2009年11月11日(水)
  「軸」

学びの中で、

「多くの人々が、イエスの行なわれたしるしを
見て、御名を信じた。
しかし、イエスは、ご自身を彼らにお任せに
ならなかった。なぜなら、イエスはすべての
人を知っておられたからであり、」ヨハネ2:23

という箇所が出て来た。

多くの人々が、イエス様を信じたが、イエス様は
人々を信じられなかった。

エルサレム入場に、「万歳、万歳」の大歓声を
あげた群衆は、その1週間後、手の平を返した
ように「十字架につけよ」と、豹変した。

「あなたがたがわたしを捜しているのは、しるし
を見たからではなく、パンを食べて満腹した
からです」ヨハネ6:26

あなたがたが、わたしを捜しているのは、神
の子であると信じたからではなく、パンのため。

自分の願望が叶えられたいため、自分の
幸せのため、自分の利益のため・・
自分のために、神様を利用する。

自分の思いと合っている間は良いが、自分の
思い通りにならない、自分の思いと違うなら、
つまずいて、主を捨てる。
利益が得られなくなったら、ついて行く理由が
ない。

軸が自分。あくまでも自分の利益、損得。


皆で「う〜ん。でも、軸が自分じゃわ。
信仰の軸が自分にあり、自分のため。」

Aさん「この間も、思い通りにならない事態が
起きたんですよぉ。
その時に、『何でなん!』と思うんですよぉ。
聖書も読んでるし、祈ってるのに、『何で、こう
なるん!』
まさに、自分中心、自分のための信仰。ご利益
信仰です。

自分に都合の良い、心地良い事が、善い事、
自分に都合の悪い、痛い事が悪。試練は悪。
ほんとに神様飛んで、自分が軸。

でも、そうでなくて、やっぱり神様に喜ばれ
たいと思う。以前はそんな事全然思わなか
ったから感謝です(^^)」

Bさん「ずっと試練だったんだけど、ご利益
宗教だった事に気づかされた。それに気づ
かせるための試練だったと思う。

神様から、パンが貰いたいからつき従って
いた。従ったら、パンをくれる。神様に喜ば
れるためなど無くて、パンが欲しくて、ついて
行っていた。

今、試練を受け入れられる。自分のためじゃ
なくて、神様に喜ばれるために、従って
行きたいと思える」

Cさん「うわっ!すごい!神様に反抗して、
文句ばっかり言ってたもんね」(笑)

「神様に喜ばれるように、歩みたいですねえ」