2012年10月23日(火) 「災いでなく、平安と将来と希望」
「・・神がすべてのことを働かせて益としてくださる ことを、私たちは知っています」ローマ8:28 「わたしはあなたがたのために立てている計画を よく知っているからだ・・ それはわざわいではなく、平安を与える計画で あり、あなたがたに将来と希望を与えるための ものだ」エレミヤ29:11 Aさんが10数年の歳月を経て、しみじみと神様の これらの御言葉を、身に浸みて実感した。 良かれと思い、子供のためと思い、あれやこれや 稽古事をさせ、ことごとく道をつけた。 転ばないように〃と、先回りし、石を取り除け、 転ばせないようにしていた。 今はわかるが、過保護だった。でも、心探られた時、 子供が転ぶのを見るのが、自分が痛いからだった。 親の思いを押しつけ、全く気づかなかった。 子供はそのまま従っていた。 後の日に、あれもこれも嫌だった、嫌でたまらなかった と言ってくれた。 その気持ちを、言えるようになった事にも感謝できた。 思春期の頃、子供はつまづいた。 自分の過ちを、御言葉に、学びに照らされて、 はっきりとわかった。 とにかくあるがまま、そのまま受け入れようと心を 決めた。 進路が決まり、大金を納めたが、そこには行かなかった。 いや、行けなかったのだと思う。すぐに辞めた。 又、次の進路にも、大金を納めたが、全く行かなかった。 その渦中では、このままどうなるのだろうと、不安と恐れ、 思い煩いに襲われ、神様に委ねなければ〃と思うが、 握りしめた手を放せず、とうとう、神様が委ねさせて 下さった。 委ねた後、自分で自分の道を探し出して来て、 喜んで、充実して、その道を進んだ。 それも、バックアップし、応援してやった。 今、子供は本当に喜んで、充実して、幸せに暮らして いる。 あのプロセスが、子供の心が癒されるために、どうしても 必要であったと、今、わかる。 子供が癒やされるために、無条件に、受け入れてやる、 状況を神様が造って下さったのだと。 その渦中は思い煩いで真っ暗だったが、神様にはご 計画があり、災いはなく、平安、将来、希望のため だったと、今、はっきりとわかる。 神様はどこまでも、真実であられる。