2003年09月26日(金)
  一歩、一歩と手をとられ

Aさんと話していた。
子供に、どうしても過保護になって、心配過剰で、
転ばせないように、口出ししてしまう。無難な、
安全な道を行かせようとする。

しかし、子供は失敗するとは思っていない。いつ
も、自分の思う道を妨げられる。小さい時から、
親の言う通りに歩む内に、親への依存心も出来上
がっている。

大きくなり、とうとう親の思い通りにはならなく
て、不安で心配、思い煩いで一杯になる。その内、
もうどうにもならなくなった。
感謝なことに、自分でどうする事も出来なかった
から、子供を神様に委ねることができた。

神様にお委ねした後は、自分の思い通りでなく、
神様の思い通りで良いと思え、心が本当に楽に
なった。以前の自分と全然違う。
子供の意志を尊重し、子供の願う進路に進ませ、
見守ってやろうと思えた。

若いので、ああでもない、こうでもないと、進路
も考えが変化するが、神様が最善をして下さると
信じれるので、見守れるようになった。自分が本
当に変わったと思う。子供をあるがまま受け入れ
てやれるようになった。

どうにもならず、行き詰まって、絶対絶命だった
ので、神様に委ねることができ、結果的には、そ
れが感謝だった。益とされた。

しかし、自分自身のことは、まだまだ力があって、
自分でしていることに、今日学びをしていて、気
づいた。
どうにもならない事は、神様にお委ねできるが、
自分で、できることは、している自分。
自分で行なうと、自分が認められ、評価されるこ
とを求める。自分の力を誇る。その通りで、次は、
自分を委ねることを導かれたい。

委ねることは、楽になること。肩の重荷が取れて、
自分の力で頑張っていたのが、神様に負っていただ
ける。
一歩一歩、一段階一段階、手を取って導いて下さ
る神様に感謝。
by 多恵子