2012年04月14日(土)
  「思い煩ってしまう」

思い煩いの学びをしていた。

「みことばを聞きはしたが、とかくしているうちに、この世
の心づかいや、富や、快楽によってふさがれて、実が
熟するまでにならないのです」ルカ8:14

みことばを聞かないのでなく、聞いている。
道ばたに落ちた種は、サタンが来てみことばを取って
行ったので、心に入らなかった。

いばらの中に落ちた種は、心に入ったが、思い煩い
のいばらが、伸びる芽をふさいでしまった。

思い煩いは、みことばをふさいでしまう。


以前、Aさんを訪問した時に、御言葉が全然入らない、
祈れないと、落ち込んでいた。

思い煩いや心配があるのではと、話を聞くと、何や
かやと問題を抱えていて、次から次へと、止まること
なく心配事が出て来る。

紙に書いて、具体的に一つ一つ、一緒に祈ろうと言い、
5時間、話を聞いて、問題をまとめた。

「何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝を
もってささげる祈りと願いによって、あなたがたの
願い事を神に知っていただきなさい」

と言われる神様に、具体的に、一つ一つ祈り、
お委ねして行った。

祈り終わり、一緒にAさんと御言葉を読んだ時
Aさんが「あ!祈れた!あー!御言葉が入って来る!
感謝です!」と、笑顔で叫んだ。

Bさん「何か、最近、神様と遠い気がする。神様を
近くに感じられず、遠くに感じる。
御言葉も読むんだけど、字を追っているだけで、
喜びがない」

Cさん「何か心に思い煩いがあるのでは?」

Bさん「ああ、あります!あの事、この事、思い
煩ってる。思い煩いを、自分が握っていて、
なかなか委ねられない。思い煩いが、ふさいでる
んですねえ。
委ねられませんと、祈って行きます」


Dさん「思い煩うな、と神様が言っておられるから、
思い煩いを、ストップしないとダメですよね。

思い煩うなと、聞いていて、頭でわかっていても、
結局、自分が止めないで、ずうっと思い煩い続けて
いるわけで。自分が思い煩いを選択している。
それだと、神様に従っていないですよね」

「日常生活で、平安に過ごしていたのに、何か
平安が無くなる時、心が暗くなり、重くなる時、
心を探ると、思い煩っている事に、気づかせ
られる。

サタンの火矢を受け入れてしまっていて、
同意して、やられてしまっている。
サタンは、絶えず思い煩いをもって来ますね」

「思い煩いが思い煩いを呼んで、勝手に人生
最悪のシナリオが出来上がる(笑)
絶対にあり得ない最悪なんだけど、それが
絶対にそうなると思えてしまう(笑)」


「思い煩うな」と言われる主のもとへ、
一つ一つ、渡して行けるように。