2025年07月16日(水)
「強靭な肉」
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肉の強靭さを、話していた。
ぼお〜としていると、自分の力で生きている。
神様が飛んで、祈りが無く、肉の判断で進み、
失敗してしまう。
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突如の事態が起きた時、パニックになってしまい、
肉が、即、反応し、頭が巡る。
「どうしよう!!」ああでもない、こうでもない、
「何とかしなくては」
思い煩いと不安、恐れで、どっと落ち込む。
神様が飛んで、自分の肩に全部の重荷が
どっとかかるので、担い切れない。
どうしても、肉が出て、自分で何とかしなければ
と思ってしまう。
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主が、デボーションを持つようにと、言われるが、
「肉は、ダラダラしてしまいますよねえ」
今、疲れている。ちょっと横になりたい。
テレビを、ぼお〜と見ていたい。
身体が動かない。
肉は、強いですねえ。
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サタンの火矢が、どんどん思いにやって来る。
楽な方へと、誘惑される。
肉は、楽な方へ、楽な方へと流される。
主の御心を行なうこと、犠牲を払うことが、ぼや
けて来る。
肉は、嫌いな相手は、愛したくなく、嫌っていたい。
メリットの無い事は、したくない。
損得で動く。
肉は、自己中心。自分の思い、自分の栄光。
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ほんとに、肉って、物凄い力ですよね。
神様に砕かれないと、どうにもならない。
試練は、感謝ですねえ。
健康一つにしても、当たり前になっていて、病気
になった時、当たり前でなく、主の恵みだと
気づく。感謝しかない。
でも、治った途端、肉は強くて、喉元過ぎれば、
熱さ忘れ、不満になってしまう。
頑なで、自我は強く、どうしようも無いですね。
時折りの、試練がほんとにあわれみで、感謝
に思えます。
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主の十字架が無ければ、どうなっていたか。
救い出されて、御霊の導きと力によって、肉を
拒否し、主に喜ばれる道を選択できることは、
奇跡だ。
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