2010年05月03日(月)
  「御声に従う」

神様の御声に、従って行くことを学んでいた。
とにかく、目の前の御霊に示される事を一つ一つ
行って行く。
今、目の前の示しは、何だろう。

御声を聞くために、静まって、御言葉に向かう
必要がある。

その1
「目の前の一つ従うべき事は、何だろう?」
Aさん「私は、聞くこと。御言葉を聞くこと」

「それが全然入って来ないんですよぉ」
「え?いつから?ずっと?」

「いいえ。以前は御声が聞こえていた。今、
全然聞こえない」

「何か原因があるんだ。」

「そう。自分でわかる。神様の導きを拒んで
いるから。あれから、全然御言葉は与えられ
ない。入って来ない」

「その拒んでいる所に戻って、そこから始める
必要があるね」(笑)
「そうです。自分でよくわかってるんですよねえ。
そこから始めます」

その2 
神様に従おうとすると、サタンが立ちはだか
って、執拗に妨害して来る。

「神様に明け渡すなら、絶対、試練が来るよ。苦し
いよ。そんなしんどい事はしない方がいいよ」との
思いにずっと支配されて、それに同意してしまって、
そこから一歩も進まない。

それが、サタンだと、初めてはっきりと認識出来た。

自分の思いだとしか思えない。サタンが見えない。
同じ所を、延々、堂々巡りしていたら要注意だ。
サタンが噛んでいる。
とにかくサタンは前に進ませたくない。妨害して来る。
そして、大きな祝福の前には、必ずやって来る。
祝福を受け取らせないために。

その3
御声を聞いて、ぐずぐずして従わない時、後で、
パズルがピッタリ埋まるように、それをしていれば
神様の栄光が現れていたのに、人々にも恵みが
及んでいたのに、受け取り損ねた事がわかる。
祝福にあずかれなかった事がわかる。

ああ、あの場面で、せよと言われた事に従って
いれば、これがこうなって、素晴らしい事になって
いたのに・・と。

アブラハムはイサクを献げる命令を受けた試練で、
「よく朝早く」すぐに従った。

詩編記者は「私は急いで、ためらわずに、
あなたの仰せを守りました」詩編119:60

御心を確信したなら、早く、急いで、すぐに
行わないと、肉とサタンにどんどん足を引っ張
られて、結局、従えなくなる。