2003年01月31日(金)
人を変えるのは愛
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この聖日、海外宣教師のS先生が来教。
宣教活動の報告をして下さった。とても心恵まれた。
以前、全私財を投げ売って、30数ケ国を回り、
貧しい人々を助けながら、福音を伝えておられた
ご夫妻に出会った。
その時、教会の婦人が言った。
「もう、私など水が変われば、すぐお腹こわすし、
ロシアや中国など観光旅行でも行きたくない。それを
辺境のあちこちを回られ、それもリタイア後の60代
で、もう圧倒されるばかりです」
S先生の宣教地、南米の国も、初めて行かれて、生活
習慣、考え方、価値観、文化、何もかもが全く違った。
今まで常識と思い込んで来た事が、全く通じない。
言葉は通じないし、こちらの思いはどんどん裏切られ
るし、悲しみや怒りで、落胆の余り、心が閉じて行く
のがわかった。
神様の前に、そのような状態を祈っていると、自らの
心の内を照らされ、自分のやり方を通して、相手を変
えようとばかりしている事、宣教地の人々への愛が
無い事を示された。
心から悔い改め、相手を変えるのでなく、自分が変わ
ろうとした時、事態が変えられて行った。受け入れる
心が与えられた時、相手との信頼関係が生まれ、心の
通い合いが生まれて来たと。すると、こちらの気持ち
も少しづつわかって貰えるようになって、不思議に
相手も変わって来たと。
お話を聞いていて、人を変えて行くのは「愛」、働き
を成し遂げて行くのは「愛」なんだなあと、教えられる。
「自分が正しい」に立っていては何の働きも出来ない。
あの60代のニュージーランド人のご夫妻は、以前の
湾岸戦争時に、イラクにいたと。クルド人を助けて、
働きをしていた最中だったと。
爆弾は爆発、炸裂し、銃撃戦、あんなに恐ろしかった
事はないと。戦争が始まっても帰国しないで、そこに
いる。
ほんとに「本気」なんだ。「本気」で、主のために生
きている人々を見る時、心が主に触れる。
「今回ねえ、宣教報告に帰りたくなかったほど、
神様が、現地の人々と、すっかり良い関係にして
下さって」と、S先生。
続けて、豊かな祝福がありますように。広島より
お祈りしています。
by 多恵子
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