2026年03月08日(日)
  「残り続ける親切と愛情の思い出」

膚寒い、しかしやや暖かい、3月になると思い出す
懐かしい思い出がある。


アメリカ在住のAさんが、2001年3月に、アメリカ
に招いてくれた。

丁度新会堂が完成し、その奉仕の慰労にと、そして
私たちの銀婚式のお祝いを兼ねてと。
アメリカ旅行をプレゼントしてくれた。

Aさんは、癌で天に召されたが、
その時の思い出は、ずっと鮮明に残っている。

Aさんは、先に天国に帰ったが、残された者に
とって、その親切と愛情は、その人がいなくなっても、
ずっと心に残り続けることを、教えられ、味わわされ
ている(*^^*)

・・・・・・・


彼女の広い住まいに、1週間ほどの滞在。
教会の礼拝と祈り会にも出席。沢山のクリスチャン
に会う。

夫は、証しを頼まれ、集会で救いの証しをした。
信仰を持ち、伝道者になるよう導かれ、それを
父親に話した時、家を追い出された。


その事も証しに含まれていた。
帰宅後、彼女の夫Bさんが、驚いて、感動し恵まれ
たと。更に当時の事を聞いてきた。


夫妻で、順番に仕事の休暇を取り、犠牲を払い、
愛情もって親切にもてなして頂いた。
楽しい楽しい日々だった。


夫のBさんは料理が好きで、上手で、ずっと振舞って
下さった。友人のAさんと、私たちがよく交われるよう
にとの思いやり、配慮だった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・


その教会は、昼食はなく、礼拝後は一旦帰宅し、
また、夕拝数時間前に、各奉仕の人々が集まる。

昼食を、近くの大き目のレストランへ案内してもらう。
日本の食べ放題方式で、沢山の料理が置かれ、
自由に食べる。

すると、夫妻が店で、次々挨拶していて、手を振り、
結局、教会の人々が皆、そこに移動していて。
皆、知り合いとのことで、面白かった(*^^*)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あちこちと、観光もセッティングしてくれていて、
恵みの交わり共に、楽しいひと時だった。

ワシントンDCは、緑のある落ち着いた雰囲気だった。
2001年だった。

19年後の、2020年。

それ以降、世界がとんでもない事を知って
行く中で、ワシントンDCがよく出て来て、
実際に、目で見たことが、意味深長だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

訪問の半年後、

2001年、9・11 事件が起きた。

・・・・・・・・・・・・・・・


丁度、少し前に、プライムビデオで、ピル解体のルポ
があり、興味があって観ていた。爆発による解体作業。
幾つもの解体映像と解説があった。

あのツインタワーの崩落が、その解体映像、そのまま
だった。

爆薬での解体。いっさい隣に、前後に、迷惑かけることなく、
そのビル本体だけが、スルスルときれいに沈み込む。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


なぜか? ツインタワーのそばの、第7ビルも倒壊
した。

実際の崩壊30分前に、海外テレビ局で、ミスって、
倒壊映像が出てしまった。

すぐにネットに出て、速攻削除だったが(^-^;


★★★★★


ネットと言えば、


国家的に、ネットの不都合な真実を、遮断、カット
する。
元を遮断されたなら、情報も何も、知りようがない。


ある宣教師の先生に、「ネットで情報が操作されれ
ば、もう真実の情報が知りようがないですよね」
と聞くと、


一瞬、真剣な表情になられ、間をおかれ、

「どうにでもなります」と。


確信込めたことばだった。


もう一度、真顔で、

「どうにでもなります」と、

力を込めて言われた。

真剣な表情だった。



ネットは止められないと。


悪は隠せない。

・・・・・・・・・


30年位前?インターネット
やホームページが、まだはしりの頃、出回り
始めた頃。

家に、早くにインターネットが入ったので、
珍しさと興味もあって、ネットをよく見ていた。

ネットで、個人が発信できるということが、今
までに無い、初めての、画期的なことだった。


・・・・・・・・・・・


当時、そんな中、時折り、非常に深刻な内部告発が
あった。

読んでいて、自分には真実だと思えた。

発信者は、命が大丈夫なのだろうかと思った。

・・・・・・・・・・・・


そして、今、当時見たものが、その通りだった。


酷い邪悪の中に、良心ある人々が確かにいた。