2012年05月20日(日)
  「渇き」

最近、出会った方々。

Aさん、色々な大変なところを通られ、
どうにもできない状況もあり、不安や
思い煩い、恐れで心はいっぱいだった。

そんな時、子供の頃に行った教会学校
を思い出した。聖書のお話を聞いたこと、
賛美の歌を歌ったこと、うっすら覚えて
いる記憶で、教会へ行きたいと思った。

何かの支えが欲しい、聖書に何かあるの
では、思いが募って、教会へ来ることが
できた。

聖書の言葉に触れた時に、涙が溢れて
泣いておられた。
御言葉を、乾いたスポンジが水を吸い込
むように、心に聞かれているのがわかった。

イエス様の十字架の救いを、伝えた時に、
涙が溢れて、「本当に信じるだけでいいの
ですか?」。

御言葉から、信じるだけでよいことを、一緒
に見て行くと、

「勿体ないです。勿体ない。有難いです」
「信じます」と言われた。

「嬉しいです。有難いです」


続いて、Bさんが来られた。

Bさんも、十数年も、辛い、苦しい歩みを頑張って、
頑張って来られた。
耐えられない試練は無い、きっと乗り越えられる
と頑張って、ひたすら頑張って来ましたと。

最近、親族の死を経験し、心が喪失感で、沈み
込み、心の揺るぎない拠り所が欲しい、支えが
欲しいと思った。

幼稚園の頃、聖書の幼稚園で、学生時代にも
賛美歌聞いたりしていて、教会へ行きたいと
思った。

集会で、賛美歌を歌うと同時に、涙が溢れて
おられた。
「寂しいとか悲しいとかじゃないです。でも、
涙が溢れるんです」

わかります。恵みの涙です(^^)

Bさんに、同じくイエス様の十字架の救いをお話
すると、Aさんと全く同じ言葉を言われ、驚いた。

涙と共に「勿体ないです。勿体ない。有難いです」

心に、御言葉がびんびん触れておられるのが
わかった。御霊様だ。

「信じたいです。嬉しいです!!」

「神様がBさんを呼んで下さったんですね。
生まれる前から、選んで、ずっと見守って下さって
いたんですね。イエス様に出会うために、生きて
来られたのですね」


聖書にありますよと、Tコリント10:13を読むと、

「あなたがたの会った試練はみな人の知らない
ようなものではありません。
神は真実な方ですから、あなたがたを耐えること
のできないような試練に会わせるようなことは
なさいません。
むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、
脱出の道を備えてくださいます」

Bさんびっくり飛び上がられ、「私、この聖書を
全く知らなかったのに、この事がずっと心に
あって、乗り越えて来られたんです!!!」

「今日、心がすっきりして、心があったかくなって、
嬉しくてたまりません」


でも、お二人ともが言われた 「勿体ないです」。
福音伝えて、そういう方、余り見たことがない。

カラカラのスポンジが、水をぐいぐい吸い込む
ように、渇いた心に、イエス様が溢れるばかり
に満たして下さることを、目の当たりに見せら
れた。

渇きがすべてだなあ。


「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て
飲みなさい。

わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、
その人の心の奧底から、生ける水の川が流れ
出るようになる」ヨハネ7:17