2009年09月11日(金)
  「最善をして下さる」

ずっと以前に婦人会に来て下さったAさん。

初対面だったが、悩みと苦しみが余りにも
大きく、心を打ち広げて、涙しながら話して
下さった。
皆も真剣にお聞きした。

丁度育児の学びの時で、無条件で子供を
受け入れて行くこと、して行きたいですと
涙を拭きながら語られた。

女手一つで、二人のお子さんを育てておら
れる。複数の仕事を掛け持ちで、寝る時間
もなく、深夜や未明に次の仕事に向かわれ
る。

丁度、思春期の子供たち、どこでも親に
反抗的になるものだ。子供は、そうやって
模索し、あがきながら自立して行く。

一人でそれを受け止められながら、身を粉
にして働かれながら、子供を愛して行かれた。

お身体も限界オーバーではないのか。
皆も心配する。
Bさんが重荷を持ち、時々訪問しては励まし
Bさんを通して、様子を知り、皆も祈り続ける
ことができた。

お忙しい時間を何とか見つけては、Bさん宅での
家庭集会に来て、御言葉に真剣に耳を傾けて
下さっていた。

少し好展開になったかと思うと、又、壁に突き
当たり、それが又、良い状況になったかと思うと、
又、悩みと問題が起きる。
紆余曲折の中、初来会から長い日々が経過し、
この度、喜びの結末を迎えた。

子供たちも自ら模索しつつ、将来の進路が定まり、
嵐や暑さや寒さや困難の、長い航海が終わり、
船が港に着いた。

♪「いと静けき港に着き、我は今 安ろう♪」

Aさんは喜びの中におられる。
そして、私たちも喜び、何より主の素晴らしさ
に心から感謝した。

神様のみわざを見せられた。
これらの紆余曲折の「時」が必要であった。

そして、すでに、その渦中も、神様はこの麗しい
結末を用意して下さっていた。

そうであれば、今、全く先が見えない困難な
事態、真っ暗闇の嵐の中であっても、
すでに、先には素晴らしい結末が、解決が備えられて
いるのだから、信仰によって、信じて歩みたい。

思い煩い、不安、恐れが来る時、この事に、
最善の結末がある!すでに備えられている!
神様は良くして下さる。最善以下はされない。

信じていたい。
Aさんに、大きく励まされた。