2016年07月10日(日)
  『蒔かれたものを奪って行く」

サタンは、御言葉と祈りを奪いたくて仕方がない。

“御国のことばを聞いても悟らないと、悪い者が
来て、その人の心に蒔かれたものを奪って
行きます”マタイ13:19

御言葉を聞いている時に、必ず横から別の思い
が来る。

「そんなの無理、無理」「できっこない」

「自分一人ぐらいが献げても、何にもならない。
自分がしても・・」

「こんな微力は焼け石に水」

「そんな事をしたら、世の中では変に思われる」

「世の中ではやって行けない」

御言葉を聞く時、同時にサタンからの思いが
臨んで来る。

よく認識して、わきまえて、意識していなければ、
そっちの方へずっと行き、サタンの言葉を選択して
いて全く気づかない。

御言葉は霊であり、いのちだ。
御言葉には大きな力がある。

アスファルトの隙間に落ちた種が、アスファルトを
持ち上げて、打ち破って芽吹いているのを
時々目にする。

そんな、人を生かし、建て上げる命の言葉を
絶対に心に入れたくないのが、サタンだ。



「わたしの目には、あなたは高価で尊い、
わたしはあなたを愛している」と主が言われる。

ある人は、その言葉を自分は全然受け入れて
いなかったと。

ある人は、人にはそうだろうが、自分など、高価で
尊いなどと、とんでもないとずっと拒否していたと。

ある人は、その言葉を全く信じていない自分に
気づいたと。

気づけたことが、御霊の働きで、大きな感謝だ。


ある人は、聖書の中に「喜びなさい」という御言葉
が出て来る。
“いつも主にあって喜びなさい”
“もう一度言います。喜びなさい”

喜びなさいとの言葉が、よく心に来ていて、語られている。

しかし、自分は喜べる状況ではない。病気にもなり、
ずっと仕事もできなかった。

「だから、状況を見て、自分も『無理、無理』と御言葉
を受け入れず、拒否し、捨てていたと気がつきました。

御言葉に従って、主にあって喜んで行きます」。