2025年05月03日(土)
  「受け入れること」

以前に、「ジョニー」という映画を観た。

ジョニーという女性が、水泳の飛び込みに失敗し、
脊髄を傷めるが、何とか命だけは取りとめた。

しかし、一生身体は動かないとの宣告を受けた。

その時に、絶望のどん底に陥り、死を願った。

「鏡に映る姿はとても人間ではない。窪んで
落ち込んだ2つの眼球は、血走ってどんより
していた。
36キロの身体は、黄疸で黄色い皮膚に覆われ
た、がい骨だ。
不気味に太った頭、歯も薬物治療のため黒い。
とても生きて行けない」。

絶望しかなかった。

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しかし、周囲の祈りの中で、少しづつ励まさ
れて行く。
時を経つつ「神がどう見ておられるかが大切。
人がどう見るかは問題ではない。
人でなく、神からの価値だけを考えよう」

との言葉に、自分が神の似姿に造られた事に
目が向いた。
自分のこの身体、格好、能力、出来る事、出
来ない事、自分で自分がどう見えたとしても、
信仰に立とうと決心した。

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信仰により、自分の事を神に「感謝する」事
にした。

するとパズルが埋まるように、すべてのもの
をふさわしい場所に置くよう助けられた。

そして、より良く神に仕え、より幸せになれる
ように、神がこの身体を与えられたと受け取れた。

この事が無ければ人生最後まで、自己中心に生
きていたであろうと。
神が特別に自分に関与して下さった事に感謝
した。

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今、喜びがあり、幸せで、自分を他のものに変
えたいと全く思わない。

奇跡だった。

感謝する事は、今の状況に神を認める事だ。

その時、神が働かれ、更に感謝に溢れる。

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今の状況を受け入れること、すべての道
で主を認めること、

それが、主と共に歩む道であり、平安の
道だ。