2008年10月03日(金)
  「しあわせ」

カンボジアからお客様を迎えた。
カンボジア人ではなく、カンボジアで宣教を
しているご夫妻だ。

カンボジア談義で盛り上がり、とても楽しい
時が与えられた。

冬が無くて、年中真夏のカンボジア。いつも暑い、
暑いと汗ダラダラでいるのが、日本に来て、
汗をかかず、サラリと過ごせて快適ですと(^^)

秋があるのはいいですねえ〜(^^)
四季は、日本にいると当たり前過ぎて、余り感
じないが、しみじみ神様の恵みだなあ・・。

一度ひったくりに会って、外に出ると前後左右
常に緊張して歩くから、外に出ると息抜けない
ので、力が入って、帰国すると、ほっとしますと。

この頃、日本もいい加減危ないですけどね(笑)

バッグをひったくられて、そこに携帯が入って
いた。
時たま、日本からお母様が携帯をかけられる。
丁度、そんな時に、携帯をかけたら、どうも
おかしい。相手が出てるのに、何か変で、
不審に思い、夫さんの携帯の方へかけられた。

それで、携帯を盗まれたことを知り、では、先
ほど出たのは、泥棒さん?!?(大笑)

ご夫妻が、帰国されて、丁度テレビで、日本の
戦後すぐのフィルムが流れていた。
それを見て、「あ、カンボジアだ!!」と思っ
たと。「うわっ、一緒!」と。(^^)

政府関係者はベンツに乗り、綺麗な服を着てる
が、物乞いをする貧しい人々をよく見かける。
5歳ぐらいの子供が、赤ちゃんをおんぶして、
物乞いに来る。ホームレスじゃないかと思う子供
たちが、路上にいる。

公務員の月給が、日本円にすると3千円ほどで、
食べて行けないから、帰宅後も様々なバイトを
するそうだ。
とにかく食べて行くために、必死で生きている
から、大変な活気がある。人々が、生きてる!
って感じだ。
あの日本の戦後の映像は、カンボジアと重なる。

カンボジア訪問をしたAさん「でも、お金のある
無しって、幸せとは関係無いですよねえ。
貧しい生活をしている人たちの目がキラキラ輝
いていた。日本の子供には決して見られない目だ。

自分はお金には別に不自由なかったが、全然
幸せじゃなかった。心は虚しくて、やるせなく
て、生きる目的もなくて、いつも人との比較に
生きて、何の喜びもなかった。自分は生きて
いなかった。

神様に出会って、本当に生き始めた。
神様知れて、ほんとに幸せです。今はお金無い
が、平安で、平安で、この平安はもう何にも代
えられないです」

戦後の日本は、物がなく、貧しく人々は必死で
生きて来た。活気が溢れていた。
それが今、物が溢れて、豊かになって、自分は
富んでいる、豊かになった、乏しいものは何も
ないと言って、平和ぼけの中にいる。

実は自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目
で、裸の者であることを知らない。

何が幸せなのか。
何も無くとも、神様から罪赦され、神様との交わ
りの中に生きる事ができること、こんな喜びと幸
せは無い。

日本であれ、カンボジアであれ、神様に立ち返っ
て、神様との交わりの中で生きて行くことが、
最高の幸せ。

「しかし、私にとっては、神の近くにいること
が、しあわせなのです」詩編73:28