2011年07月12日(火)
  「待つこと」

Aさん「家で、メガネが見つからず、どうもどこかに
置き忘れたようで、その日、行った先に電話して
みたんです。

すると、見当たらないとの返事で、家の中かと、家
の中を探し回るのですが、見つからない。

それで、神様に見つかるよう祈ったんです。
1週間ぐらい祈り続けて、探しても、やっぱり
どこにも無くて。

メガネが無いと、どうしても困るし、不便で、もう
お店に行って、新しいメガネを作ったんです。
1週間祈ったんだが、どうなったのかなあ??とも
思いつつ・・。

すると、購入した次の日です。
その行った先から電話があり、忘れ物の届けがあり、
見つかってますと。
来られるかと思い、置いていましたと。

作ったすぐ後で、『えーっ!』と思ったんですが、
その間、放って置いて、連絡入れていない私も私
ですし。

しかし、目の前の事が、一つ違わず神様の御手の中
で起きていること。祈りもしたし、ここで、何を教えたい
のだろうと考えていると、

『待つこと』だと思いが至った。もう一日待てば良かった
わけで、自分で決めて、動いてしまわないで、神様を
『待つこと』を教えられました。」


Bさん「信仰生活全般に渡っての真理ですよねえ。
『待つこと』がなかなか出来ない。ほんとに難しい。
自分でこれが良いと思い、そのように自分の思いで
動いてしまう」

Cさん「でも、Aさん、その出来事の中から、神様が
教えようとされたことを、悟れてすごい!!
神様見上げなかったら、祈ったのに!とか、何で!
と不平不満、反発になりそうですよね」

Dさん「私もなかなか待てない。今まで振りかえると、
本当に導いて下さってるし、良くして下さってる。
だのに、その渦中では、神様を待ち望まないで、焦って、
自分で何とかしようとして、失敗する。

これからの信仰人生に、すごく大切で、重要
なこと学べて、メガネ代に代えられませんよね(^^)/


Aさん「ええ!ほんとにそうです!感謝です!!
生活のすべての面において、神様を『待つこと』に
焦点置いて行きます」


「主を待つ」ことを、皆で、教えられた(^^)/