2016年12月09日(金)
  「クリスマスの思い出」

沢山の、クリスマスの恵みの思い出がある中で、
一つの強烈な思い出がある。

数回、教会に来て下さった事のあるAさん。

ご主人がクリスチャンで、Aさんは他宗教を信仰
しておられたが、ご主人に誘われての事だった。

でも、他宗教を長年勉強もし、信仰していますと
言われていた。

そんなAさんが、ある日突然、癌で余命3ヶ月の
宣告を受けられた。
あと、3ヶ月の命!!ショックで、どん底に突き落
とされたようで、もう涙が止まらなかったと。

一番恐ろしかったのが、夜眠る時に、もう翌朝目が
覚めないのではないかと。
次の朝、目が覚める事なく、死んでしまっているのではと。

言いようのない恐怖で、恐くて恐くて、どうにもならず、
思わず「主人の神様・・」と祈ったと。

「主人の神様、明日、目が覚めますように」と、祈って
毎晩寝ましたと。

後日、「Aさんが信仰しておられた宗教に、祈らなかったの
ですか」とお聞きしたら、
「全然ダメでした。死を前にした時、何の救いも、力も
何もありませんでした」と。


ご主人の教会の宣教師さんが、見舞われ、Aさんが
医者から余命3ヶ月と告げられたと言うと、

「余命を決めるのは医者ではありません。余命を
決めるのは神様です」と言われたと。

私たちが福音を語りに、病院に訪問した時は、高熱で
伏せっておられた。枕元には聖書が開かれ、カセットで
説教も聴いておられるようだった。
求めておられるのだなあと感じた。

その時は、日を改める事にし、病院をあとにした。

そして、次に訪問した時は、お話ができる状態だった。
夫が福音を語ると、Aさんはイエス様を受け入れられた。
Aさんは救われ、一緒に、お祈りをした。

そしてその次に訪問した時、クリスマス間近だった。
Aさんはもうニコニコ笑顔で、最初お会いした時と全くの
別人だった。

そして話して下さった。イエス様を信じたあの日を境に
何もかもが変わりました、と。
それまで、食事がもう砂、じゃりのようだった。味も何も
なく、命をつなぐために、仕方なく喉に押し込んでいた。
苦痛以外の何ものでもなかった。

それが、あの日、イエス様を信じた日の夕食が、まあ、
美味しかったんですよ!!びっくりしましたと。
あれから食事が、まあ、美味しくてねえと(^^)
もう、まさに使用前、使用後だと笑い合った。

祈りの要請をしていた、私の親友のBさんが、病院を
教えて欲しいと。
遙か遠方から、クリスマスカードを全く見知らなぬAさん
に送ってくれていた。

Aさんはそのカードがもう嬉しくて嬉しくてと。ベッドの頭の
台に立てかけておられ、いつも見て、嬉しくて、一人で
クリスマス聖歌を歌ってるんですと。

もう満面の笑みで、もう嬉しくて嬉しくてね、心の中から
泉のように喜びが湧き上がるんですよと。

余命3ヶ月の宣告に、恐怖で、真っ暗闇の中で、怯え
きっておられたAさんを、こんなに生き生きと、喜びに満ち
満ちさせる事のできる主を、驚きと共に崇めた。

クリスマスと共に、思い出す、あの強烈なインパクト。
Aさんの満面の笑み、喜びに満ち溢れた輝き。
奇跡のみわざ。