2019年09月03日(火)
  「御言葉と自分の思いと」

日常生活で、御言葉と、状況が相反する場合がある。

御言葉と、目の前の見える状況が、異なる時はどうすれば
よいかと学んでいた。

パウロが囚人たちとローマ行きの際、百人隊長が率いた。
ところが冬に近づき、海が荒れるので、

「もう航海は危険」使徒27:9とパウロは注意した。
しかし、
「百人隊長は、パウロのことばよりも、航海士や船長の方を
信用した」11’

百人隊長は、常識、この世の価値観、人間の思い、目に
見えるところを選択し、従った。
そして、まずもう少し先まで行って、そこで冬を過ごすことにした。

その結果、大変な大嵐に会い、船は暴風に巻き込まれ、身動き
取れず、流されるがままに。

命の危険となり、「助かる最後の望みも、今や絶たれようとして
いた」20’
絶体絶命に陥った。生死の危機に、どんなに恐怖であったろう。

そこでパウロが、神の使いが現われ、必ず全員助かると告げた
ことを伝えた。

「元気を出しなさい。すべて私に告げられたとおりになると、
私は神によって信じています」25’と。

そして、紆余曲折あり、結果的に、全員が無事に陸に上がった。
主のことばの通りに成った。



Aさん「しょっ中、御言葉が飛んで、御言葉をスルーして、自分の
思いを選び取っています。

だから、すぐに目の前の事に思い煩うし、心配でたまらなくなる。
「何も思い煩うな」との御言葉を捨てて、目に見えるところと、
自分の思いを取る。だから思い煩っているのですよね」


Bさん「対人関係で、相手の言葉にカチンと来ることがある。
つい言い返してしまったり、嫌みを言ったり、不機嫌になったり
する。

御言葉に立つのでなく、目に見えるところに反応してしまっているん
ですよえ。
神様はまず「祈れ」と言われる。しかし目の前の状況に反応し、
御言葉でなく、自分の思いで応酬する。

すると自分も後悔するし、周囲に証しにならず、害毒を流して
しまう」

Cさん「そうなんです。御言葉は「祈れ」なのに、自分の思いで、
肉の言葉を発すると、必ず後悔する。
御言葉に従うのでなく、自分の思いで、突っ走ることが多いです。

絶えず祈りなさい。心の中で祈っていたいです。
とっさの場面で、御言葉に従えるように」