2016年09月05日(月)
  「試練はチャンス」

試練の学びをしていた。

この世的にマイナスの事、病気、けが、リストラ、倒産、
不作、不合格・・この世では悪い事で、あってはならい
事、それらが無いようにとの信心だ。

Aさんは、いつも小さい頃から、お母さんにどんな良い
事、ハピーな事があっても、こんな事は続かないからね、
今に悪い事が来るからと、言われ続けて育ったと。

だからどんなハピーな事があっても、その底にいつも恐れ
と不安があり、心底楽しむ事ができなかった。

しかし、神様は違う。すべての事について感謝せよと、
それらも感謝だと言われる。

それらは悪ではないからだ。神様は、試練は信仰が
成長するための「チャンス」だと言われる。

“さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない
喜びと思いなさい”ヤコブ1:2
不合格も、不作も、リストラも、この上もない喜びと
思えと。

信仰がためされる=試練があると、忍耐が生じるから。
忍耐=我慢の意味でない。
忍耐=神様が必ず良くして下さると信じる意味だ。

Bさん「自分は苦しい時、そこで神様を信じようとか
祈ろうとかでなく、我慢してしまってる。
神様に近づくとかではなく、ただただ頭を手ておおって
うずくまって、我慢している。

ただただ我慢するのに必死になってしまい、神様が
飛んでしまっている。それに気づきました。
試練と受け止めるのでなく、避けて逃げてしまっている。
きちんと受け止めて、神様に向き合いたいです」

この苦しみの中で、神様が良くして下さること、導いて
下さることを信じて行く時に、信仰が成長する。

だから、信仰が成長するのは、試練の時であるので、
試練は喜びであると。

この世の価値観と全く違う、神様の価値観が、少し
少しと培われて行くように。

根深く培われている、この世の価値観、肉の価値観が
御言葉に変えられて行くように。


Cさんに、試練に次ぐ試練の時があった。
身動き取れない経済的苦境に、夫婦関係がうまく
行かず、子供が問題を起こし、難しく、問題に次ぐ
問題、何もかもがうまく行かない。

許容量オーバーな、追い詰められたような心境になり、
何も考えたくなく、一人で車で宛先もなく、ひた走りに、
走り続けた。

すると、御言葉が追いかけて来た。

“私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまず
に死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべて
のものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう”ローマ8:32

逃げても逃げても、どんどん追いかけて来る。
御言葉が消えない。大きくなるばかりだ。

とうとう御言葉を受け取り、信じ、Uターンして、帰路に
ついた。
帰宅後は、すっかり心が落ち着いてしまって、
平安になっていた。平安に家族に対応できた。

試練の中で、神様に新たに出会えた時だった。