2012年04月16日(月)
  「頑張ってしまう」

Aさん「何か、自然の状態というか、肉でいる時は、
どうしても頑張ってしまう。頑張ろうとしてしまう。
最近、すごく気づかされて。

古い性質、根深く培われた性質なんでしょうね。
頑張らないといけない、頑張るのが良いこと
との価値観がある。

あれして、これして、次はあれ、これと、何も
していないと、怠けていると思ってしまう。
何かしていないと、いけない気がして追い立て
られる。
自分で、自分を追い込んでいる。

あれが御心か、こっちが御心かと、何か心が
縛られて、自由が無くなる。そして、心が急いて
焦る。


朝から祈って、神様と交わって、御霊に導かれ
ている時は、心が自由で、楽で、平安そのもので、
頑張ろうとかが無いです。
心急くことも焦ることもない。

ギチギチと、白か黒か、どっちが御心かとか、
そういうものから解放されているのが、御霊の
歩みなんだとわかる。
それが経験できて、嬉しいです。

律法と御霊と、全然領域が違うことがわかる。
御霊の導きから出て、自分で歩み出すと、すぐ
律法の下に入ってしまうんですねえ。

律法の下に入ると、すべてが“ねばならない”
になり、すべてがずっしりと自分の肩にかかる
から、しんどくてたまらない。

しんどくなった時に、気づく。自分の力で、やって
いる。
又、主に立ち返り、御霊の流れの中に身を置くと、
平安になり、楽になって、喜びが来る。

何かすること、頑張ることでなくて、大事なのが
“主にとどまること”だと、教えられる」


「自分の力で、すぐにやってしまうけれど、
でも、祈ると、ほんとに違いますねえ。

御霊が働かれるのがわかる。祈りはすごい
と実感させられる」



「わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。
人がわたしにとどまり、わたしもその人の中に
とどまっているなら、

そういう人は多くの実を結びます。

わたしを離れては、あなたがたは何もすること
ができないからです」ヨハネ15:5