2023年01月04(水)
  「視点」

信仰人生の中で、試練は必ず来る。

試練が成長を与えてくれる。

「患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を
生み出し、練られた品性が希望を生み出す。」

忍耐は、我慢することでなく、主が良くして
下さると信じること。

患難の苦しみの中で、今は苦しいが、必ず主が
良くして下さると信じることが可能だ。

順境の中で、問題の無い、ハピーな中で、現在
良い状態の中でなら、意味をなさない。



ヤコブ1:2では、「私の兄弟たち。さまざまな試練
に会うときは、それをこの上もない喜びとと思い
なさい。」

試練を、単に「喜び」でなく、「この上もない
喜び」と思えと。

信仰が試されると、「忍耐」が生じ、この忍耐を
完全に働かせるなら、成長を遂げると。

私たちの一番の願いとする、「霊的成長」が与え
られるので、試練を喜べと。

・・・・・・・・・

次々と大変な試練が臨む、Aさん。

「試練」に関する御言葉にすごく励まされ、教え
られます。

試練の中で、どこを見ているかですね。それが
すべてのように思います。

神様を見ていると、まず心が守られ、ほんとに色々な
事を教えられ、気づかされ、ますます恵まれます。

でも、状況を見ると、次々思い煩いや不安、恐れが
湧き上がります。神様から目を離しているからです
よね。
どちらを見ているかだなあと。全然違う。これは
大きいですよね。」

・・・・・・・・・・・

Bさんが、大きな厳しい試練があった時、心が弱り、
落ち込み、沈み込んでいた。

そんな中、
周囲の主に在る人々が、何とか励まそうとしてくれて、
食事に招いてくれたり、お茶に呼んでくれたり、
イベントに誘ってくれたり、色々声をかけてくれた。

そんな時に、
自分が神様を見ている時は、「こんな私のために、
親切にしてもらって、有り難いなあと、感謝が湧いて、
心が恵まれて、引き上げられる。

逆に、自分が神様を見ていない時は、屈折してしか
見えなくなってしまう。
「皆はいいよね。幸せそうで。自分だけ不幸で」と。
せっかくの親切を受け取れない。


「状況は一つで、全く同じなのに、自分が神様を見て
いるか、見ていないかで、天と地ほどに違うことを
教えられました。」と。