2026年01月28日(水)
  「素晴らしい導き手」

Aさんが遠方から交わりに来てくれた。

どのように献身したのかと聞かれ、経緯を
話したが、

その時に、改めて気づいた。

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行った教会は、宣教師が開拓した教会で、
まだ少さな教会だった。

集い初めて、しばらくすると、宣教師の先生
が、あなたの献身のために祈っています、と。

当時集っていたB婦人と、私の献身のため
にずっと祈っていると。

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献身は絶対に無理と思っていた。

イエス様は好きだけど、自分の生涯と自分
自身を献げる事は出来ないと。

自分の人生プランがあり、自分の思い通り
に歩みたい。自分と世を握って放さないの
で無理と思っていた。

自我は世を握って、決して放さない。

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数ケ月ごとに、「祈ってます」と言われ続けた。

B婦人と「ずっと祈って下さって、何だか、悪
いわね。でも、献身できないのよね」と話して
いた。

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それが、紆余曲折、様々な事態があり、結果
敵に、それから3年後、献身が与えられた。

私より前に、B婦人も献身の決心に招きに出
られた。

絶対に無理と思っていたのに、主は挫折や
試練や様々与えられ、献身に導かれた。

その宣教師の先生は、主の導きを受け、
他の国への開拓宣教に出て行かれていた。

それが、私が決心できたその日、先生が
丁度一時来日で、来日し、その日の朝拝
に出席されていた。

不思議な主の導きを覚えた。

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献身できたのは奇跡で、宣教師の積まれた
祈りがあったからこそと、改めて感謝した。


その先生は、もうかなり前に、癌で天に召さ
れた。

癌の最期は、壮絶な痛みだったが、召された
お顔は微笑んでいたと、夫人から聞く。

まさに先生だと思った。

信仰の人だった。お顔が輝いていた。

主が与えて下さった出会いに、素晴らしい
指導者に、心から感謝し、主を崇めた。