何の不都合も感じない派
に分かれる。
Aさんは綺麗好きなので、散らかっているとイライラ
する。それで、汚れると、片づける。
ある日、台所を綺麗にした。すべて納めるべき所に
収納し、流しもきれいに洗い、ガス台まで磨いて
綺麗にした。
ところが、帰宅して見ると、元のもくあみ。
食器は流しに積まれ、磨いたガス台は吹きこぼれ
で汚れ、滅茶苦茶。
しかし、家人は何とも思わない。「いつもこうじゃん」
「何か不都合ある?」って感じで。
Aさんは怒り心頭。「もう〜!くそぉ!くそぉ!」
と言いながら、家族をさばきまくりながら、神様に
祈ったと。(笑)
祈ってると、爆発から守られた。自分はマルタで、
動き回っては、人をさばき、不平不満で一杯になると
気づかされた。
「何してるかわからんようになるね」(笑)
「そうなんです。全然意味ないんです。悔い改めます」
学びの後、平安になって、いい笑顔になって、「今から
すぐ帰ってまた、片づけます!今度はイエス様と一緒に」
「えー、えらいねー」
Bさん「私、家人と大喧嘩したんですが、もう自分の事
しかなかったです。相手を責めるばっかりで、ああして
くれない、こうしてくれない、もっとああして欲しい、
こうして欲しい。
自分のことばかり。それで、今、気づいたんですが、その
大喧嘩の前も、最中も、後も、神様のことが全然無かった」
「神様なんて吹っ飛んでしまってて、神様の、かの字も
ないんですよ。
その真っ最中に祈れば良かったんですよね。
これから、事があるたびに、祈ります。不満や鬱憤、怒り
が出るたびに祈って、神様に助けを求めます。
でもね、喧嘩も益にして下さって、後で落ち着いて双方
の気持ちを語り合うことができて、理解し合えたんです。
ほんとに良かったんです。神様はどこまでもあわれみ深
いです。愛されてるんですね」
Aさん「私なんて、くそー!腹立つ、死ねー、死ねー、
なんて心の中で悪態つきながら、祈ってたんですよ」(笑)
「でも、ほんとに守られました!神様すごいです!」
「神様、心を変えてくれて、悪かったなと思えて、また、
家族のために片づけようと思えて、心がすっかり平安に
なりあったかくなった。
こんな自分の祈りを聞いてくれて、神様が自分を愛して
くれてるんがほんとにわかる。嬉しい」
この事におまけがついてた。
片づけようと、いそいそと心平安に帰宅すると、何と、
家人が綺麗に片づけてくれていたのだ。
わー、神様だー!有難う!
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