2008年09月28日(日)
「明け渡す」
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「求めなさい。そうすれば与えられます」
Aさんの強い願いの祈りのリクエストを、
Bさんも一緒に3人で祈った。
Aさんの気持ちに願いと志があり、どうして
もしたい事があった。
だが、環境が開かれない。その願い自体
は良い願いだが、周囲にそれほどの思い
がなく、それを押し通すと、周囲に迷惑を
かける事になる。
だがAさんの思いは募る。御心なら、神様が
道を開いて下さるようにと、3人で祈った。
祈りつつ、状況を見るが、環境は開かれない。
周囲の心を動かされるのも神様。神様はしよ
うと思えばされる。自分が押し進めると、自己
主張になり、一致を壊して行ってしまう。
状況も、事態も、自分の心も、神様に明け渡し
てすべてをお委ねした。
どのようになっても、神様が最善をして下さる
事が信じれた。
そして、目の前の日常のなすべき事を行なっ
ていた。
すると、その目の前の事で、神様の大きな
祝福の取り扱いがあり、みわざを見た。
まずその事で、主の御名を誉め称えた。
そんな中、突然、祈っていた事の、願いの、
道が開かれた!
自分は委ねただけで、何もしていないのに、
神様は周囲の人の心に働き、門が開かれた。
願いが見事に叶えられた。
自分は何もしていない。まさに、神様が開か
れた事、神様のわざである事を、皆で目の当
たりにした。
求めに答えられた。状況に働かれた神様を見
て、皆で恵まれた。
門は神が開かれる。御心なら必ず環境がひとり
でに開いて行く。自分で打ち破って行くのでは
ない。
神様に祈り求める事の大切さ、そして、その
祈りの答えを自分でもぎ取ろう、自分で何とか
しようとするのでなく、明け渡す事の大切さを
今一度教えられた。
以前にCさんが、どうしても欲しい強烈な
願いがあった。祈って祈って祈り倒す勢いで、
祈り願った。
神様は、願いを聞いて下さるのではないか。
どうしても欲しくて、必死で願った。
しかし、その願いは叶わず、全く道が開かれな
かった。微動だにせず、閉ざされたままだった。
どうしても欲しい、段々心が固くなって、気づ
かぬ内に、神様より欲望の方が大きくなっていた。
ある日突然、御霊の気づきが与えられ、願いが
偶像になってしまっている事、このまま行けば、
それさえ手に入れば、神でも、何でも良くなっ
てしまうこと、自分が恐ろしい状態である事を
照らし出された。
神様に従うのでなく、へりくだるのでなく、神様
の上に立ち、恵みをもぎ取ろうとしている、恐ろ
しい高慢な自分の姿を示された。
恐ろしくて、恐ろしくて、恐れおののいて、心
から悔い改めた。
「もういいです、本当にいいです、もう要りま
せん」と、その心から欲しかったものも明け
渡せた。
本当にもういいと思えた。心に平安が広がった。
何にも代えられない、穏やかな満ち足りた平安
だった。
不思議が起こり、その後、その喉から手が出る
ほど欲しかったものが、天から与えられた!
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