2008年01月14日(月)
  「思い煩い」

「思い煩いが来る」「来る、来る」「すごい思い煩う」
と、皆で交わる。

「思い煩い」は、サタンの放つ火矢だ。サタンが吹き込ん
で来る。
「・・悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます」
エペソ6:16

心に心配の種がある時、そこを目がけて、1日中、サタンの
矢が飛んで来る。次から次へと、堂々巡りで、同じ思いに
取り込まれる。
不安に心が暗くなる。心が沈み、落ち込む。
サタンからだと言うのは、その反応でわかる。

主からの思いは平安で、心が満ちて、希望があり、喜びが
あり、心が前向き、信仰的になる。

サタンからの思いは、どんよりと重苦しく、心が暗くなり、
しんどくなり、心がふさがれるような感じ。明るさがなく、
希望が全く無い。失望、落胆、不安。

「思い煩い」は、サタンが神様から離そうと、持って来る
攻撃だ。何か問題が起こると、その事を標的に、四六時中、
襲って来る。

結局、サタンに乗って、ずうっと思い煩いに乗っていたなら、
どんどん、思い煩いが強固になって、どんどん大きく固いもの
になり、これだと要塞のようになって行く。

思い煩いの確信を、どんどん強くして行く事になる。自分が
して行っている。自分で思い煩いを確かなものにしている。

ずうっと思い煩っているのだから、それが強固に強固になって
当たり前だ。

心の底の底を見ると、思い煩いを自分が選んでいる。選択して
いる。思い煩っていたいのだ。思い煩いをしっかり握って放さ
ない。

思い煩いが好きなんだ。「こんなに嫌で苦しいのに?」やっぱり
好きだから、思い煩ってる。

AさんもBさんも言った。「うん!わかる。心の底の底を見て
行くと、自分は思い煩いが、好きなんですよ」
思い煩いを選び取ってて、握って放さない。

「何も」思い煩うな、と神様は言われる。
「何も」だ。その事も、あの事も、この事も・・、いっさいがっ
さい。

これって、すごい事だ!!!
「思い煩うな」という御言葉を握って、肉とサタンを拒否して
行く。確かに思いが守られる!!

「何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささ
げる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知って
いただきなさい」ピリピ4:6