2003年12月04日(木)
  「からだの痛み」

「もし一つの部分が苦しめば、すべての部分が
ともに苦しみ・・」Tコリント12:26

先日、急性胃炎になった。痛い箇所は胃なのだが、
もう、全身で転げ回った。痛いの、何のって、もう
何も考えられず、耐えるのに必死。

翌日病院へ行き、結果的に胃炎とわかったわけだが、
夫が心配して、どんな痛み?と聞いて来る。刺すよ
うな痛みか、圧迫するような痛みか。
だが、どんな種類の痛みかも、考えられないほどの
激痛。考える余裕も無い。

一応、鎮痛剤を飲み、激痛に耐えるのに、多大なる
エネルギーを使い果たし、クタクタのところ、薬が
効いて来たのか、身体の疲労と共にウトウトし出し、
朝になると、何とか病院へ行けた。

病気では、身体に激痛が襲うように、試練の時は、
心に激痛が走る。

何度も何度も試練の学びをし、メッセージを聞き、
暗唱して言える。神様の与えられる「試練」の目的、
正しい受け止め方、結果、その祝福。

試練は、この上ない喜びである事、祝福である事、
本当によくわかる。納得できる。振り返って見て、
あの試練、この試練、どの試練も通って良かったと、
本当に良かったと、心底思える。

何もかもわかるんだけれど、試練のまっただ中は、
「痛い」、ただただ「痛い」。

指の先をちょっと切っても、痛い。指だけが痛いの
でなく、痛みが全身に走る。頭の先にまで、痛みが
響く。

Bちゃんが、今、試練の熱い熱い火の中を通っている。
傍から見ていると、先にある神様の素晴らしいご計画
も、祝福も目に見えるんだけど、Bちゃんは、暗い
トンネルの中。ただただ真っ暗だろう。

どんなに痛いだろう。胸が塞がれるような思いになる。
Bちゃんが痛んでいると、私達も痛い。
一つの部分が痛いと、すべての部分が共に痛い・・

神様が、Bちゃんに、耐える力を与えて下さり、この
試練を乗り越えさせて下さるように、乗り越えた先に
ある大きな祝福を喜ばせて下さるように・・
by TAEKO