2000年12月26日(火)
  幸せな一年

今年も、残り少なくなり、この一年を振り返ってみました。
一言でいうなら「なんて、幸せな年だったんだろう」。

あれよあれと、不幸のどん底に…みたいな不幸っての連鎖って
けっこう、あっという間にくるけど、幸せの勢いって、
なぜか、ゆっくり、ゆっくりという気がします。
宝くじが当たった!といっても幸せなのは当たった人だけで、
かえって人の幸せは、周りの不幸を際立たせたり。
でも神様にある幸せは、必ず周りの人も巻き込んで行くから、
だから今年の我家の幸せ指数は高いのです。

去年の今頃、神様に残りの生涯を献身しました。
ガタピシしているこの身だけど神様は返品もされず受け
取ってくださいました。
献身した次の朝、いつものように洗濯を干しながら、
「なん〜も劇的な変化は無いなぁ」と、あたり前だけど
昨日と何も変わっていない自分を少々心もとなく感じたり。
でも、こうして振り返って見ると、有形無形の多くの恵み
を神様が与えてくださった事がわかりました。

今年になってすぐ、潤が献身して、卒業後は福音伝道の働きに
つきたい、との思いが与えられ、神学校への道も開かれました。
なぜか、将来「これがしたい!」と熱く語れるような進路が見つ
からず、「まぁいいか」と決めた進路で、お嫁に行くまで、
しっかり海外旅行に行きたい!なんて言っていたのに。

夏には、ずっと恐れていて長年、思い煩っていた
クリスチャンの信仰の告白を義父にする事が出来ました。
この夏、義母が亡くなりましたが、看病の合間に神様が時を与
えてくださいました。
そして、何度も、何度も頭の中でこの場面を想像しては、
体が冷たくなるほど、恐れていた葬儀の時に、全ての
偶像の儀式から守られました。
ただ悪魔は私に恐怖心を与える事しか出来ない、神様に
頼ればいいんだと学べた事も感謝でした。

そして、秋になって佳依が信仰告白して、バプテスマの決心が
与えられました。
長い間、神様との絆は、けして太くなく、いってみれば伸びた
ゴム紐でつながっていたような私達でしたが、
 天から、もつれた糸をほどくように…と言う感じの神様の
取り扱いで、それぞれが、おるべき所にきちんと配置され
思い煩いも一つ一つ消えて行った一年でした。

 私のたましいよ。おまえの全きいこいに戻れ。
 主はおまえに、良くしてくださったからだ。(詩篇116:7)
by 富士子