2004年03月23日(火) 世の価値観への二つの反応
今週メッセージの「種まきの例え」に関して、続け て話していた。 Gさん「道ばたの固い土地、私の事じゃー。ズキッ!! 心が固い事、感じます。いばらの土地も、自分。その 部分がすごく大きい。御言葉と共に、この世の価値観 や考えも、同レベルで入れてしまっていて、それが、 御言葉をおおってしまい、枯らしてしまう。 職場や近隣や親戚やら、すべてこの世に囲まれている。 “この世と調子を合わせてはいけません”とあるが、 この世界の価値観が凄まじい勢いで、襲って来る。聖 書と正反対。そして、“人はうわべを見るが、主は心 を見る”とあるように、この世界は外側のみ。心の中 のことに全く目を向けない。 自分は、聖書の価値観が、真理で真実だと思っている が、凄まじい勢いで襲って来る、この世の考え方に飲 み込まれそうになる。 ふっと我に返れたり、教会に来ると、正しい場所へ帰 れる。自分が、いばらが生えるのを許しているからだ とわかる。 どんどん生えて来る雑草を、きっちり抜き捨てないと だめだ、と教えられた。御言葉がおおわれてしまう事 を、本当に体験する。 Hさん「私は、この世の価値観が来る時、私は真理を 知っている、神様を知っていると、この世の価値観を 見下し、高ぶってしまう。そして、高ぶる自分に落ち 込んでしまう」 パリサイ人と取税人の祈りがある。 取税人は、「神様、罪人の私をあわれんで下さい」と 祈った。パリサイ人は「私がこんな取税人のような罪 人でない事を感謝します。私は立派な者で・・」と祈 った。 Kさん「よくやってしまう。自分は違う、そんな者で はない、外側で見栄で生きる者ではないと、自分がパ リサイ人になってる」 Lさん「私、もっとひどい。このパリサイ人の上を行 っている。私なら、こんなパリサイ人のような事はし ない。人を見下さないし、人をさばいたりしない。 ・・私は、取税人のような罪人でない事を感謝します と祈った、こんなパリサイ人のようでない事を感謝し ますと、心の中で言っている」 よくわかる。聖霊様が、心の中をいつも照らし出して 下さるので感謝!! by 多恵子