2020年09月16日(水)
  「不思議なみわざD」

カンボジアで、A宣教師が、地方のバッタンバンから、首都プノンペンへの途上。

車で6時間ほど。途中は、建物はいっさい無しの、見渡す限りの大平原。、
地平線が見えて、南国らしいの木々に、一面の緑。

気持ちの良い広大さ。日本は山が多く、こんなに素晴らしい大平原は見ない。
途上に、小さな町があるのだが、それ以外は見渡す限りの平原。

道が、でこぼこで、また、それが大きい。大ききなへこみ穴が、ずっと。
よける事ができないので、その大きな穴を通るしかない。
一旦、穴のへこみに下り、また上る。見本では見た事が無い。

かつて訪問した時に、JAFも無いし、こんな大平原で車が故障したら
どうするのだろうと思った・・。何も無い・・。
それに治安は悪い。おいはぎでも出そう。


そんな途上で、車が故障したそうだ。一番恐れていたこと。

車の調子が悪くなり、それが丁度、先に途上の小さな町!
町に何とか入ることができて、とうとう車が完全停止してしまった!
全く動かない。

あ〜あ、とにかく、この辺に車の整備の店が無いか、聞こうと思い、
停止してしまった場所の、前のお宅で、聞いた。

すると!「ここです」との答え。「え?」

「うちがこれから整備工場を開店するところで、看板を上げるところです」と。
プノンペンで修行を積んで、帰省し、準備が整い、これから開くところと。

非常に腕の良い整備士さんで、車を修理してもらえた。
車を取りに行く時には、看板がかかっていた。

「え!こんな事ってある??」との神わざに、びっくり仰天。



神様は、どこで、車が最後完全停止するかを、ご存じであった。

故障も、ご存じで、御手の中にあった。

だとするなら、私たちの、日々の瞬間〃をご存じで、御手の中。

身体的なことも、経済的なことも、進路のことも、将来のことも、
不安に思っている、一つ一つのすべてをご存じだ。


“私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです”使徒17:28

何もかも、御手の中であることに、安んじて、平安の中で、
過ごせることに感謝!!