2007年09月11日(火)
  「受け止める」

Aさんが「子供がとにかく帰宅するや、ドバッーと
玄関からして喋りまくる。すごい勢いで喋るは、喋
るは。もうずうっ〜と喋ってる。
それが学校の愚痴と不平不満ばかりで、いい加減うん
ざりする。

言葉は力がある。ネガティブな言葉は、否定的な方向へ
心を引き込んで行く。聞く方もしんどくなる。心が重〜
く沈んで行く。それでなくても、こっちももう疲れてて、
いい加減しんどいのに、もう鬱陶しくなる。聞きたく
ない。

『学校が問題じゃ』としきり子供が言うが、心の中で
『あんたが問題なんじゃ!』と、ぶつぶつ言っている自分。
もう聞くのもいい加減嫌で、全然受け止められない。

教会へ来て、学びをしていて、『大変じゃね』と受け止め
てやれない自分の自我に気づいた。自我なんですよね。

私が受け止めないから、ますます子供がエスカレートして
自己主張して来ることにも気づかされた。
今日は帰ったら受け止めてやります。気づかされて感謝
です」

Bさん「Aさんの証しで、すごく気づかされた。
自分も同じだ。仕事先で、対人関係にひびが入って、
しんどい状態が続いてた。

相手が気分を害していて、なぜかと考えていたら、相手
の言うことを、ちゃんと聞いていなかったことに気づか
された。

目上の人に対して、いい加減な対応をしていて、ほんと
に失礼で、自分が悪かった。自分の非だ。
悲しくて、この事について、祈っていたら、ほんとに
神様が祈りに答えてくれて、状況が好転したんです。

感謝で、感謝で、嬉しくて。失敗も、神様が働いて、
いいようにして下さるんだなあと。失敗通して、神様を
知れて嬉しかったです」

相手を受け止める時、強固なる自我があることを知らさ
れる。自分に死ぬことを学ばされる。