2026年02月06日(金) 「神様が、なかなかわからなかった」
Aさんは、教会に来て、神様のみことばを 聞くことは嫌でなく、むしろ聞きたいと思った。 しかし、みことばを聞くのだが、幾ら聞い ても、神様がよくわからない。 頭ではわかるのだが、実感が無い。 ・・・・・・・・・・・・・・・ 何10年も、そんな状態が続いた。しかし、 そんな中も、試練は臨み、どうしてよいか わからず、真っ暗だった。 神様にゆだねたら良いことはわかるが、 ゆだねられない。 自分が握ってしまっていて、自分が手を放 したなら、何もかも、だめになるように思える。 すべてが崩壊してしまうと。 教会に来る度に、ゆだねることを言われるが、 家に帰ると、また握り締めて放さない。 その繰り返しだった。 自分は、ゆだねる事ができないと、わからされた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ そして、気づかされたことがあった。 みことばを聞いた時に、自分の思い、肉 の思いが出て来て、 自分は、その肉の思いの方を受け入れて いること。 「主がすべての必要を満たしてくださる」とあると、 「そんな事があるのか」と。 「主に従いなさい」に「とても無理、従えない」 「世の中で、やって行けない」 「わたしを信じなさい」「うーん、本当だとうか」 それが心の中で起きている事で、そうなら、 みことばを捨てている事になる。 だから、幾ら聞いても、実になる事がなく、 神が漠然とし、霧がかかっているようだった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ それに気づいた時、とにかく言われた事に 従おうと思った。 今まで、それも無かった。 そして、具体的に従って行った。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ その時、少しづつ少しづつ、神様がわかる ようになって来た。 以前は、祈りも漠然だったが、今は、神様 が聞いていて下さると思える。 そして、確かに、自分が変わって来た事 がわかる。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ★みことばを聞く時、肉の思いが同時に 来る事に気づくこと ★具体的に従うこと 一歩従ってみる時、神様がわかって行ける