2017年05月03日(水)
  「続・御霊の気づき」

Bさん
自分は、神様がおられることは信じれた。
天国へ行けることも信じれた。でも、神様の愛がどうしても
わからなかった。

ずっとわからないままだった。生い立ちの関係もあって、
愛というものが、わからない。

イエス様が身代わりに死んで下さったと、そうだと受け入れ
ているが、愛されている実感が、全く無かった。
実感は無いまま、信仰生活は続けていた。

度重なる試練があり、自分ではどうにも出来ず、
どうしても支えが欲しかった。

そんな中だが、祈りが答えられることを実際経験し、何度
も経験して行けた。
苦しい中を導いて下さることは、わかることができた。

対人関係の様々な悩みや子育ての中、指針が
欲しかったが、いつも御言葉から、学びから与えられた。
そして、実際助けられ、支えられた。

外堀が埋められて行くというか、そんな経験が積み重ね
られて行った。

本当に支えられたし、祈りの答えも経験し、神様が
真実であられることを体験して行けた。

だが、愛されていることの実感は全く無いし、愛がわか
らなかった。

そんな時、自分は神様に愛されている事を、信じようと
していない事を示された。御霊の気づきだった。御霊から
だった。

感覚で求めていて、感じたいばかりで、「信仰」神様
が求めておられる、信仰を全く向けていないことを見せ
られた。

今までの神様の導き、神様の真実を覚えた時に、
全く何も感じないし、何の感覚も無いが、十字架に
よってすでに愛されていることを、信仰によって
受け入れようと決心した。

初めて「神様、愛して下さって感謝します」と祈った。
祈った時も、何の実感も感覚も無かった。
でも、信仰によって感謝した。
信仰による一歩を踏み出した。

その時から、変えられた。以前とはっきり違う。
神様の愛が少しづつわかるようにされている。
確かに愛がわかる。
これから更に、愛の深さ、高さ、広さを生涯教えて
行って下さることが楽しみで喜びだ。