2011年09月10日(土) 「そのまま受け止める」
人って、受け止めて欲しいことを、又、再確認させられる。 Aさんの年老いた親御さんが、どうしてもネガティブな愚痴三昧 になる。 身体は高齢としては元気だが、でも若い時のように、思うよう に動くわけではない。 何かにつけて思うようにならない状況に、「つまらん、楽しゅう ない。生きていて何になろう。早うお迎えが来て欲しい」 あれが無い、これが無い、面白うない、周囲の対応にも 不満続出になる。 それでなくてもハードで疲れているAさん「聞くのが辛くて、 しんどくて、どおっと心が暗くなって、つい、腹が立って、 ムッと来て、言葉と態度に出てしまうんですよねぇ。 もっと大変な状況にあるお年寄りもおってなのに、ものすごく 有難い環境なんですよぉ。 それを何を不平不満ばかりと思ってしまって、つい、これも、 あれも、感謝なことじゃない。感謝せんと、と言うと、 もっとひどくなって、頑なになる。 自分も言葉がきつくなってしまって、帰途ものすごく心が暗く なって、自己嫌悪になって落ち込む。心が苦しくなる」 皆が「ああ、親御さんは、ただ受け止めて欲しいんじゃね。 つまらん、面白う無いという、それが気持なんだから、 『ああ、ほうじゃね、そうなんじゃね』と受け止められたら、 それで済む。 感謝せんと、と言われると、気持を否定されてしまうし、 正そうとされると、更に心が固くなるんじゃわ。 『いたらんで、ごめんね』と言ったら、親御さん癒される。」 と、話していたら、Aさん瞬間的にパッと顔が明るくなり、 「あ、そうですよね!わかりました!方向違いですよね」 「神様に満たされている時は、余裕があって、受け止められる が、自分に余裕がないと、受け止められない。 やっぱり結局は、神様と自分の関係ですよね、祈って、 頼って、自分を神様にまず受け入れて頂いて、 看て行くことですよね! でも、いつもいつも皆の祈りが感謝です。祈りによって 支えられています。」