2013年04月01日(月)
  【弱さのうちに」

「よくサタンが来るのが、性懲りもなく、同じ失敗
ばかり繰り返して、お前はダメだ、ダメだと。

そして、どうしても自分の力で、御言葉に従おうと
頑張る。“御霊によって”が、なかなかわからなくて、
学びを通して、頭ではわかるが、実質的に、霊的には
わかってなくて、どこまでも自分の力で頑張ってる。

どんなに従おうとしても、できないことがわかって
来る。

でも“私の肉のうちに善が住んでいない”ローマ7:18
とあって、自分の力では、肉では行なえない。はなから
善が無いのだから。

そこで、落ち込むのは、自分で出来ると思って
いるからですよね。
『その通り。私の内には善は住んでいない』と認める。
そして、『自分には出来ません』と御霊に明け渡して
行くことですよね」。

「クリスチャン生活何年も経て、ほんとに自分の内
には、とことん善が無いとわかる。幾ら頑張っても
幾らやってみても愛せない。何年も〃も葛藤して
やっとわからされた。

身体もあちこちガタガタで、ボロボロで、弱さの極み
にいた時に、ほんとに善が無いと認めた時、同じ病
にある信仰の友を病院に訪ねる機会が与えられた。

自分はもう弱さのどん底で、しかし、同じ病にある
気持ちはわかるので、手を取り合った。

どん底の弱さの中で、何を励ませるのだろうかと、
しかし、御霊に強く促されて、行った見舞いであった。
が、こちらが励まされ、慰められた。心温められた。
相手も慰め励まされたと喜んでくれた。

その帰り、ひとりでに、涙が溢れて来た。悲しみや
辛さの涙でなく、心に暖いものが溢れ出て来た、
まさに恵みの涙だった。
弱さの極みで、神様に触れて、神様を感じて、
恵まれて恵まれて溢れ出た涙だった。

神様に触れた初めての経験だった。
とことん自分に善が無いことを認め、弱さのどん底
だったが、神様に従い、訪問し、交わった時、
御霊に触れた。神様と霊と霊が触れた。

弱さの中に、恵みは十分。弱さの内に完全に働
かれる神様に触れた」

“しかし主は「わたしの恵みは、あなたに十分
である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに
完全に現われるからである”Uコリント12:0