2026年01月09日(金)
  「益とされる・・が思いと違った」

 「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に
従って召された人々のためには、

神がすべてのことを働かせて益としてくださる
ことを、私たちは知っています」ローマ 8:28


 「なぜなら、神は、あらかじめ知っておられる
人々を、
御子のかたちと同じ姿にあらかじめ定められ
たからです」ローマ 8:29

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主が益として下さるのは、御子のかたちと同じ
姿に変えて行って下さるため。

自分のために良い物を下さったり、良きにし
て下さるレベルでなく、キリストの似姿に変え
て下さる。
何と光栄なことだろう。

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Aさんが、祈りが答えられて、未信者の親族が
教会に来てくれる事になり、大変喜んでいた。

ところが、親戚の急用ができで、キャンセルに
なってしまった。がっかりし、落胆した。

しかし、主は、これに代えて、益とし、祝福を下
さると気持ちを持ち直した。

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そして、その急用の対応に出かけた。

すると、そこで、対人関係の中で、責められる
事態になり、非常に傷つき、打撃を受け、心沈み、
落ち込んだ。

益となるどころか、良いものどころか、更にもっと
悪い事に、悪い状態になった。

どういう事なのか?

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主の御前に出て、心を打ち明け、吐き出し、祈っ
た。

その時、自分の心の内を照らされた。心の内の
様々な罪を示された。

さばく思いや、憎しみや、赦せない思い・・

真に罪人であること、その時、イエス様の十字架
が迫り、まさに自分のためであることが、光のよう
に、御霊によってわからせて下さった。

涙と共に、悔い改めが与えられ、心がすっきり
平安にされた。

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そして、これが、「益とされる」ことであり、キリスト
の似姿に、変えて行かれることだと、わかった。