2014年05月15日(木) 「神の栄光を現わすために」
“こういうわけで、あなたがたは、食べるにも、飲む にも、何をするにも、ただ神の栄光を現わすためにし なさい”Tコリント10:31 「日々の生活で、一日一日“神様の栄光のために” “神様の栄光が現れるように”と、“神様の栄光”が 土台にある時、 日々起きる様々な突発的な出来事の中でも、 ブレない、揺れない、確かなものが心にあるんです。 平安なんです。 でも、その一点“神様の栄光”がブレて、ズレて、心に 無い時、何もかもが揺れ動いて、ガタガタになって きます。それを日々経験させられます。 “神様の栄光のために”が無い時、必ず“自分のために” になっていて、自分が中心になっている。 自分中心になると、全部がズレて来て、土台がグラグラ になって、心に確信も平安も失せて、自分の思いと 思い煩いでいっぱいになるし、確信が無いから、 これでいいのだろうか、と何かをする度に大揺れに 揺れて。ああでもない、こうでもないと。 自分の思いがどんどん湧いて来て、これは御心だけど、 でも、こうすれば、ああすれば、もっと良くなるのではと、 幾らでも、思いがふつふつ湧いて来る。 あ!と、御霊の気づきが与えられて、“神様の栄光” と思う時、我に返れて。 “神様の栄光”に視点が帰ると、優先順位やら、なす べき事も、思いも、すべてが秩序立って、何より 心に平安が来るんです。 “神様の栄光”がブレると、生活の何もかもがブレ て来て、まず確信が無くなって、揺れ動いて、不安に 襲われるし、秩序が乱れてくるし、ほんとに人間は 神様の栄光のために、栄光を現わすために、 造られてるんだなあと。」 その一点、非常に重要ですよねえ(^^) 朝毎に、祈って行きたいです。