2017年10月08日(日) 「問題解決だけでなく」
「最近、わかったんです。 困った事があると、神様に祈るし、どうして良いか わからない時は祈るんです。 でも、大きな事でない事は、全部自分がやって いて、神様が飛んでいて、全く無い。」 「苦しい時の神頼み、順境の時の神離れ」 「そう、その通り。まさに、それ!」 「苦しい時、困った時は神様に必死に頼るが、 そうでない時は、全然頼ってないし、すべて 自分の思い、自分の力、自分の判断で やってる」 「問題解決のための神様でなく、インマヌエル 主共にいます。 いつも共に生きるために、来て下さった」 「自分には、問題解決のための神様です。 それだと、自分がよく生きれるための神様 ですよね。 この世の宗教と変わりないですよね。 そうじゃないんだなと。」 「苦しい時も、楽しい時も、どんな時もいつも イエス様と一緒に生きる、それが真の幸せ なんですよね」 「その名はインマヌエルと呼ばれる。」 (訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。) いつも共にいて下さるために、来て下さった のがクリスマス。 晴れの日も、雨の日も、苦しみの時も、悲しみの時 も、何があるかが問題じゃなくて、いつも一緒にいて 下さる、今、共にいて下さる、これが真の喜び(*^_^*) 「神様を信じているので、苦しい時は、必死で祈る。 祈りが聞かれてる事も経験して来てるので、もう 真剣に祈る。 でも、問題がある時だけで、問題が無い時は、自分で生き てる。その時の判断も、すべて自分で、問題の無い時は 祈っていない。 平穏な時も、一緒に生きることが喜びなんですよね。 イエス様は一緒にいて下さるが、自分が見えていない。 焦点が合っていないんですね」 「今、この時も、主が共におられると覚えると、ほんとに 嬉しくなりますね(*^_^*)」 “見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがた とともにいます”マタイ28:20