2004年06月06日(日)
  心のこもった一言

同じく友人Bさんと、久しぶりに会えた。

学生の頃の同窓会があって、その様子を話してくれた。
彼女が幹事の一人で、同窓会のお世話係をしていた。
それは36年も前の同窓会。皆は50半ば。それゆえ、
先生は御高齢。

一人の先生が突然気分が悪くなられ、倒れられた。幹事
である彼女は駆け寄って、介抱しようとした。
先に、一人の男性がしっかりとした感じで、テキパキと
要領よく対応している。どの同窓生だろうと思い、「何
組だった?」と聞くと、それは生徒でなく、先生だった。
やっぱり先生。対処の仕方が全然違うと感心していた。

救急車を呼んだ方が良いとの判断で、救急車でそのまま
病院へ。世話役の彼女は付き添った。
家族に連絡し、家族が来るのも待ち、事情も説明し、家
族にあとお委ねして、病院をあとにした。大丈夫なよう
で良かった。

ほっと安堵して、対処してくれた先生に報告の連絡をし
た。すると、その時「○○(36年前のように呼び捨て
で)有難う。よくやったね」心からねぎらって下さって
いるのがわかった。
心からの言葉に、本当に嬉しくて心があたたか〜くなった。
久しく経験した事のない感覚だった。

それはまさしく「先生」だった。もう30数年来、ずっと
仕事に就いて来て、職場では上司とは、上司と部下の関
係。あくまでも仕事上の関係だ。しかし、それは全く異質
の、心に響く、心のこもった言葉だった。
その一言で、その言葉だけで満足で、心にしみわたるよ
うに嬉しかった。

その時、イエス様もそうなんだと思った。「よくやった。
良い忠実なしもべだ」。よくやった、有難う。何もいら
ない、イエス様のこの一言だけでいい、心が心底満ち足
りるんだと思った。イエス様が、よくやったと言って下さ
る、それだけでいいと思った。

慈しんで、愛して、じっと見つめて、暖かく見守っていて
下さるイエス様。その愛に応えるために、労して行きたい
よねと語り合った。

by多恵子